456・顎十郎捕物帳24「蠑螈(1)」


朗読「顎十郎24-1.mp3」7 MB、長さ: 約 7分 19秒

顎十郎捕物帳あごじゅうろうとりものちょう24
蠑螈いもり
久生十蘭ひさおじゅうらん

   朝風呂あさぶろ

 阿古十郎あこじゅうろうことアコちょう。もとは北町奉行所きたまちぶぎょうしょぞくして江戸一えどいち捕物とりもの名人めいじん。ひょんなこと役所やくしょをしくじって、いまはしがない駕籠舁渡世かごかきとせい
 昨夜さくや、おそいきゃく柳橋やなぎばしまでおくりとどけたのはここのはん神田かんだまではるばるかえがなくなって深川ふかがわ万年町まんねんちょう松平まつだいら陸奥守むつのかみ中間部屋ちゅうげんべやへころがりこみ、その翌朝よくあさ
 あさからとのくもって、もなくザッとそうな空模様そらもようなまもののふたりのことだから、これをいい口実こうじつにして、きょうはやすむことにはなしあいがつき、りた手拭てぬぐいをかたへひっかけて伊勢崎町いせざきちょうかけてく。
 このへんは下町したまちでもあさはやいから、まだななツというのにひどく混雑こんざつする。いいこえ源太節げんたぶしうたうのがあるとおもうと、逆上のぼせこえ浄瑠璃じょうるりうなるやつもある。
 ほかの町内ちょうない風呂ふろというのはなんとなくぶっせいなもので、無駄口むだぐちをたたきあうったかおもないから、濡手拭ぬれてぬぐいをあたまへのせてだんまりでにつかっていると、ふと、こんなモソモソばなしきこえてきた。柘榴口ざくろぐちなか薄暗うすぐらいからかおえないが、どちらも年配ねんぱいらしい落着おちついたこえ
「おきになりましたか、阿波屋あわやの……」
「いまいてゾッとしているところです。……じっさい、ひとごとながら、こうなるといささか怯気おじけがつきます」
あさっぱらから縁起えんぎでもねえ、どうにもいや気持きもちで……」
「いや、まったく。……そりゃそうと、これでいくつです」
むっ。……阿波屋あわや葬式そうしきといったらこの深川ふかがわでもらぬものはない。今年ことし五月ごがつ総領そうりょう甚之助じんのすけんで、その翌月よくげつ三男さんなん甚三郎じんざぶろう七月しちがつには配偶つれあいのお加代かよ八月はちがつには姉娘あねむすめのおふじ次男じなん甚次郎じんじろう。……しばらくがあいたからそれですむのかとおもっていると、こんどは四男よんなん甚松じんあまつきゅうにいけなくなって、きょうの払暁ひきあけいきをひきとったというンです。……どういうのからねえが、半年足はんとしたらずのうちに一家六人いっかろくにん次々つぎつぎぬというのはただごとじゃありません」
医者いしゃ診断みたてはどうなんです」
破傷風はしょうふうというんですが、そのへんのところがはっきりしない。医者いしゃさきってこれはなにかのたたりでしょうとうんだそうですから、けぶです」
「もうそのくらいにしといてください、あまり気色きしょくのいいはなしじゃねえから」
「あなたはいいが、わたくしのほうは、なにしろすぐ真向まむかいなんだからこれにはおそれます。……ざんばらがみ白髪しらがばばあが、丑満時うしみつどきに、まっくらな阿波屋あわやむねを、こう、りながらヒョイヒョイとったりたりするのをたなんていうものがありまして、おんなこどもはおびえてしまって、日暮ひぐれになると、あなた、かわやへもひとりでけない始末しまつなんです。……それはいいが、こうのべつの葬式そうしきつづきじゃこっちもきあいきれない。といって、おなじ町内ちょうないらないかお出来できないし……」
「いや、ごもっとも。しかし、阿波屋あわやもたいへんだ。これで主人しゅじんのこして一家いっかえてしまったというわけですか」
えたも同然どうぜん。……あとには末娘すえむすめのおせつという十七じゅうななになるのがひとりのこっていますが、これだって、このさきどうなることやら……」
 アコちょうととどすけ二階にかいかぜかれながら桜湯さくらゆんでいると、すぐあとから、れた身体からだ半纒はんてんをひっかけながらあがって三十二三さんじゅうにさん職人体しょくにんていおとこ。おずおずしながら顎十郎あごじゅうろうまえひざをつき、
仙波せんばさま、無沙汰ぶさたをしております。……金助町きんすけちょうにいつもお世話せわになっている大工だいく清五郎せいごろうでございます」
「おお、清五郎せいごろうか。……どうした、ひどくているじゃないか」
「へえ、……いえ、どうも、まったく。……その、よわってしまいました」
 たどたどと口籠くちごもって、ハアッと辛気しんきくさく溜息ためいきをつき、
「あなたさまをこんで、折入おりいっていていただきたいことがございますンですが」
 顎十郎あごじゅうろうは、へちまなりのおおきなあごのさきをでながら、ほほう、と曖昧あいまいこえはっし、
以前いぜんとちがっていま駕籠舁渡世かごかきとせい。ろくなかた出来できまいが、はなしというのはどんなことだ」
「そのことでございますが……」
 清五郎せいごろう膝小僧ひざこぞうすようにしてこえをひそめ、
「……いまおきになりましたでしょう、阿波屋あわやの……」
「うむ、六人ろくにん順々じゅんじゅんんで、やがて阿波屋あわや一家いっかえるだろうというはなしか」
 清五郎せいごろうはあわてておさえて、
「どうか、もうすこしちいさなこえで。……へい、そのことなんでございます。……ここではおはなしにくうございますので、お手間てまらせませんから、どうか、そのへんまで……」