457・顎十郎捕物帳24「蠑螈(2)」


朗読「顎十郎24-2.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 37秒

   赤痣あかあざ

 万年橋まんねんばし鯨汁くじらじる鯨一式くじらいっしき濁酒どぶろくる。あさはやいのが名物めいぶつで、部屋へや夜明よあかしをした中間ちゅうげん朝帰あさがえりのどもに朝飯あさめしわせる。
 清五郎せいごろうは、なにかよっぽどおもいつめたことがあるふうで、がれた濁酒どぶろくさずにうつむいていたが、やがてしょんぼりとかおをあげると、
「こうなったら、なにもかもさっくりともうしあげますが、……阿波屋あわや人死ひとじには、じつは、あっしのせいなんで……」
 顎十郎あごじゅうろうはチラととどすけあわせてから、
「えらいことをいだしたな。阿波屋あわや六人ろくにんんだのは、おまえのせいだというのか」
「へえ、そうなんで」
 とって、ガックリとなり、
「それに、ちがい、ございません」
 顎十郎あごじゅうろうきゅうにそっけのないかおつきになって、
「おい、清五郎せいごろう、おまえはなにか見当けんとうちがいをしていやしないか。いまはこんな駕籠舁かごかきだが、ついこのあいだまでは北番所きたばんしょ帳面繰ちょうめんぐり。ひょんなことで阿波屋あわや六人ろくにんにかけ、退っぴきならないことになりましたが、以前いぜんのよしみで、なんとかひとつおこぼし、……なんてえはなしならくわけにはいかない。なるほどおれ酔狂すいきょうだが、下手人げしゅにん味方みかたはしねえのだ」
 清五郎せいごろうは、ひたいにビッショリとあせをかいて、
「まあ、ってください。どのみちのがれぬところと観念かんねんしておりますが、こんなところでおもいがけなくおにかかったのをさいわい、せめてみちすじだけでもいていただきたいとおもいまして……」
 顎十郎あごじゅうろうはマジマジと清五郎せいごろうかおながめてから、
「それで、いったいどんなぐあいにった」
「どんなふうにころしたとたずねられてもこまるんでございますが、しかし、直接手ちょくせつてくださなくともあっしがころしたも同然どうぜんなんで……」
くちなかでブツブツっていないではっきりってみろ」
 清五郎せいごろうは、ほッとうなずいて、
「……ことのおこりは守宮やもりなんでございます」
守宮やもり……、守宮やもりがどうしたというんだ」
「いきなり守宮やもりとばかりもうしあげてもおわかりになりますまい。いま、くわしくもうしあげますから、ひととおりおきとりねがいます」
 とって、ふるえる濁酒どぶろく茶碗ちゃわんをとりあげてグッとひといきにあおりつけ、
「……はなしはすこしふるくなりますが、ちょうどいまから三年さんねんまえ阿波屋あわやはな座敷ざしき普請ふしんすることになって、あっしがその建前たてまえをあずかったんでございます。……このほうにはべつにはなしはございません。日数にっすうった仕事しごとでありませんから、じゅうぶんねんれ、存分ぞんぶん仕事しごとをしたんでございます」
「うむ」
「……すると、今年ことし二月にがつごろ、あっしのところへ阿波屋あわやさんからむかえがました。なんのようかとおもってってますと、離家はなれのことなんだが、ふけになると、かぜもないのにのすれあうようなかすかなおとがし、そのあいあいにハーッとなが溜息ためいききこえてくる。そればかりならまだいいが、ウトウトとねむりにつくと、黒雲こくうんのような密々みつみつとしたものが天井てんじょうから一団いちだんになっていくだってきてむねはらへのしかかり、あさまでうなされどおしにうなされる。あの離家はなれになにかさわりでもあるのではないかとおもわれるから、とっくり調しらべてもらいたいというらちもないはなしなンです。……なにをくだらねえとおもいましたが、まさかそうもわれないから、いやいやに離家はなれって、床下ゆかしたから檐裏のきうら舞良戸まいらど戸袋とぶくろというぐあいに順々じゅんじゅんしらべ、最後さいご押入おしいれの天井板てんじょういたがして天井裏てんじょううらへあがってきました。すると……」
