159・半七捕物帳40「異人の首(1)」


朗読「半七40-1.mp3」14 MB、長さ: 約 15分 04秒

半七捕物帳はんしちとりものちょう 40
異人いじんくび
岡本綺堂おかもときどう

     一

 文久元年三月十七日ぶんきゅうがんねんさんがつじゅうしちにち夕六ゆうむごろであった。半七はんしち用達ようたしからかえってて、女房にょうぼうのおせんむかいで夕飯ゆうはんをくっていると、いもうとのおくめがたずねてた。おくめ文字房もじふさという常磐津ときわず師匠ししょうで、ははとも外神田そとかんだ明神下みょうじんしたらしていることはすでに紹介しょうかいした。
「いい陽気ようきになりました」と、おくめはまだしろをみせてわらいながら会釈えしゃくした。「ねえさん。今年ことしはもうお花見はなみって……」
「いいえ、どこへも……」と、おせんわらいながらこたえた。「なにしろ、うちひといそがしいもんだから、あたしもやっぱりひまがなくってね」
にいさんもまだ……」
「この御時節ごじせつに、のんきなお花見はなみなんぞしていられるものか。からだがふたつあってもりねえくらいだ」と、半七はんしちった。「お花見はなみ手拭てふきや日傘ひがさをかつぎんでても、ことしは御免ごめんだよ」
「あら、はやい。そんなことでたんじゃないのよ」と、おくめすこしまじめになった。「にいさん、ゆうべの末広町すえひろちょう一件いっけんをもうっているの」
末広町すえひろちょう……。なんだ、か」
冗談じょうだんじゃあない。ぐらいをわざわざ御注進ごちゅうしんけつけてるもんですか。じゃあ、やっぱりらないのね。燈台とうだいもとくらしとかって自分じぶん縄張なわばないのことを……」
「ゆうべのことなら、もうおれのみみにはいっているはずだが……。ほんとうになんだ」と、半七はんしちすこしまじめになってなおった。
「それをはなまえに、じつはね、にいさん。この二十一日にじゅういちにち飛鳥山あすかやまへお花見はなみこうとおもっているんです。なんだか世間せけんがそうぞうしいから、いっそ今年ことしはおあわせにしようかとっていたんですけれど、やっぱりわかしゅたちがおさまらないので、いつものとおすことになったんです。向島むこうじまはこのごろぱらいの浪人ろうにん素破すっぱきがおおいというから、すこしとおくっても飛鳥山あすかやまほうがよかろうというので、子供こどもたちやなにかで三十人さんじゅうにんばかりはそろったんですが、なるたけ一人ひとりでもおおほう景気けいきがいいから、なんとか都合つごうがつくならねえさんにも……」
「なんだ、なんだ。お花見はなみはいけねえとはじめっからっているじゃあねえか。それよりも、その末広町すえひろちょう一件いっけんというのはなんだよ」
「だから、にいさん」と、おくめあまえるようにった。
「おくめさんも如才じょさいがない」と、おせんわらした。「お花見はなみのおともっけえべえか」
ねえさんばかりでなく、だれ六人ろくにんぐらいさそってて……。ね、よござんすか」
 芸人げいにんには見得みえがある。とりわけておんな師匠ししょう自分じぶん花見はなみ景気けいきをつけるために、弟子以外でしいがい団体だんたいさんとして、しきりに運動中うんどうちゅうであるらしい。彼女かのじょはその交換条件こうかんじょうけんとして、ある材料ざいりょうにいさんのまえに提出ていしゅつしようというのであった。半七はんしちわらってうなずいた。
「よし、よし、そりゃあ種次第たねしだいだ。ほんとうにたねがよければ、十人じゅうにんでも二十人にじゅうにんでも、五十人ごじゅうにんでも百人ひゃくにんでもきっとあつめてやる。まずたねあかしをしろ」
「きっとですね」
