162・宮本武蔵「風の巻」「枯野見(7)(8)」


朗読「162風の巻4.mp3」10 MB、長さ: 約 10分 31秒

 民八たみはち絶叫ぜっきょうは、一同いちどうかおからうばってしまった。あしもとの大地だいちがふいに陥没かんぼつしてくようなおどろきを、
「な、なにっ?」
 異口同音いくどうおん口走くちばしって、
若先生わかせんせいが――武蔵むさしに?」
「ど、どこで」
「いつのまに」
「ほんとか、民八たみはち
 わずったことばがめいめいのくちから不統一ふとういつらされた。――しかし、ここへって身支度みじたくしてくといっていた清十郎せいじゅうろうが、ここへは姿すがたせもせずに、もう武蔵むさし勝敗しょうはいけっしてしまったという民八たみはちらせは、なんだか、まだ真実ほんとのようながしない。
 奉公人ほうこうにん民八たみはちは、
はやく、はやく」
 と、呂律ろれつのまわらないこえをつづけながら、そこでいきもやすまずに、元来もときみちのほうへむかって、また、のめるようにもどってく。
 半信半疑はんしんはんぎであったが、うそ間違まちがいともおもわれないのである。植田良平うえだりょうへい御池十郎左衛門みいけじゅうろうざえもんなどの四十余名よんじゅうよめいは、
「すわ……」
 と、民八たみはちあとにつづき、野火のびほのおえてゆくけもののようなはやさで、草埃くさぼこりげながら、街道かいどう並木なみきた。
 その丹波街道たんばかいどうきたむかって、五町ごちょうほどもはしってゆくと、また、並木なみき右手みぎてにわたって、びょうとしたまま、しずかに、春先はるさきしているひろ枯野かれのがある。
 もずが、なんのこともないようにいていたが、パッとそらった。――民八たみはちは、乱心らんしんしたようにくさなかんだ。そして、なにかの古塚ふるつかあとらしく饅頭まんじゅうかたつちられているあたりまでると、
若先生わかせんせいっ、若先生わかせんせいっ」
 もういちど、ありったけなこえをふりしぼって、大地だいちへしがみつくようにひざった。
「……やっ?」
「お、お」
若先生わかせんせいだ」
 あたった事実じじつのまえに、あとからけてあしがみな釘付くぎづけになった。ると、藍花染あいばなぞめ小袖こそでかわをかけ、しろぬので、ひたいから後鬢うしろびん汗止あせどめをきりっとめているさむらいが、くさなかかおうずめて、しているのである。
「――若先生わかせんせい
清十郎様せいじゅうろうさまっ」
「しっかりしてくださいっ」
「われわれです」
門下達もんかたちでござる」
 おこされたあたまくびすじのほねがくだけているように、ぶらんとおもかしいでしまう。
 しろ汗止あせどめの鉢巻はちまきには、一滴いってきもついていなかった。たもとにも、はかまにも――あたりのくさにもらしいものはこぼれていない。けれど、まゆくるしげにふさいだまま、清十郎せいじゅうろうくちびる野葡萄のぶどうのようないろをしていた。
「……いきは、いきは、あるのか」
「かすかに」
「おいっ、た、たれかはやく若先生わかせんせいのからだを」
になうのか」
「そうだ」
 ひとりがけて、清十郎せいじゅうろうみぎかたにかけてがろうとすると、
いたいっ……」
 清十郎せいじゅうろう苦悶くもんして、さけんだ。
戸板といた戸板といた
 と、いいながら、さん四名よんめいものが、並木なみきしてったとおもうと、やがて附近ふきん民家みんかから、雨戸あまど一枚外いちまいはずしてってた。
 清十郎せいじゅうろうからだは、戸板といたうえ仰向あおむけにかされた。呼吸いきをふきかえしてからというものは、苦痛くつうにたえかねてあばれまわるので、やむなく、門下もんかたちはおびいて、かれからだ戸板といたにしばりつけ、四隅よすみって、葬式そうしきのように暗然あんぜんとあるきした。
 戸板といたれるかとおもうほど、清十郎せいじゅうろうは、そのうえあしをばたばたさせながら、
武蔵むさしは……武蔵むさしはもうったか。……ウウム、いたい。みぎかたからうでだ。ほねが、くだけたものとみえる。……ウウムたまらぬ。門人衆もんじんしゅうみぎうでを、からおとしてくれ。――れっ、だれか、わしのうでれっ」
 そらをすえて、清十郎せいじゅうろうわめきつづけていた。

