63・半七捕物帳16「津の国屋(3)」


朗読「半七16-3.mp3」19 MB、長さ: 約13分31秒

     三

 文字春もじはるはそのばんおちおちねむられなかった。撫子なでしこ浴衣ゆかたわかおんな蚊帳かやそとからのぞいているようなゆめにおそわれて、すこしうとうとするかとおもうとすぐにがさめた。あいにくにあつよるで、彼女かのじょ枕紙まくらがみはびっしょりれてしまった。あくるあさあたまおもくてむねがつかえて、あさめしぜんにむかうにもなれなかった。きのう遠路とおみちあるいたのであつさにあたったのかもれないと、小女こおんな手前てまえ誤魔ごまかしていたが、彼女かのじょあたまのなかはれない恐怖きょうふめられていた。仏壇ぶつだんには線香せんこうそなえて、彼女かのじょはよそながらおやすというむすめ回向えこうをしていた。
 近所きんじょむすめたちはいつものとおりに稽古けいこた。国屋くにやのおゆきた。おゆき無事ぶじかおをみて、文字春もじはるはまず安心あんしんしたが、そのうしろにはにみえないおやすかげきまとっているのではないかとおもうと、彼女かのじょはおゆきむかうのがなんだか薄気味悪うすきみわるかった。稽古けいこむと、おゆきはこんなことをした。
「お師匠しょさん、ゆうべはへんなことがあったんですよ」
 文字春もじはるむねをおどらせた。
「かれこれいつはん午後九時ごごくじごろでしたろう」と、おゆきはなした。「あたしがみせまえ縁台えんだいこしをかけてすずんでいると、白地しろじ浴衣ゆかたた……丁度ちょうどあたしとおなどしくらいのむすめいえまえって、なんだか仔細しさいありそうにいえなかをいつまでものぞいているんです。どうもおかしなひとだとおもっていると、みせ長太郎ちょうたろうがついて、なにか御用ごようですかとこえをかけると、そのむすめだまってってしまったんです。それからすこつと、らない駕籠屋かごや駕籠賃かごちんをくれといますから、それは間違まちがいだろう、ここのいえ駕籠かごなんかにったものはないとうと、いいえ、四谷見附よつやみつけのそばからむすめさんをせてました。そのむすめさんは町内ちょうないかどりて、駕籠賃かごちん国屋くにやってもらってくれとったから、それでここへりにたんだとって、どうしてもかないんです」
「それから、どうして……」
「それでも、こっちじゃまったおぼえがないんですもの」と、おゆき不平ふへいらしくった。「番頭ばんとう帳場ちょうばからて、一体いったいそのむすめはどんなおんなだとくと、としごろは十七八じゅうしちはち撫子なでしこ模様もよう浴衣ゆかたていたとうんです。してみると、たったいまここのみせのぞいていたむすめ相違そういない。そんないい加減かげんなことをって、駕籠賃かごちんたおしてげたんだろうとっていると、おくからおっさんがて、たというそにもしろ、国屋くにや暖簾のれんされたのがこっち不祥ふしょうだ。駕籠屋かごやさんにそんをさせてはどくだとって、むこうのとおりに駕籠賃かごちんはらってやったら、駕籠屋かごやよろこんでかえりました。おっさんはそれぎりでおくへはいってしまって、べつになんにもいませんでしたけれど、あとでみせものたちは、ほんとうにいまどきのむすめ油断ゆだんがならない。あんな生若なまわかくせ駕籠賃かごちんたおしたりなんかして、あれがだんだん増長ぞうちょうするとかたりや美人局つつもたせでもやりねないと……」
「そりゃまったくですわね」
 なにげない相槌あいづちっていたが、文字春もじはるはもう正面しょうめんからおゆきかおていられなくなった。かたりや美人局つつもたせどころのはなしではない。かのむすめ正体しょうたいがもっともっとおそろしいものであることを、おゆき勿論もちろんみせものたちもらないのである。そのなかで主人一人しゅじんひとりがなんにもわずに素直すなお駕籠賃かごちんはらってやったのは、さすがにむね奥底おくそこおもいあたることがあるからであろう。おやすたましいは、御堀端おほりばた自分じぶんわかれてから、さらに駕籠屋かごやおくられて国屋くにやまでんでたのである。なんにもらないではなしをしているおゆきのうしろには、きっと撫子なでしこ浴衣ゆかたかげけむのようにきまつわっているにきわまった。それをおもうと、文字春もじはるおそろしくもあり、また可哀かわいそうでもあった。
 慾得よくとくずくばかりでなく、かれは弟子師匠でしししょう人情にんじょうからかんがえても、ひさしい馴染なじみうつくしい弟子でしがやがて死霊しりょうころされるのかとおもうと、あまりのいたましさにえなかった。さりとてほかのこととはちがって、迂濶うかつ注意ちゅういすることもできない。それが親達おやたちみみにはいって、師匠ししょうはとんでもないことをうとまれたときには、表向おもてむきにはなんともわけができない。もうひとつには、そんなことをうっかりおゆき注意ちゅういして、自分じぶん死霊しりょううらみをうけては大変たいへんである。それやこれやをかんがえると、文字春もじはるはこのままくちじておゆき見殺みごろしにするよりほかはなかった。
