453・顎十郎捕物帳23「猫目の男(2)」


朗読「顎十郎23-2.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 28秒

   銀簪ぎんかんざし

 ようやくこしをあげたのが、正午ひるすぎのツごろ。
 アコちょうもとどすけからぱらにむやみにんだもんだからへべれけのよろよろ。一歩いっぽたか一歩いっぽひくくというぐあいに、甲州街道こうしゅうかいどう代田橋だいたばしから松原まつばらのほうへヒョロリヒョロリとやってく。
 駕籠かごなかのひょろまつおお時化しけにあった伝馬船てんませんのよう。駕籠かごれるたびに、つんのめったりひっくりかえったり、いもでもあらうような七転八倒しってんばっとう
 座蒲団ざぶとんなんてえものもなく、荒削あらけずりの松板まついたぢかすわっているうえにあっちこっちにぶっつけるもんだからあたまじゅうこぶだらけ。
 ひょろまつは、なさけないこえで、
「もしもし、お二人ふたりさん。なんとかもすこしおいそぎくださるわけにはまいりますまいか。このぶんじゃ府中ふちゅうへつくとがあけてしまいます」
 アコちょうは、にべもなく、
「まア、あわてるな。どうせ一本道いっぽんみち。ブラブラやってくうちに、いずれは府中ふちゅうへつく。……それはそうと、ひょろまつ、いったい、どんなようむきで府中ふちゅうへなどすっんでくのだ。ひとつねむけざましにかせたらどうだ。おもしろいはなしならひさしぶりに、ひとくちのってやってもいい」
 ひょろまつは、えッ、とおどろいて、
「それは、ほんとうですか」
馬鹿ばかねんをおさなくともいい。なんとなくがはずんできたでな、そんなことでも、してみたくなった。まアはなしてみろ。どんなことなんだ」
 ひょろまつは、無闇むやみによろこんで、
「こりゃアどうも、ありがたいことになった。駕籠かごせられたうえに、たすけてまでくださろうというんじゃアあまりはなしがうますぎる。これでブツブツっちゃばちがあたります」
「やはり、御用ごようすじなのか」
「へえ、そうなんでございます。わっしは、さっきから相談そうだんちかけたくてムズムズしていたんですが、御用ごようはなしをするとあなたはいやかおをなさるから、それで我慢がまんしていたンです。……では、これからおはなしますが、もうすこし駕籠かごれないようになんとかなりませんものでしょうか。したみきりそうであぶなくてしょうがない」
「よしよし、この調子ちょうしではどうだな」
結構けっこうでございます。すみませんねえ。……じつはね、こういうわけなんでございます。府中ふちゅうびろく物産廻送ぶっさんかいそうをやっている近江屋おうみや鉄五郎てつごろうというのがあります。それにおげんというのとおさわというのととしごろになるむすめ二人ふたりいて、先年せんねん姉娘あねむすめのおげん婿むこをとることになり、やはり同業どうぎょう青梅屋おうめや三男坊さんなんぼう新七しんしちというのがきまった。どちらがわの親類しんるいにも異存いぞんがなく、七日なのかほどまえ結納ゆいのうをとりかわしたのですが、ところで、大国魂神社おおくにたまじんじゃ神主かんぬし猿渡平間さわたりひらまおいで、桜場清六さくらばせいろくという勤番きんばんくずれ。大酒呑おおざけのみのあばもので、府中ふちゅうじゅうのはなっつまみになっているやつなんですが、こいつが以前いぜんからおげん横恋慕よこれんぼをしていて、うぬぼれっのあるやつだからてっきり自分じぶん近江屋おうみや婿むこになれるもンだとひとり合点がてんできめていた」
「ちょっと、おめえにたようなところがあるな」
「まぜっかえしちゃいけません。……もっとも、桜場さくらばのほうでもそううぬぼれていいようなわけがある。というのは、ごぞんじでもありましょうが、府中ふちゅう暗闇祭くらやみまつりというのは、御神輿おみこし渡御とぎょするあいだ、府中ふちゅうまちじゅうひとつの灯火とうかもないようにまっくらにしてしまう。もったいないはなしですが、年々一度ねんねんいちどのこの大祭たいさいがみだらなむすめわかものあてなんで、おたがいにかおれずにすむところから真暗三宝まっくらさんぽうちちくりあうという風儀ふうぎわるいおまつりなんです。おげんもそのれいにもれずきあたりばったりにちょっと悪戯わるさをしたんですが、運悪うんわるくその相手あいて桜場清六さくらばせいろく。……こいつはいまったようにすれっからしの道楽者どうらくもので、そんなほうにはのないやつだから、さぐりでそっとおげんぎん平打ひらうちをきぬいておいたんです」
