458・顎十郎捕物帳24「蠑螈(3)」


朗読「顎十郎24-3.mp3」10 MB、長さ: 約 11分 22秒

   屋根裏やねうら

 深川ふかがわ油堀あぶらぼり
 裏川岸うらかしにそってズッと油蔵あぶらぐらちならんでいる。かべやぶれにペンペンぐさえ、くらせてみあげた油壺あぶらつぼ油甕あぶらかめのあいだで蟋蟀こおろぎいている。ひるでもひとのないみょう陰気いんき川岸かわぎし
 もうれかけて、ときどきサーッと時雨しぐれてくる。むこうぎしはボーッとあめけむり、おりからいっぱいの上潮あげしおで、やなぎえださきがずっぷりみずかり、手長蝦てながえびだの舟虫ふなむしがピチャピチャと川面かわもねる。……ちょうど逢魔おうまガとき。
 油蔵あぶらぐらあわいになった薄暗うすぐらせまいところをとおってくと、ふるびた黒板塀くろいたべいきあたった。
 清五郎せいごろう裏木戸うらきどさんをかけながら、
「ここからはいります。……母家おもやはおでごったがえして離家はなれにはだれもいないはずですが、それだとったって、だんまりで座敷ざしきみこむわけにもゆきません。屋根やね破風はふ下見したみをすこしばかりこわしますから、窮屈きゅうくつでもどうかそこからおはいりなすってください」
 泉水せんすいえんをまわって離家はなれきつくと、横手よこてにおいてあった梯子はしごおこし、身軽みがるにスラスラとのぼってゆく。さすがれたもので切妻きりづま破風はふしたひとがひとりはいれるだけの隙間すきまをこしらえ、ふたりを手招てまねきしてからゴソゴソとあななかはいってってしまった。
 りかかったふねで、アコちょうととどすけのふたりが苦笑くしょうしながらそのあとから天井裏てんじょううらいこむ。
 屋根やね野地板のじいたうらがわが合掌がっしょうなりに左右さゆうれさがり、はり化粧棰けしょうたるき骨格こっかくのようにみあったのへおびただしい蜘蛛くもがからみついている。
 糸蝋燭いとろうそくひかりがとどくところだけはぼんやりとあかるいが、それもせいぜい二三にさんげんまえもうしろもまっ暗闇くらやみほこりくさいにおいがムッとはなく。
 天井板てんじょういたやぶらぬように用心ようじんしながらすすんでくと、さきっていた清五郎せいごろうきゅうあしをとめ、なにかしながら二人ふたりのほうへりかえった。
 されたところをると、なるほど、六寸ろくすんばかりの守宮やもりどうのまんなかを五寸釘ごすんくぎでぶっとおされたままにもせずにヒクヒクとうごいている。
 あぶらったようなドキッとした微妙びみょうにうねらせてきゅうびあがるような恰好かっこうをするかとおもうと、すぐまたんだようにうごかなくなってしまう。なにをしているのかと蝋燭ろうそくあかりをせてると、両手りょうてなかになかばにかけたおとりおおきな盲蜘蛛めくらぐもをかかえこみ、そのにおいをしたってあつまって小蜘蛛こぐもかたっぱしからパクッパクッとみこんでいるのだった。
 とどすけはゾックリとしたかおつきで、
「これはどうもすさまじい。こうして三年さんねんきていたんですか。いや、これほどまでとはおもいまっせんでした。なるほど、この執念しゅうねんならたたりもしましょう」
 アコちょうはなにかに熱中ねっちゅうしたときのくせで、まゆのあいだにふか竪皺たてじわをよせながら糸蝋燭いとろうそく守宮やもりをためつすがめつしてながめていたが、唐突とうとつ清五郎せいごろうのほうへりかえると、しつけるようなひくこえで、
「この離家はなれ建上たてあがったのはいつだとったかね」
三年さんねんまえ五月ごがつでございます」
「おまえ屋根裏やねうらへあがったのはいつだった」
今年ことし二月にがつでございます」
「すると、守宮やもりがここへくぎづけになってからちょうど二年にねんよんげつたっているわけだな」
「さようでございます、そんなかんじょうになります」
「それにしてはチトみょうだな」
「なにがでございますか」
 顎十郎あごじゅうろうは、守宮やもり胴中どうなかとおしている五寸釘ごすんくぎをさしながら、
二年以上にねんいじょうもここにさっていたにしては、まるっきりくぎかたがちがう。……守宮やもりちかいところはともかく、くぎあたまのほうはもっとさびいていなければならないはずなのに、ろ、このとおりまっさらだ」
 清五郎せいごろうくぎをよせてながめていたが、たまげたようなこえで、
「なるほど、こりゃあケブだ。三年さんねんまえくぎがこうあたらしいはずはありません」
