460・顎十郎捕物帳24「蠑螈(5)」


朗読「顎十郎24-5.mp3」8 MB、長さ: 約 8分 43秒

 とどすけ清五郎せいごろうと、三人さんにんがかりでおせつをひきはなして数負かずえ離家はなれはこびこむ。たいへんなねつで、そばへるとプーンとねつにおいがする。さむけがするのか、なくガタガタと身体からだふるわせ、れぎれに、
「……畜生ちくしょうッ、……き、貴様きさま阿波屋あわや六人ろくにんを……、貴様きさま阿波屋あわやのかたき。……そこにいろ、いま離家はなれってかたなっててぶったってやるから。……くそッ、どんなことがあっても、それまではにはしないから……。おのれ、っておれ……」
 おそろしものがすぐそばにでもいるように、りとめのない囈言うわごとをいいながら、つかみかかるような身振みぶりをする。
畜生ちくしょうッ、……脇差わきざしを……、はや脇差わきざしを……そらそら、げてしまうから」
 脇差わきざしさがそうとするのか、きゅうにムックリときあがってあらぬかたへそうとする。
 ひょろまつ顎十郎あごじゅうろうのほうへりかえって、
阿古十郎あこじゅうろうさん、いったいなにをってるンでしょう。なにかしきりにいたがっているが、きだす方法ほうほうはないもんでしょうか」
「こういうひどいねつだからちょっと覚束おぼつかないが、やるだけやってよう」
 とって、数負かずえみみくちせ、
新田にったさん、新田にったさん、阿波屋あわやのかたきというのはなんのことです。ひとことでいいからってください。わたしたちがきっとぶったってやりますから。……ねえ、たったひとこと
 数負かずえは、こちらのうことがまるきりみみへとどかないようすで、まなじりりさけるかとおもうばかりにクヮッとしひらき、ただ、脇差わきざし脇差わきざし、とうばかり。アコちょう歎息たんそくして、
「こいつはいけねえ。ひとこといってくれさえすりゃあ、なんとかがかりがつくのだが、……」
 そうっているうちにも、おいおいいきばかりになって、どうやら覚束おぼつかないようすになってきた。
椿庵先生ちんあんせんせい、もうちょっとのあいだ、いのちりとめるようにつくしてみてください。阿波屋あわや怪死かいし秘密ひみつはこいつのくちひとつにかかっているのだから」
「よろしい、なんとかおよかぎりやってみましょう」
 ふとがついてると、いままで部屋へやのすみでしていたおせつ姿すがたえない。ひょろまつ怪訝けげんかおで、
「おや、いまいたおせつというむすめはいつきましたろう。なにかあのむすめにいわくがありそうだからちょっといつめてやろうとおもっていたんですが」
 と、っているところへ大工だいく清五郎せいごろうけこんでて、おびえたようなひくこえで、
「……みょうなことがあります。おせつさんが、梯子はしごをのぼって、いま屋根裏やねうらはいってきました」
 アコちょうは、キッとして、
「おせつが、屋根裏やねうらへ?……そりゃほんとうか。見間違みまちがいじゃないだろうな」
見間違みまちがおうたってこのいいつきけっして間違まちがいはありません。……こう、じたようにあとさきをながらあっしのあけた破風はふあなからソロソロと屋根裏やねうらはいってったんです」
「よし、じゃりてるところを。……かんづかれるといけないから、あまり大勢おおぜいでないほうがいい。……そんなら、ひょろまつ、おまえとふたりで」
 まがきのそばに、まだはなのないはぎのひとむらがある。
 アコちょうとひょろまつがそのうしろにかがんでくろくちをあけた破風はふのほうをあげていると、ほどなくそのあなからおせつあたまかたがあらわれてきた。右手みぎて鼻紙はながみにつつんだ菓子かしづつみのようなものをち、たゆとうように梯子はしごけたみながらソロソロとしたへおりてる。
 うかがうようにあたりをまわしてほりにつづく油蔵あぶらぐらのほうへこうとする。唐突とうとつはぎのうしろからちあがった顎十郎あごじゅうろう、ツイとまえへまわっておせつまえちはだかり、
「おせつさん、いまみょうなところからましたな。いったい、どんなようがあって屋根裏やねうらなんぞへあがってったんです」
 きめつけるようにって、ばしておせつっているかみづつみをツイとりあげ、かみづつみをひらいてるとついさっき屋根裏やねうらくぎづけの蠑螈いもり
「おう、みょうなものですな、いったい、こりゃなんです」
 おせつはパッとかおめて、
「おずかしゅうございます。これはこいまじないの蠑螈いもり。……数負かずえさまが阿波屋あわや居候いそうろうになっているのをいやがられて、どうでも立退たちのくとおっしゃいます。ひとのはなしによりますと、きた蠑螈いもりおもかた部屋へや天井てんじょうくぎづけしておきますと、あしがすくんでどうしても立退たちのけなくなるということ。ひとまわりごとに黒門町くろもんちょう目屋めやってきた蠑螈いもりい、数負かずえさまの天井てんじょうちつけておりました。……のろいの秘伝ひでんでは、ひとまわりを一日いちにちでもすごすとそのひとたたりがあるということ。はやあたらしいのとりかえねばならぬとおもいながら、甚松じんまつりこみにまぎれてそれがおくれ、とうとうこんな始末しまつ。……どうぞおさっしくださいまし。あわれだとおもってちょうだい」
 くつもりなのか、そろそろと油蔵あぶらぐらかべのほうへってって、そのかべをもたせたとおもうと、どうしたのか、突然とつぜんたまぎるようなこえで、
「あッいやッ、なにかあたしのあしに……」
 アコちょう間髪かんぱつをいれずにおせつのほうへんでって、そのあしもとをると、あししたのくさむらのなか一疋いっぴきおおきな蝮蛇まむし青黝あおぐろひからせながらサラサラとくさしわけてそばにんである油壺あぶらつぼなかへニョロリとはいってしまった。
 アコちょうはありあうぎれでピッタリと油壺あぶらつぼふたをふさぐと、
「ひょろまつ、わかった。阿波屋あわや六人ろくにんのかたきは、この蝮蛇まむしだったんだ。……これは、阿波あわんでいるという蝮蛇まむしで、江戸えどにはいないやつ。油壺あぶらつぼをつつむむしろなかへでもまぎれこんでここまでたものにちがいない。……これであの赤痣あかあざなぞもとける。……蝮蛇まむしがひとをむのは八十八夜はちじゅうはちやから十月じゅうがつなかごろまで。阿波屋あわや人死ひとじにもちょうどそのあいだ。なぜそこにがつかなかったのか」
 とって、くらかべいついてふるえているおせつかたをかけ、
「おせつさん、蝮蛇まむしまれなすったか」
 おせつくびって、
「いいえ、大丈夫だいじょうぶ
「それはよかった。……これで新田にったさんのやまいのもともわかったから、きっとたすけてあげます、あなたはこの蠑螈いもりほりみずへかえして、はやのろいをといてなさい」