 あまり怪我人けがにんいたがるので、戸板といた四隅よすみってあるいてゆく門人もんじんたちは――ことにそれがとよぶひとであるだけに、おもわずむけてしまう。
御池殿みいけどの植田殿うえだどの
 よどみながら、そのものたちはうしろを振向ふりむいて、先輩せんぱいはかった。
「あのようにくるしがって、うでれとっしゃるんですから、いっそのこと、ってげたほうがおらくになるんじゃありませんか」
「ばかをいえ」
 良平りょうへいも、十郎左衛門じゅうろうざえもんも、一言ひとことのもとにしかりとばした。
「いくらいたんでもいたむだけなら生命いのち別条べつじょうはないが、うでって出血しゅっけつまらなかったら、そのままになってしまうかもわからない。とにかく、はや道場どうじょうへおれして、武蔵むさし木剣ぼっけんが、どの程度ていどちこんでいるものか、若先生わかせんせいたれたというみぎ肩骨かたぼねをよく調しらべたうえうでるなら、血止ちどめや手当てあて用意よういをよくととのえておいてからでなければれん。――そうだ、だれか、さきけてって、道場どうじょうのほうへ、医者いしゃんでおけ」
 三名さんめいが、その支度したくさきしてった。
 街道かいどうほうると、並木なみきまつ間々あいだあいだに、乳牛院にゅうぎゅういんはらほうからしたって群衆ぐんしゅうが、のようにならんで、こっちをながめている。
 それもまた、忌々いまいましいもののひとつだった。植田良平うえだりょうへいは、ただくらかおをして黙々もくもく戸板といたあといてゆく人々ひとびとへ、
各々おのおのさきって、あいつらをぱらってくれ。若先生わかせんせいのこのすがたを、弥次馬やじうまどもの見世物みせものさらしてあるけるか」
「よしっ」
 鬱憤うっぷんのやりをそこにつけたように、門下達もんかたちのおおかたの人数にんずうが、血相けっそうけてしたので、敏感びんかん群衆ぐんしゅうは、いなごるように、ほこりげてした。
民八たみはち
 と良平りょうへいはまた、主人あるじ戸板といたのそばにいてきながらあるいている奉公人ほうこうにん民八たみはちをつかまえて、
「ちょっと、こっちへい」
 と、かれへも鬱憤うっぷんけて、とがめるようにただした。
「な、なんですか」
 民八たみはちは、植田良平うえだりょうへいこわて、のあわないこえした。
貴様きさまは、四条しじょう道場どうじょうときから、若先生わかせんせいのおともをしてたのか」
「はい、さ、さようでございます」
若先生わかせんせいは、どこで身支度みじたくをなさったのだ」
「この、蓮台寺野れんだいじのへ、てからでございました」
我々われわれ乳牛院にゅうぎゅういんはらで、おちうけしていることを、若先生わかせんせいには、ごぞんじないはずはないのに、どうして、いきなりここへ真直まっすぐてしまったのか」
手前てまえには、なぜだか、一向いっこうにわかりません」
武蔵むさしは――さきへここへていたのか、若先生わかせんせいより、あとからたのか」
さきて、あそこの、つかまえっていました」
一人ひとりだな、さきも」
「へい、一人ひとりでした」
「どう試合しあったのだ? 貴様きさまは、ただていたのか」
若先生わかせんせいが、手前てまえむかって、万一まんいち武蔵むさしけたときは、わしのほねはおまえがひろってけ。乳牛院にゅうぎゅういんはらには、がたから門下もんかたちが出張でばってさわいでいるが、武蔵むさしとの試合しあいけっするまでは、あの者達ものたちへ、らせにってはならんぞ――兵法者へいほうしゃが、やぶれをとるのは、ときにとってぜひもないことだ。卑怯ひきょう振舞ふるまいしてつほどの不名誉者ふめいよものにはなりたくない。――だんじて、よこから手出てだしはならんぞ――と、こうっしゃって、武蔵むさしまえへすすんでかれました」
「ふ……ウム、そして」
武蔵むさしすこわらっているかおが、若先生わかせんせいせなして、わたしほうえました。なにかしずかに、二人ふたり挨拶あいさつわしているなとおもううちに、するどいこえひびきわたって、ハッとおもに、若先生わかせんせい木剣ぼっけんくうびあがったようにえますと、途端とたんにもう、このひろっているのは、かきいろの鉢巻はちまきに、びんをそそけてている武蔵むさし姿すがたがひとつしかえなかったのでございます――」