 ねんしていて、おくめはこういう出来事できごと報告ほうこくした。ゆうべ末広町すえひろちょう丸井まるいという質屋しちやおそろしい押借おしがりがたというのである。丸井まるいはそこらでもふる暖簾のれんみせで、ゆうべはん午後十一時ごごじゅういちじごろおもてをたたくものがあった。もうツをぎているので、丸井まるいではをあけなかった。御用ごようがあるならばあしたの朝出直あさでなおしてくださいとなかからこたえると、そとではやはりたたきつづけていた。銀座ぎんざ山口屋やまぐちやから急用きゅうようたとった。山口屋やまぐちやよめ里方さとかたであるので、もしや急病人きゅうびょうじんでも出来できたのかと、みせものおもわずをあけると、くろ覆面ふくめんおとこふたりが無提灯むちょうちんでずっと這入はいってて、だしぬけに主人しゅじんわせろとった。かれらは黒木綿くろもめん羽織はおり小倉おぐらはかまをはいて、ながかたなをさしていた。このごろはやる押借おしがりとたので、番頭ばんとう長左衛門ちょうざえもん度胸どきょうえてそれへて、主人しゅじん病気びょうきよいからせってりますから、御用ごようがございますならば番頭ばんとう手前てまえおおけくださいと挨拶あいさつすると、ふたりのさむらいかおあわせて、きっと貴様きさま返事へんじ出来できるかとねんした。その形勢けいせいがいよいよおだやかでないので、みせわかもの小僧こぞうみなふるえているなかで、長左衛門ちょうざえもん主人しゅじんかわってなんでも御返答ごへんとうつかまつりますと立派りっぱこたえた。
 度胸どきょうのいい返事へんじに、さむらいどもはふたたかおあわせていたが、やがて、その一人ひとりおもそうにかかえている白木綿しろもめん風呂敷包ふろしきづつみをして、長左衛門ちょうざえもん眼先めさきいて、これを形代かたしろとして金三百両きんさんびゃくりょうしてくれ、利分りぶんのぞ次第しだいであるとった。いよいよ押借おしがりであるときわめた番頭ばんとうは、彼等かれらなにすかとていると、その風呂敷ふろしきからはみた油紙あぶらがみあらわれた。さら油紙あぶらがみりのけると、そのなかからひとつの生首なまくびたので、番頭ばんとうもぎょっとした。ほかの者共ものどもはもういきなかった。
 それが彼等かれらをおどろかしたのは、たん人間にんげんくびであるというばかりではなかった。それは日本人にほんじんくびとはみえなかった。かみあかい、ひげのあかい、異国人いこくじんくびであるらしいことをったときに、かれらは一倍いちばいつよくおびやかされたのであった。さむらいどもはその生首なまくび番頭ばんとうのまえにきつけて、これをせたらばくど説明せつめいするにもおよぶまい、われわれは攘夷じょうい旗揚はたあげをするもので、その血祭ちまつりに今夜こんやこの異人いじんくびねたのである。迷惑めいわくでもあろうが、これを形代かたしろとして軍用金ぐんようきん調達ちょうたつしてくれとった。相手あいて普通ふつう押借おしがりであるならば、一人ひとりあたま五両ごりょうずつもれてやって、ていよくかえ目算もくさんであった番頭ばんとうも、人間にんげんくびこと異人いじんくびのさきへきつけられて、にわかに料簡りょうけんえなければならなくなった。
 攘夷じょうい軍用金ぐんようきん口実こうじつにして、物持ものもちの町家ちょうかをあらしまわるのはごろ流行りゅうこうで、麻疹はしか浪士ろうし江戸えど禁物きんもつであった。勿論もちろん、そのなかにはほんとうの浪士ろうしもあったであろうが、その大多数だいたすうにせ浪人ろうにん偽攘夷家にせじょういかで、たちのわるい安御家人やすごけにん次三男じさんなんや、町人職人ちょうにんしょくにんのならずものどもが、にわつくりの攘夷家じょういかけて、江戸市中えどしちゅうおどしあるくのであった。おなじ押借おしがりのたぐいでも、攘夷じょういのためとか御国おくにためとかえば、これに勿体もったいらしい口実こうじつ出来できるので、小利口こりこう五右衛門ごえもん定九郎さだくろうもみんな攘夷家じょういか早変はやがわりしてしまった。しかし相手あいてほうもだんだんその事情じじょうってたので、このころでは以前いぜんのように攘夷家じょういかをあまりおそれないようになった。いわゆる攘夷家じょういか蝙蝠安こうもりやす与三郎よさぶろう同格どうかくみとめられるようになってた。丸井まるい番頭長左衛門ばんとうちょうざえもん割合わりあいいにおちつきはらっていたのも、やはり彼等かれら見縊みくびっていたからであった。
