455・顎十郎捕物帳23「猫目の男(4)」


朗読「顎十郎23-4.mp3」12 MB、長さ: 約 13分 19秒

   証拠しょうこ

 それから、半刻はんとき
 ようやく御霊遷みたまうつしがおわると、また警蹕けいひつ合図あいずに、お仮屋かりや御本殿御渡御ごほんでんおとぎょみちすじの篝火かがりびはもちろん、全町ぜんちょういっせいに灯火とうかがつけられる。いままでの暗闇くらやみにひきかえ、今度こんどはまっ昼間ぴるまのようなあかるさ。もあけかかってきたとえて、こずえうえがほのぼのとしろくなる。
 それッ、というので、ひょろまつ先頭せんとうにしてアコちょう、とどすけ藤右衛門とうえもん四人よにん白砂しらすなってけだす。
 ってると、なるほど、藤右衛門とうえもんったとおり、本殿ほんでんのほうから五六間ごろくけんおきに一人ひとりずつ、近江屋鉄五郎おうみやてつごろう、おげん、おさわ、おげん許婚者いいなづけ青梅屋おうめや新七しんしちという順序じゅんじょで、いずれもたか羽朱塗はねしゅぬりのお神矢かみやふかくぼんのくぼをられ、水浅黄みずあさぎ水干すいかんえりめて俯伏うつぶせになってたおれている。
 顎十郎あごじゅうろうは、かがみこんで死体したいをひとつずつ念入ねんいりにあらためていたが、そのうちにのっそりとちあがって、藤右衛門とうえもんのほうへりかえり、
「……ごらんとおり、どの死体したいも、見事みごと必殺ひっさつ急所きゅうしょ射抜いぬかれています。夜眼よめ猫眼ねこめはとにかく、よほどのゆみ上手じょうずでなければ、こういうみずぎわったことは出来できぬはず。……それで、なんですか、藤右衛門とうえもんさん、その猫眼ねこめ五造ごぞうというおとこゆみでもやるのですか」
「へえ、いたします。ゆみもうしても楊弓ようきゅうですが、五月ごがつ九月くがつ結改けっかいかいには、わざわざ江戸えどかけてき、昨年さくねんなどは、百五十本ひゃくごじゅっぽん金貝かながい目録もくろくったということでございます」
「なるほど。……それで桜場清六さくらばせいろくのほうは?」
「このほうは、大和流やまとりゅうゆみをよくいたし、甲府こうふ勤番きんばんにいたころ、むやみに御禁鳥おきんちょうころしたので、そのおとがめでお役御免やくごめんになったというようなはなしいております」
 アコちょうは、ったままで、またしばらくかんがえていたが、バラリとうでりほどくと、
藤右衛門とうえもんさん、この土地とちでは、あなたがなわあずかっていらっしゃるンだから、あなたをしおいて、われわれがどうこうするというわけにはかない。わたしには少々存しょうしょうぞんじよりもありますが、これはやはりあなたにおまかせもうしましょう」
 藤右衛門とうえもんは、って、
「いやア、そのご斟酌しんしゃくにはおよびません。以前いぜん江戸一えどいち捕物とりもの名人めいじん仙波せんばさんといえば、あっしらにとってはまるで神様かみさまのようなもの。そのかたがわざわざおでくださったというのに繩張なわばり管領かんりょうもあるもんじゃありません。どうか、ご存分ぞんぶんに」
「ご挨拶あいさついたります。そういうことならばおぼしめしにしたがいますが、ご承知しょうちとおり、役儀やくぎおもて調しらべるというわけにはかない。いわば、ひょろまつ代理だいり。そのへんのところもおふくみおきねがいます」
「じゅうぶん、承知しょうちしております」
「では、あなたのお番屋ばんや拝借はいしゃくすることにいたしますが、早速さっそくですが桜場清六さくらばせいろく黒木屋五造くろきやごぞうをおきあげくだすって、五造ごぞう背負せおっていた胡籙やなぐいと、桜場さくらば弓矢ゆみやもついでにおりよせねがいます」
