454・顎十郎捕物帳23「猫目の男(3)」


朗読「顎十郎23-3.mp3」12 MB、長さ: 約 12分 45秒

   暗闇祭くらやみまつり

 大急おおいそぎにいそいだが、がけにあぶらったもんだから府中ふちゅうへついたのは真夜中まよなかこく
 暗闇祭くらやみまつりのはじまるうしこくまであと一刻いっときしかない。
 ひょろまつは、さっそく近江屋鉄五郎おうみやてつごろうにあって、江戸えどから早乗はやのりできた挨拶あいさつをし、すぐまた二人ふたりのいるところへきかえしてると、
「ねえ、顎十郎あごじゅうろうさん、るとするなら、いったい、どんなふうにるつもりでしょう」
「そんなことはおれいたってわからねえ。けばお渡御とぎょのすむ一刻いっときほどのあいだは、全町ぜんちょうまっくらにしてしまうということだが、そんな暗闇くらやみなかってかかれるわけのものじゃないから、あばれだすとするならお渡御とぎょがすんでかがりがついてからか、ひとのかおえるようになった白々明しらじらあけにちがいない。……また、鏖殺みなごろしにするなどと口走くちばし以上いじょうどくでもつかうつもりかもれないから、たとえ御神酒ごしんしゅにしろ御神水ごしんすいにしろ、まつりのあいだはいっさいくちにしないようにかせておくがいい。……そろそろお渡御とぎょがすむころになったら、おめえは桜場さくらばはなさないようにしていろ、近江屋おうみや四人よにんのほうはおれととどすけさんとふたりで、間近まぢかいところで見張みはっているから」
 とどすけはうなずいて、
近江屋一家おうみやいっかのほうは拙者せっしゃひとりで結構けっこう下手へたりこんでなどたら、そばにせぬうちに拙者せっしゃがひとひねりにしてしまいます、安心あんしんしていまっせ」
 これで、だいたい、段取だんどりがきまったので、ひょろまつ近江屋おうみやのところへってちあわせをし、これでいいということになってお渡御とぎょはじまるのをつ。
 そもそも暗闇祭くらやみまつりというのは神霊しんれい降臨こうりんは、深夜しんや黎明れいめいはっする直前ちょくぜんにあるという古礼これいによるもので、有名ゆうめいなものでは、遠江見附とおとおみみつけちょう矢奈比売やなひめ天神てんじん闇祭やみまつりとこの武蔵府中むさしふちゅう六所明神ろくしょみょうじん真闇祭しんやみまつり
 このやしろ武蔵むさし大国魂神おおくにたまがみまつったもので、そのほかに、東西とうざい六座ろくざに、秩父ちちぶ杉山すぎやま氷川ひかわなどの武蔵国内むさしこくない諸神しょしん奉斎ほうさいする由緒ゆいしょのあるみや
 例祭れいさい五月五日ごがついつかで、前祭さきまつりとして五月二日ごがつふつかにお鏡磨かがみとぎさい同三日どうみっかには競馬くらべうまさい同四日どうよっか御綱おつなさいがある。
 やがて刻間近こくまぢかくなると、道清みちきよめといって、御食みけ幣帛みてぐらたてまつり、禰宜ねぎ腰鼓ようこ羯鼓かっこ笏拍手さくほうしをうち、浄衣じょうえかんなぎ二人ふたり榊葉さかきはって神楽かぐらそうし、太刀たち胡籙やなぐいった神人かんど四方しほうにむかってゆみつるらす。
 さあ、もうそろそろはじまるぞとおもっているうちに、動座どうざ警蹕けいひつ合図あいず全町ぜんちょう灯火とうかがひとつのこらずいっせいにバッタリとされる。
 日暮ひぐれまではいい天気てんきだったが、夕方ゆうがたからかぜくもがかかり、ほしひかりえないように薄曇うすぐもってしまったので、はなをつままれてもわからないようなぬばたまやみ本殿ほんでんから仮宮かりみやまでの十町じゅっちょうみちには、一間幅いっけんはばにずっと白砂しらすないてあるので、道筋みちすじだけはようやくわかるくらいなもの。
 いよいようし上刻じょうこくとなれば、露払つゆはらい、御弓箭おゆみや大幡おおはた御楯みたて神馬じんめ神主かんぬし先頭せんとう禰宜ねぎかんなぎ神人かんど。そのあとに八基はっき御神輿ごしんよ御饌みけ長持ながもち氏子総代うじこそうだい産子うぶこ三十人さんじゅうにん太古たいこのような陰闇いんあんたるやみなか粛々しゅくしゅくすすんでく。神々こうごうしくてもしまるような心持こころもち
 これが、ありうようなあしくんだから十町じゅっちょうほどのみちがたっぷり一刻いっときはかかる。お仮屋かりや御霊遷みたまうつしがおえたころには、はやなつけかかろう。
 三人さんにんはお仮屋かりやわきの幕屋まくやなかにひとかたまりになっていると、やみなかさぐりしながらそろそろとあるいてたものがある。しつけたようなしのごえで、
「そのへんに江戸えどからおいでなすったひょろまつ旦那だんながおいでではございませんか。おいでになりましたら、どうかお返事へんじねがいます」
「ひょろまつはここにおりますが、そういうあなたは、いったいどなたで?」
 こえをたよりにズッとさぐりよってて、ひどくいきをはずませながら、
「……あっしは、さきほど近江屋おうみやといっしょにおにかかった二引藤右衛門にびきとうえもんでございますが、じつは、お渡御とぎょみちすじにだれんでいるようなんで……」
「えッ」
「それも一人ひとり二人ふたりじゃありません。五間ごけんぐらいずつあいだをおいて、四人よにんまで俯伏うつぶせになってたおれているんでござんす。もしや近江屋おうみや一家いっかられたンじゃないかとおもいまして、ちょっとそれを、おみみれに……」