一年いちねんどころか、おそくてせいぜい二十日はつか。ことによればまだ五日ごにちしかたっていない。……みょうなのはくぎばかりじゃない。……清五郎せいごろう、よくこのむしろ。おまえ守宮やもりだといったが、これはこのへんのほりにいる赤腹あかはらだ。守宮やもりなら無花果いちじくのような手肢てあしをしているが、これにはちゃんと指趾ゆびがある。ここにくぎづけになっているのは守宮やもりでなくて蠑螈いもりだ。……そんなにとおくでへっぴりごしをしていないで、ちかくへってよくろ」
 清五郎せいごろうくびしのべておずおずとながめてから、
「いかにも、こりゃア赤腹あかはら
 アコちょうはニヤリとわらいながらとどすけのほうへりかえり、
「とどすけさん、少々妙しょうしょうみょうですな。……ご承知しょうちとおり、守宮やもりならあつまってくるむしうために檐下のきしたかべいまわりますが、蠑螈いもりのほうは、もともとみずなかにいるむし。せいぜい川岸かわぎしくさのあるところぐらいしかあがってぬものです」
 とどすけ眼玉めだまいて、
「すると、どいつかワザワザこんなところへ蠑螈いもりくぎづけしにたものがあるとえますな」
「まず、そのへんのところ」
 とって、天井板てんじょういたうえにうっすらたまっているほこりゆびさし、
「ごらんなさい、その証拠しょうこはここにあります」
 とどすけ清五郎せいごろうしつけられたあかりのしたると、ほこりうえ足袋たびはだしの足跡あしあとがひとつのこっている。
大工だいくともあろう清五郎せいごろう足袋たびはだしなどで屋根裏やねうらあがるなんてえことはない。うまでもなく、これはべつ人間にんげん足跡あしあとです」
 とって、清五郎せいごろうに、
「おれたちがはいってたほかに、天井裏てんじょううらへあがるくちがあるか」
常式じょうしきどおり、広座敷ひろざしきしこみの天井板てんじょういた三枚さんまいばかりかしてありますから、いこむとすればそこなんでございましょう」
離家はなれにはいまだれ寝起ねおきしているんだ」
肥前ひぜん松浦様まつうらさまのご浪人ろうにん新田数負にったかずえというわかいおさむらいがこのはるから寝泊ねとまりしております。父親ちちおやというひとは蘭医らんいで、阿蘭陀おらんだ草木くさきにくわしいひとだそうで、新田にったというひとも離家はなれあさからばんまでほんばかりんでおります」
「それはなんだ、阿波屋あわや親戚しんせきでもあるのか」
「いいえ、縁引えんびきのなんのじゃありません、はやはなし居候いそうろう。……はなしはちょっと時代じだいめくンですが、今年ことしはる阿波屋あわや末娘すえむすめのおせつさんが、五人ごにんばかりのおど朋輩ほうばいといっしょに向島むこうじま花見はなみったかえみち悪旗本わるはたもとにからまれてこまっているところへその浪人者ろうにんものなかはいり、ひょっとするといやな怪我けがでもしかねなかったところをたすけられたそのおれい、いずれ仕官しかんするまでというなが約束やくそくでズルズルいすわっているわけなんです」
 アコちょうはなにかかんがえこんでいたが、また唐突とうとつくちをひらき、
清五郎せいごろう、おまえ、その浪人者ろうにんもの守宮やもりはなしをしたろうな」
「へい。なにしろ、その浪人者ろうにんもの離家はなれ居候いそうろうするということですから、あっしもなんとなくがとがめまして……」
「それは阿波屋あわや人死ひとじに以前いぜんのことだろうな」
「さようでございます。その浪人者ろうにんもの離家はなれへいつくようになってからひとつきほどたったあと。……なんでも八十八夜はちじゅうはちやのすぐあとのことでした」
総領そうりょう甚之助じんのすけんだのはいつだっけな」
「……五月ごがつ二十日はつか。……それから二十日はつかばかりたってからあとのことです」
「……で、ありようをすっかりはなしたのか」
 清五郎せいごろうはあわててって、
んでもございません。ここにるとみなうなされるというが、離家はなれ天井てんじょうになにかさわりがあるんじゃなかろうかと、ま、そんなふうに、ぼんやりはなしただけだったんでございます」
 顎十郎あごじゅうろう蜘蛛くもだらけのはりこしをかけてうっそりと腕組うでぐみをしていたが、なにかおもいきめたふうで、
「おい、清五郎せいごろう、ちょっと甚松じんまつ死骸しがいしらべてたいから、神田かんだって大急おおいそぎでひょろまつんでてくれ」
「へ、そうですか。よろしゅうございます、大駈おおかけでってまいります」