 しかしそれがかんちがいであったことを、番頭ばんとうはじめて発見はっけんした。かれらはいわゆる攘夷家じょういかれではなくて、ほんとうの攘夷家じょういかであるらしかった。彼等かれらくちのさきで紋切もんきがた台詞せりふをならべるのではくて、きた証拠しょうこをたずさえてんでたのであった。その血祭ちまつりという異人いじんくびは、鮮血せんけつみたままで油紙あぶらがみのうえにえられているのであった。度胸どきょうのいいのを自慢じまんにしていた長左衛門ちょうざえもんも、だんだんにかおいろをかえて、何者なにものにかけられるように、そのあたまをおのずとげた。もうこうなっては七分しちぶ弱味よわみである。そのあいだ三度さんど問答もんどうはあったものの、所詮しょせんかれは攘夷家じょういか請求せいきゅうする三百両さんびゃくりょう半額はんがくつつしんですのほかはなかった。侍共さむらいども渋々納得しぶしぶなっとくしてかえった。かえるときに、形代かたしろであるからくびいてゆくとったが、番頭ばんとうひらにあやまってたのんで、このおそろしい質物しちもつってかえることにしてもらった。
 この報告ほうこくをうけって、半七はんしち溜息ためいきをついた。
「ふうむ。そりゃあ初耳はつみみだ。おれはちっともらなかった。だが、丸井まるいではなぜそれをだまっているのかな。そういうことがあったら、この時節柄じせつがら、きっととどろということになっているんだが……。わからねえやつらだな」
「それがね、にいさん」と、おくめさら説明せつめいくわえた。「その浪人ろうにんたちがげるときに、おれたちくわだては中途ちゅうとれては一大事いちだいじだから、今夜こんやのことはけっして他言たごんするな。万一まんいちこれをらしたら同志どうしものどもがせてて、主人しゅじんをはじめ一家内いっかないをみなごろしにするからおもえと、さんざんおどかしてったんですとさ。それだから丸井まるいうちではみせじゅうのものに口止くちどめをして、だれにもはなさないことにしていたんですよ」
「それをおまえがまたどうしてった」
「そりゃあ神田かんだ半七はんしちけたいもうとですもの」
「ふざけるな。まじめにえ。御用ごようのことだ」
 丸井まるい秘密ひみつをおくめっているにはこういうわけがあった。丸井まるいみせ初蔵はつぞうというわかものがおくめのところへ時々ときどきあそびにくるので、おくめ飛鳥山あすかやま花見はなみ加入かにゅうのことをたのむと、初蔵はつぞう一旦承知いったんしょうちしてかえったが、きょうの午過ひるすぎになってきゅうことわりにた。かれは師匠ししょううらまれるのをおそれて、ゆうべの出来事できごとをいっさいちあけた。何分なにぶんにもこの矢先やさきではみせにくいから、かならずわるおもってくれるなと、かれはしきりにわけをしてかえった。たん違約いやくわけのためならば、まさかそんな大袈裟おおげさうそはつくまい。これはきっとほんとうのことに相違そういないとおくめった。半七はんしちもそうおもった。
 しかしこのことが自分じぶんくちかられたとれては、自分じぶん迷惑めいわく初蔵はつぞう迷惑めいわくするであろうから、にいさんに如才じょさいもあるまいが、それはかならず内証ないしょうにしていてくれと、おくめねんしてかえった。かえるときに、かれはさらねんした。
ねえさん。二十一日にじゅういちにちにはきっとですよ。ぜひ六人ろくにんさそってね」