160・宮本武蔵「風の巻」「枯野見(3)(4)」


朗読「160風の巻2.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 44秒

 小指こゆび怪我けがをしてもすぐあおくなるくせに、おんなは、案外あんがい残忍ざんにんなことだのることに、おとことはちがった興味きょうみをそそられるものらしい。
 きょうの試合しあいは、とにかく、京洛中きょうらくじゅうみみをそばだたせている。それをようとしてている雑沓ざっとうのうちには、かなりおんな姿すがたがあった。数人すうにんで、をつないであるいておんなたちさえあった。
 けれど、そのおんななかに、おつうのすがたは、いくらさがしても見当みあたらなかった。
へんだなあ」
 城太郎じょうたろうのまわりを、くたびれるほどあるいた。
(もしかしたら、あのから――五条大橋ごじょうおおはしでわかれた元日がんじつから――病気びょうきでもしているんじゃないかしら?)
 そんな臆測おくそくえがいてみたり、なおきすすめて、
「おすぎばばは、あんなうまいことをいっていたけれど、おつうさんをだまくらかして、どうかしているのかもれないぞ? ……」
 かれは、そうかんがえると、不安ふあん不安ふあんでたまらなくなった。
 その心配しんぱい加減かげんは、きょうの試合しあい結果けっかがどうなるかというどころのではない。城太郎じょうたろうは、きょうの勝負しょうぶを、すこしも心配しんぱいにはしていなかった。
 めぐって、それをっている数千すうせん見物人けんぶつにんが、すべてといってよいほど、吉岡清十郎よしおかせいじゅうろうちをしんじているように、城太郎じょうたろうひとりは、
(お師匠ししょうさまがつ!)
 と、しんじてうたがわないのであった。
 大和やまと般若野はんにゃので、宝蔵院衆ほうぞういんしゅうのたくさんなやり相手あいてにまわしてたたかったとき武蔵むさしのたのもしい姿すがたを、かれは、ここでもあたまにえがいて、
けるものか、みんなかかっても――)
 と、乳牛院にゅうぎゅういんはらたむろしている吉岡方よしおかがた門人もんじんまで、てきかずれて、なおかつ、かた武蔵むさしうで信頼しんらいっていた。
 ――だから、そのほうにはなんの苦労ぐろうもしていないが、おつうていないことは、かれ落胆がっかりさせた程度ていどでなく、なにか、おつううえに、わることおこっているような胸騒むなさわぎをりたててくる。
 彼女かのじょが――
 五条大橋ごじょうおおはしからお杉隠居すぎいんきょしたがってわかれてゆくとき
ひまては、わたしも、烏丸様からすまるさまのおやかたきますからね。城太じょうたさんは、当分とうぶん、おやかたにおねがいして、あそこにとまっておいでなさいね)
 そういった。
 たしかに、そういった。
 だのに――あれから今朝けさ九日目ここのかめ――そのあいだの正月しょうがつさんにちにも、ななくさにも、ついにいちども、おつうたずねてなかったではないか。
(どうしたんだろう?)
 という城太郎じょうたろう不安ふあんは、もう三日前さんにちまえからしてているものであった。それも今朝けさ、ここへるまでは、いちのぞみをつないでいたのであったが――
「…………」
 ぽつねんと、城太郎じょうたろうは、はらなかをながめていた。焚火たきびのけむりをかこんでいる吉岡よしおか門人もんじんは、遠方えんぽうから数千人すうせんにん見物けんぶつにつつまれて、物々ものものしげにかたまってはいるが、まだ清十郎せいじゅうろうないせいか、なんとなく、気勢きせいあがっていない。
「おかしいなあ、高札こうさつには蓮台寺野れんだいじのとあったのに。試合しあいはここかしら?」
 だれもみな不審ふしんがらないでいるてんを、城太郎じょうたろうだけが、ふと不審ふしんかんしていた。すると、かれ左右さゆうをながれて人混ひとごみのあいだから、
「わっぱ。――こら、こら、それへまいわっぱ
 と、横柄おうへいだれぶ。
 ると、それは城太郎じょうたろうにもおぼえのある――つい八日前ようかまえ元日がんじつあさ――五条大橋ごじょうおおはしのたもとで、朱実あけみささやいていた武蔵むさしむかい、ひとをばかにしたような大笑おおわらいをててった佐々木小次郎ささきこじろうであった。