 かさねがさねいやはなしばかりかされるのと、ゆうべ碌々ろくろくねむられなかったつかれとで、文字春もじはるはいよいよ気分きぶんわるくなって、ひるからは稽古けいこやすんでしまった。そうして、仏壇ぶつだん燈明とうみょうやさないようにして、ゆうべ道連みちづれになったおやす成仏じょうぶついのり、あわせておゆき自分じぶんとの無事息災ぶじそくさい日頃信心ひごろしんじんする御祖師様おそしさまいのりつづけていた。そのばん彼女かのじょはやはりおちおちねむられなかった。
 あくるあさからあつかった。おゆき相変あいかわらず稽古けいこたので、文字春もじはるはまず安心あんしんした。こうして二日ふつか三日みっか無事ぶじにつづいたので、彼女かのじょ恐怖きょうふねんすこうすらいできて、よるもはじめてねむられるようになった。しかし撫子なでしこ浴衣ゆかたたおやす亡霊ぼうれいがたしかに自分じぶん道連みちづれになってたことをかんがえると、まだ滅多めった油断ゆだんはできないとあやぶんでいると、それから五日目いつかめになって、おゆき稽古けいこときにこんなことを又話またはなした。
阿母おっかさんがきのうの夕方ゆうがたんでもない怪我けがをしましたの」
「どうしたんです」と、文字春もじはるまたひやりとした。
「きのうの夕方ゆうがたもうぎでしたろう。阿母おっかさんが二階にかいへなにかりにくと、階子はしごのうえから二段目にだんめのところであしみはずして、まっさかさまにころちて……。それでもいい塩梅あんばいあたまたなかったんですけれど、ひだりあしすこくじいたようで、すぐにお医者いしゃにかかってゆうべからているんです」
あしくじいたのですか」
「お医者いしゃはひどくくじいたんじゃないといますけれど、なんだかほねがずきずきいたむとって、けさもやっぱりよこになっているんです。いつもは女中じょちゅうをやるんですけれど、ゆうべにかぎって自分じぶん二階にかいへあがってって、どうしたはずみか、そんな粗相そそうをしてしまったんです」
「そりゃほんとうにんだ御災難ごさいなんでしたね。いずれお見舞みまいにうかがいますから、どうぞよろしく」
 おやすたたりりがだんだん事実じじつとなってあらわれてるらしいので、文字春もじはるもすくむようにおびやかされた。のせいか、おゆき顔色かおいろすこあおざめて、かえってゆくうしろ姿すがたかげうすいようにおもわれた。なににしてもそれをいた以上いじょう彼女かのじょらないかおをしているわけにもゆかないので、すすまないながらもひるすぎに、近所きんじょった最中もなかおりって、国屋くにや見舞みまいった。国屋くにや女房にょうぼうふじはやはりよこになっていたが、けさにくらべるとあしいたみはほどやすらいだとのことであった。
「お稽古けいこでおいそがしいところをわざわざありがとうございました。どうもおもいもよらない災難さいなんんだいました」と、おふじまゆをしかめながらった。「なに、二階にかい物干ものほし洗濯物せんたくもの取込とりこみにがったんです。いつも女中じょちゅうがするんですけれど、その女中じょちゅう怪我けがをしましてね。井戸端いどばたみずんでいるうちに、手桶ておけをさげたまますべってころんで、これもひざ小僧こぞういたとってあしいているもんですから、わたしがかわりに二階にかいへあがるとまたこの始末しまつです。あしわるおんな二人ふたり出来できてしまって、ほんとうにこまります」
 それからそれへと死霊しりょうたたりがひろがってくるらしいので、文字春もじはるはいよいよおそろしくなった。こんなところにとても長居ながいはできないので、かれは早々そうそう挨拶あいさつをしてしてた。あかるい往来おうらいて、はじめてとしながらかえると、国屋くにや大屋根おおやねおおきなからす一匹いっぴきじっとしてまっていた。それがまたなんだか仔細しさいありそうにもおもわれたので、文字春もじはるはいよいよいそいでかえってた。そのうしろ姿すがた見送みおくって、からす声高こえたかいた。
 国屋くにや女房にょうぼうはその十日とおかほどもていたが、まだ自由じゆうあるくことが出来できなかった。そのうちに文字春もじはるまたこんないやはなしかされた。国屋くにやみせわかものが、近所きんじょ武家屋敷ぶけやしき御用聞ごようききにゆくと、その屋根瓦やねがわら一枚いちまい突然とつぜんそのうえちてて、かれみぎまゆのあたりをつよたれて、片目かためがまったくれふさがってしまった。そのわかもの長太郎ちょうたろうといって、このあいだのばん自分じぶん店先みせさき撫子なでしこ浴衣ゆかたむすめこえをかけたおとこであることを、文字春もじはるはおゆきはなしった。おそろしいたたりはそれからそれへとをひろげて、国屋くにや一家眷属いっかけんぞくにわざわいするのではあるまいか。国屋くにやばかりでなく、しまいには自分じぶんのうえにまでりかかってるのではあるまいかとおそれられて、文字春もじはるじつきているそらもなかった。
 かれは程近ほどちか円通寺えんつうじのお祖師様そしさま日参にっさんをはじめた。