しからんやつだの」
「……つぎになってかんざしもん調しらべてると、府中小町ふちゅうこまちなんていわれるおげんのものだということがわかったから、桜場さくらばはすっかりえつってしまった。かねておげんにはぞっこんまいっていてぶみ三度さんどもしたことがあるンだから、てっきりふみ返事へんじっとりばやいところでやってくれたンだと早合点はやがてんして、自分じぶんじゃもうおげん婿むこになったつもりでおさまりかえっていた。……ちょうどそのころ、桜場さくらばはよんどころない用事ようじ江戸えどかけなければならないことになり、一年いちねんばかりしてから府中ふちゅうかえってみると、青梅屋おうめや三男坊さんなんぼう婿むこにきまって、もう結納ゆいのうまでとりかわしたというんだからおさまらない。……おれとおげん去年きょねん暗闇祭くらやみまつりにきっぱりとした関係わけになっているンだから、おげん婿むこはこの桜場清六さくらばせいろく強情ごうじょうでもかたりでもねえ、まぎれもないその証拠しょうこはこの銀簪ぎんかんざし、てなわけで青梅屋おうめやみせさきへおおあぐらをかいて啖呵たんかったンです。……青梅屋おうめやのほうじゃすくみあがっちまった。結納ゆいのう翌々日よくよくじつ、しかも相手あいてもあろうに乱暴無類らんぼうむるい桜場清六さくらばせいろくだというんだからあしない。すったもんだのすえ府中ふちゅう顔役かおやく二引藤右衛門にびきとうえもん、これになかはいってもらって三百両さんびゃくりょうというかねでおさまってもらうことにした。……桜場さくらばのほうは二引にびきあたまのあがらないわけがあって、そのはそれで承知しょうちしたんですが、おげんのことがわすれられないとみえ、小料理屋こりょうりやみまわってグデングデンになったすえ、いまに青梅屋おうめや鏖殺みなごろしにしておとこ一分いちぶててやる。暗闇祭くらやみまつり出来できあってちょうど一年いちねん、あんな青二才あおにさいかえられた鬱憤うっぷんばらし、その生命いのち瀬戸せとぎわとおもえ、なんてすごいことを口走くちばしる。これをいたのは一人ひとり二人ふたりじゃないんです。……ったまぎれのたわごととれないこともないが、殺気立さっきだったおとこのことだから、ひょっとすると本当ほんとうにやりかねないものでもない。……ところで、こまったことには近江屋おうみやのほうは、これが氏子総代うじこそうだいで、毎年まいとしれい一家いっかじゅうがお渡御とぎょ行列ぎょうれつにくわわるさだめになっていて、どうにものっぴきならない。たぶん、杞憂きゆうではあろうけれど、万一まんいちのためにどなたかひとりお差立さしたてねがい、一家いっか生命せいめい瀬戸せとぎわをおまもりくださるわけにはまいりますまいか、という鉄五郎てつごろうからの早文はやぶみで、それで、こうしてかけてくところなンでございます」
 アコちょうは、なるほど、とうなずいてから、とどすけに、
「ねえ、とどすけさん、おきになりましたか。ひところすのに名乗なのりをかけてからやるやつもないもんだが、しかし、そんな乱暴無類らんぼうむるいのあぶれものということなら、やけっぱらになってどんなことをしでかさないともかぎらない。これは、チト物騒ぶっそうですな」
 とどすけはうなずいて、
「そういうことであれば、マゴマゴしているわけにはかん。お渡御とぎょまでにきついて、あるまいまでも、なんとかふせぎをつけてやらねばなるまいて」
「じゃア、ひとつ、いそぎますかな」
合点がてんでござる。どうやらさけもさめたよう。天馬空てんばくうというぐあいにやりますか。……ひょろまつどの、いままではノラリクラリとやっていたが、これから大早乗おおはやのりきますからしたみきらないように用心ようじんしていまっせ。これからは、少々手荒しょうしょうてあらいかもれませんゾ」
 きゅう威勢いせいがよくなって、アコちょうととどすけ二人ふたり息杖いきづえりなおすとエッホ、エッホと息声いきごえをあわせながら韋駄天いだてんばしり、下高井戸しもたかいどから調布ちょうふ上田原うえだはらとむさんにんでく。