「かしこまりました」
 ころあいをはからって、アコちょう、とどすけ、ひょろまつ三人さんにん番屋ばんやはいってくと、五造ごぞう桜場さくらばのふたりを中仕切なかじきりのあるいたへべつべつにひかえさせてある。
 桜場清六さくらばせいろくのほうは、あかがお大髻おおたぶさ眼尻めじりつるしあがって、いかにも険相けんそう面構つらがまえなのに、黒木屋五造くろきやごぞうは、色白いろじろのおっとりとした丸顔まるがおで、田舎いなか大店おおだな若旦那わかだんなにふさわしいようす。動顛どうてんしたていをなくし、しうつむいてブルブルとふるえている。
 顎十郎あごじゅうろうは、胡籙やなぐいちながら五造ごぞうまえにあぐらをかき、
「おい、五造ごぞうさん、胡籙やなぐいはいっていたお神矢かみやかず十二本じゅうにほん。それがって八本はっぽんになっているのはどういうわけなんだね」
 五造ごぞうは、はッ、とをすくませて、
「どういうわけでございますか、いっこうにぞんじません」
「そんないていたってしょうがない。おまえさんは鉄五郎てつごろうのたったひとりのおいで、近江屋おうみやあとえれば近江屋おうみや身代しんだいはいやでもおまえさんのものになる。……桜場清六さくらばせいろく近江屋一家おうみやいっか鏖殺みなごろしにしてやるなどとふれまわってるのにっかけ、夜眼よめのきくのをさいわいにお神矢かみや鉄五郎以下てつごろういか四人よにんころし、それを桜場さくらばりつけようなんていうのはひどいじゃないか」
 五造ごぞう血相けっそうかえて膝行にじりだし、
「と、と、んでもない。なんでわたくしがそのような大外だいはずれたことをいたしますものですか。かりに、わたしにそんなこころがありましたとしても、自分じぶん背負せおっている胡籙やなぐいなぞは使つかいはいたしません。これがりもなおさず、わたしの仕業しわざでないという証拠しょうこ。……さっしますところだれかわたしに人殺ひとごろしのつみりつけようため、暗闇くらやみにまぎれてわたくしの胡籙やなぐいからぬすみとったものとおもわれます」
 アコちょうは、あたまき、
「やア、これは一言いちごんもない。そうわれれば、それに相違そういない。これはちょっとわからなくなってきた」
 ひどく大真面目おおまじめかおくびをひねっていたが、きゅうこえひくめ、
「こういっちゃ失礼しつれいだが、あなたは田舎いなかのひとに似合にあわず、めずらしくハキハキとものをいいなさるようす。こういう事件じけんには、どうでもあなたのようなかたにあれこれと口添くちぞえをしてもらわなければなりません。……ねえ、五造ごぞうさん、今朝けさけんについて、あなた、なにか心当こころあたりはありませんか。なんでもかまわねえから、のついたことがあったら、ってみてください」
「……おたずねがなかったら、わたくしのほうからもうしあげようとおもっていたんですが、じつは、ちょっとみょうなことがございました」
「ほほう、それは、どんなことです」
「……わたくしが御物おものゆみち、近江屋一家おうみやいっか七八間しちはっけんあとからあるいてまいりましたが、どういうわけなのか、かずある水干すいかんのうち、近江屋おうみや四人よにんえりもとだけ、ボウッと、こう、薄明うすあかるくなっているんでございます。奇妙きみょうなこともあるもんだとおもっておりますうちに、とうとうこんなことになってしまって……」
「それは、いったい、なんでしょう」
「さあ、手前てまえなぞには、いっこう、どうも」
 アコちょうは、藤右衛門とうえもんのほうをいて、