 ひょろまつは、頓狂とんきょうこえをあげて、
藤右衛門とうえもんさん、そ、それはたしかなんでしょうね」
「あっしがさわってたところでは、たしかにんでおります」
 顎十郎あごじゅうろうは、くちをはさんで、
「まっくらがりでご挨拶あいさつもなりません。あっしは、ひょろ松親分まつおやぶん下廻したまわりの阿古あこ長太郎ちょうたろうというものですが、あなたがおさわりになったというのは、いったい、いつごろのことなンでございますか」
「いつもなにもありゃアしません、ほんのついいましがたでございます」
「ひとがたおれているというのを、どうしておわかりになりました」
「あっしはあとかため殿しんがりのやくですから身内みうちのもの七人しちにんれつについて、いちばん最後さいごからきますと、本殿ほんでんて、五丁ごちょうばかりもったとおもうころ、浄杖きよめづえさきになにかさわるものがありますンで、なんだろうとおもってさぐりひろげてくと、ごたえのやわらかい、なにかひどくおおきなもの。御物嚢おものぶくろでもおとしてったのかとおもって、かがみこんででさわってますと、俯伏うつぶせにたおれている人間にんげん身体からだ。……これは、とおどろいて、すっとさぐってきますと、ぼんくぼにのぶかくっています」
「これは、どうも意外いがい
「そういうふうにして順々じゅんじゅん四人よにん。……どれもみな、ぼんのくぼのところに、おなじようにが……」
四人よにんとも、ぼんのくぼに?」
「へえ、そうなんでございます」
 顎十郎あごじゅうろうは、きゅうにひきしまったようなこえになって、
「そのみちすじに篝火かがりびとか松明たいまつとか、そんなものがありましたか」
滅相めっそうもない。古式厳格こしきげんかく暗闇祭くらやみまつり。なんでそんなものがございますものか。まっくらもまっくらしんやみでございます」
 顎十郎あごじゅうろうは、なにかしばらくかんがえていたが、唐突とうとつくちって、
「ねえ、ひょろまつ旦那だんな、それからとどすけさん、不思議ふしぎなことがあるもんだ、ゆみというものは相当そうとう距離きょりがなければてぬもの。それをですな、はなをつままれてもわからないようなまっくらなかで、一人ひとりならず四人よにんまで、ぼんのくぼを射抜いぬくなどということが出来できるものでしょうか」
 とどすけが、きとって、
「いやア、アコちょうさん、人間にんげんではとてもそんなことは出来できませんな。ころされた四人よにん近江屋一家おうみやいっかものだとしたら、いよいよもって奇怪きかい。なぜかとって、三人さんにんならびになって隙間すきまもなく目白押めじろおしをしてなかから、この暗闇くらやみなかで、必要ひつよう人間にんげんだけえらんでころすなんぞということは、まずもって絶対ぜったい不可能ふかのう
「いかにもおっしゃるとおりだ。御霊遷みたまうつしがすむまでつよりほかはないが、ころされたのが近江屋おうみや四人よにんならば、こりゃア、ちょっと物騒ぶっそうです」
 ひょろまつは、せきこんで、
「そんなことばかりってたってしょうがない。現実げんじつ四人よにんまでそんなふうにしてころされているんだから、いずれにしてもなにかの方法ほうほうったのに相違そういない。近江屋おうみや一家いっかかくれた悪業あくごうがあって、大国魂おおくにたまさまがばつをあたえるためにお神矢かみやはなったというわけでもありますまい。いったいどんなふうにしてったものでしょう」
 アコちょうは、いつものヘラヘラ調子ちょうしになって、
木曽きそあたりの猟人かりうどには、よるでもえる猫眼梟眼ねこめふくろめというのがあるそうだ。たぶん、そんなあいでもったかもれんな」
 いままでだまっていた藤右衛門とうえもんしぬけにひざをうって、
「おはなし最中さいちゅうですが、猫眼ねこめというなら、そういうのがこのまち一人ひとりいるんでございます」
 顎十郎あごじゅうろういきんで、
「えッ、それは、いったい、どういうおとこなんでございます」
近江屋おうみや分家ぶんけ黒木屋五造くろきやごぞうというごく温和おとなしいおとこなんですが、うまれつき夜眼よめえ、まっくらがりの土蔵どぞうなんかでも、龕灯がんどういらずにものもさがせばこまかい仕事しごともするという奇態きたいっているので、このまちじゃだれ本名ほんみょうばずに猫眼ねこめ猫眼ねこめといっております」
「ほほう、それで、その猫眼ねこめ御渡御おとぎょ行列ぎょうれつについているんですか」
「いまもうしたように近江屋おうみやおいですから御神事ごしんじはずれるということはありません。今年ことしは、六所ろくしょさまの御物おもの金銅弭黄黒斑漆きんどうやはずきくろまだらうるし梓弓あずさゆみっておともしているはずでございます」
猫眼ねこめ梓弓あずさゆみを……」
 と、ひとりごとのようにつぶやいてから、アコちょう言葉ことば調子ちょうしえて、
「つかぬことをおうかがいするようですが、近江屋おうみや分家ぶんけというのは、まだほかにもあるのですか」
「いいえ、分家ぶんけにも親類しんるいにも黒木屋くろきやだけなんでございます」
「ははア、なるほど」