「なんだい、おじさん」
 一度いちどでもかおているだけに、城太郎じょうたろうは、馴々なれなれしくいう。
 小次郎こじろうは、かれのそばへってた。なにかものをいうまえに、さきあしもとからあたまへ、じろりとひとみげるのが、この若者わかもののくせであった。
「いつぞや、五条ごじょうったことがあるな」
「おじさんも、おぼえていたかい」
「おまえは、おんなひと一緒いっしょだったね」
「アアおつうさんと」
「おつうさんというのか、あのひとは――。武蔵むさしと、なにか縁故えんこのあるものか」
「あるんだろ」
従兄妹いとこか」
「ううん」
いもうとか」
「ううん」
「じゃあ、なんだ」
「すきなんだよ」
だれが」
「おつうさんが、おいらの、お師匠様ししょうさまを」
恋人こいびとか」
「……だろう?」
「すると、武蔵むさしはおまえの先生せんせいというわけか」
「うん」
 これは、明確めいかくに、ほこりをもって、うなずいた。
「ははあ、それで今日きょうも、ここへたのだな。――しかし、清十郎せいじゅうろうのほうも、武蔵むさしのほうも、まだ姿すがたえぬというて、見物けんぶつをもんでいるが、おまえはっているだろう、武蔵むさしはもう、旅宿やどからかけたろうな」
らないよ、おいらも、さがしているんだもの」
 うしろから三名さんめい、ばらばらとけて跫音あしおとがした。小次郎こじろうたかているはすぐそれへ振向ふりむいた。
「や、それにおられるのは、佐々木殿ささきどのではないか」
「オ、植田良平うえだりょうへい
「どうしたんです」
 良平りょうへいは、そばへて、つかまえるように、小次郎こじろうをにぎった。
年暮くれから、ふっと、道場どうじょうへおかえりがないので、若先生わかせんせいも、どうしたのかと口癖くちぐせもうしていました」
「ほかのにはかえらなくても、今日きょうさえ、ここへれば、それでよいのだろうが」
「ま、とにかく、あちらまでおしを」
 と、良平りょうへいほか門下もんかたちは、ていよくかれりかこんで、自分じぶんたちのたむろしているはらなかほどへ、引込ひきこむように、れてった。
 大刀だいとうっている小次郎こじろう派手はで身仕度みしたくを、とおくからつけると、見物けんぶつはすぐ、
武蔵むさし武蔵むさし
武蔵むさした」
 と、ささやきった。
「ホ、あれか」
「あれだ――宮本武蔵みやもとむさしは」
「ふうむ……たいそう伊達者だてしゃだな、だが、よわくはなさそうだ」
 のこされたかおつきの城太郎じょうたろうは、あたりの大人おとなたちが真顔まがおになってそれをけとっているので、
「ちがうよ、ちがうよ、武蔵様むさしさまはあんなひとだもんか、あんな歌舞伎かぶき若衆わかしゅみたいなかっこうをしているもんか」
 になってその誤謬ごびゅうただしていた。
 かれ訂正ていせいとどかないところにいる見物けんぶつたちも、やがて、様子ようすていると、どうもそれらしくないことにづいて、
「はてな?」
 と、くびをかしげはじめる。
 はらなかった小次郎こじろうは、そこにつと、吉岡門下よしおかもんか四十名よんじゅうめいばかりのものを、れい高慢こうまん態度たいどくだして、なにか演舌えんぜつしているらしいのである。
「…………」
 植田良平以下うえだりょうへいいか御池みいけ十郎左衛門じゅうろうざえもんだの太田黒兵助おおたぐろひょうすけだの、南保なんぽう余一兵衛よいちべえ小橋こばし蔵人くらんどなどとよぶ十剣じゅっけんひとたちは、その演舌えんぜつにくわないかおつきで、むっとだまりこくったまま小次郎こじろうのよくうごくくちもとこわをしてつめているのであった。