いまきのようなわけですから、どうか、土蔵どぞうのようなまっくら場所ばしょ近江屋一家おうみやいっか四人よにん死体したいをおうつねがいましょうか」
 へえ、かしこまりましたで、藤右衛門とうえもんってく。
 したぴき桜場さくらば五造ごぞうたもとらせ、手燭しゅしょくさきててアコ長以下ちょういか三人さんにん土蔵どぞうなかはいってくと、土蔵どぞうのまんなかにむしろいて四人よにん死体したい俯伏うつぶせにならべてある。
「じゃア、どうか土扉つちどをしめていただきましょう」
 バタバタと土扉つちどがしまって土蔵どぞうなかはまっ暗闇くらやみ。そのとたん、不思議ふしぎや、四人よにん水干すいかんえりのあたりでおなじような薄青うすあお燐光りんこうがボッとひかる。
「いや、よくわかりました。どうか土扉つちどをおあけください」
 土蔵どぞうなかあかるくなると、アコちょうは、
「ねえ、藤右衛門とうえもんさん、今度こんど御神饌ごしんせん生烏賊なまいかがあがりましたろう」
「さようでございます。近江屋おうみや廻送かいそうで、わざわざ越後えちごから早駕籠はやかごりよせたということで」
四人よにんえりいでみると、いかにもなまぐさい。これは暗闇くらやみじるしにするために四人よにん水干すいかんえり烏賊いか腸汁わたじるったンです」
「へへえ、そういうわけでございましたか」
 アコちょうは、五造ごぞうにむかい、
五造ごぞうさん、あなたはこの四人よにんえりもとがひかるのを、たしかにごらんになったのですね」
「さようでございます、たしかにました」
 アコちょうは、それをながしてひょろまつに、
「これで、もうはなしはわかったようなものだ。ひょろまつかまわねえからふンじばっちまえ」
 合点承知がってんしょうち、とひょろまつちあがって、ムンズリとすわっている桜場さくらばのほうへめよってくと、アコちょうは、でおさえ、
「おいおい、見当違けんとうちがいしちゃいけねえ。下手人げしゅにんはそっちじゃねえ、この猫眼ねこめのほうだ」
 ひょろまつは、おどろいて、
「ご冗談じょうだん。……猫眼ねこめというのは夜眼よめのきくもの。なにもそんな手数てすうをかけて烏賊いか腸汁わたじるなんぞったくる必要ひつようはねえじゃありませんか」
 アコちょうは、それにはこたえず、いきなり五造ごぞうって、
「たいそううまくたくらんだが、きもしねえことをすこししゃべりすぎたようだ。暗闇くらやみなればこそ烏賊いかひかるが、あかるいところではえねえはず。おまえさんはねこ眼玉めだまでまっ暗闇くらやみでも黄昏たそがれほどのあかるさでものえるという。そういう烏賊汁いかじるひかるのがえるか。……てんくちありひとをもって、もふるたとえだが、よけいなことをしゃべったばかりに自分じぶんでボロをした。……五造ごぞう、どうだ、おそったか」
 ひょろまつは、野郎やろうッといながら、五造ごぞうびかかっておさえつけ、
「なるほど、こいつアたくらんだ。よくえるのをわざわざ烏賊汁いかじるなんぞりつけ、桜場さくらばになすりつけるために、逆手さかて逆手さかて自分じぶん胡籙やなぐいをつかうなんてのはつら似気にげない土性どしょうぽねふといやつだ」
畜生ちくしょうッ」
 と、おそろしい悪相あくそうになってめあげる五造ごぞうかおを、アコちょうはへへらわらいをしながらにらめかえし、
みょうつらをするな。こんどうまかわるときはもっとしたみじかくしてもらってい。桜場さくらばっかけて、たいそうなことをたくらんだが、どくだが桜場さくらば御渡御おとぎょまえ近江屋一家おうみやいっかのそばへもっちゃいないのだ。すったもんだとうなら、おめえのいでみようか。烏賊腸いかわたにおいでさぞ生臭なまぐさせえこったろう」