「すると?」
「えらいものをました」
「どうした、きゅう顔色かおいろえて。……なにかこわいものでもたのか」
 あふッ、といきんで、
「……ちょうど八畳はちじょう居間いまのまうえあたりにはり一本いっぽんいっていて、それに垂木たるき合掌がっしょうにぶっちがっているところに、六寸ろくすんばかりの守宮やもり五寸釘ごすんくぎどうのまんなかをぶっとおされはりのおもてにくぎづけになっているンです。垂木たるきとめつとき、はずみでそんなことになったんだろうとおもいますが、そうしようとおもっても、こうまでうまくはゆかなかろうとおもわれるくらい、見事みごとどうのまんなかを……」
「それがどうしたというんだ」
 ひ、ひ、となきつらになって、
「いくら臆病おくびょうなあっしでも、それだけなら、かくべつ、びっくりもしゃっくりもしねンですが、なになく糸蝋燭いとろうそくのあかりをそのほうへしつけてますと、おもわず、わッとをあげてしまった。……ますとね、どこからやってるのか、なんぜんなんびゃくという一寸いっすんばかりの守宮やもりはりうえをチョロチョロチョロチョロとうごきまわっている。蚯蚓めめずほどの守宮やもりはりのおもて一杯いっぱい目白めじろおしになってうごきまわるンで、ちょうどはりぜんたいがれているよう。……なにをしているんだとおもってよくてみますと、そこにくぎづけになってるのはたぶんそいつのおやなんでしょう、そのおびただしい子守宮こやもりが、てんでにうじをせっせとはこんでくる。米粒こめつぶほどのはえうじをくわえておや守宮やもりくちもとへしつけると、もう二年にねんまえくぎづけになったその守宮やもりが、まっくちをあけてパクッとそれをけるンです。守宮やもりせいつよいもんだということはいていますが、それをたときは、あまりのすごさにあっしはきたもなくなりころがるように天井裏てんじょううらからねだし、どこをどうして辿たどったのかほとんど夢中むちゅうでじぶんのいえんでかえり、それから三日みっかというものはたいへんなねつ四日目よっかめになってようやく人心地ひとごこちがつきましたが、いくらなんでもあまり臆病おくびょうなようで、居間いま天井てんじょうでしかじかこういうものを夢中むちゅうになってげてかえったとアえない。それから二日ふつかほどたってから阿波屋あわやかけてきまして、なにわぬかおで、格別かくべつ、なんのことはなかった、でおさめてしまったんです。……ところが」
 またグッタリとくびげだして、
「……ところが、それから二月ふたつきたつかたたぬうちに、なんのはずみか総領そうりょう甚之助じんのすけさんがにわかにドッとねつし、半日はんにちほどのあいだくるしみつづけにくるしんでんでおしまいになった。……あっしもかけてって湯灌ゆかんつだいをしたんですが、そのとき、なにげなく甚之助じんのすけさんのむねのあたりへをやりますと、文久銭ぶんきゅうせんぐらいのおおきさの赤痣あかあざ出来できている。……ちょうど、守宮やもり五寸釘ごすんくぎでぶッとおされたとおもうあたりにそういう奇妙きみょう赤痣あかあざ出来できていて、そこからジットリとにじみだしているンです……」
 アコちょうおびえたようにチラととどすけあわせ、
「なるほど、すごはなしだな」
「そのあとのことは、さっき風呂ふろでおきなすったとおりですから、くどくどしくもうしあげることはない。……おつぎ三男さんなん甚三郎じんざぶろうさん。それからご新造しんぞうさん、……姉娘あねむすめのおふじさん、……次男じなん甚次郎じんじろうさんというぐあいに順々じゅんじゅんおなじようなかたをし、こんどは四男よんなん甚松じんまつさんまで。……あっしが臆病おくびょうなばっかりにこんな始末しまつ。あのとき守宮やもりくぎからはずすか有体ありていにいうかしたら、こんなことにはならなかった……守宮やもりたたりとはいいながら、せんじつめたところあっしのつみこそくださないが阿波屋あわや六人ろくにんはあっしがころしたも同然どうぜん。……そうおもうと、あっしはもういてもっても。……どうか、おさっしなすってくださいまし」