159・宮本武蔵「風の巻」「枯野見(1)(2)」


朗読「159風の巻1.mp3」9 MB、長さ: 約 9分 37秒

かぜまき

枯野見かれのみ

 丹波街道たんばかいどう長坂口ながさかぐちは、ゆびさして彼方かなたのぞむことができる。並木越なみきごしに、しろ電光いなずまかのようにるのは、その丹波境たんばざかい標高ひょうこうで、また、京都きょうと西北せいほく郊外こうがいかこっている山々やまやまひだをなしている残雪ざんせつだった。
けろ」
 とだれかいう。
 春先はるさきなのだ。まだ正月しょうがつ九日ここのかというである。衣笠きぬがさのふきおろしは、小禽ことりはだにはさむすぎた。チチチチチこえおさなきこえてみみさむい。人々ひとびとは、さやなかかたなからこしえて心地ここちがした。
「よくえるな」
ぶぞ、をつけぬと、野火のびになる」
あんたもうな。いくらひろがっても、京都中きょうとじゅうけッこない」
 一端いったんけたは、おとてて、四十人以上よんじゅうにんいじょうもいる人々ひとびとかおこがした。ほのおは、あさ太陽たいようへ、ばして、とどきそうにまでなった。
「あつい、あつい」
 と今度こんどつぶやく。
「もうよせ」
 くさげるものむかって、植田良平うえだりょうへいが、けむたいかおしてしかった。
 そんなことをしている半刻はんときっていた。
「もうやがて、こくぎじゃないかな」
 だれかいいして、
「さよう?」
 せずしてみなのまゆが、あおいでみる。
下刻げこく。――もはやその時刻じこくだが」
「どうしたろう、若先生わかせんせいは」
「もうる」
「そうさ、ころだ」
 なにか緊迫きんぱくしてくるものを各々めいめいかおたたした。自然しぜんとそれが人々ひとびと無口むくちにさせた。だれ一様いちように、そこから街端まちはずれの街道かいどうながめて、生唾なまつばめてちしびれている様子ようすえる。
「どうなされたのだろう?」
 こえをして、どこかでうしながいた。ここはもと禁裏きんりのお牛場うしばで、乳牛院にゅうぎゅういんあとともばれていた。いまでも、野放のばなしのうしがいるとみえ、たかくなると、くさふんのにおいがれてるのである。
「――もう武蔵むさしは、蓮台寺野れんだいじののほうへていやしないか」
てるかもしれん」
だれか、ちょっと、ないか。――蓮台寺野れんだいじのとこことは、五町ごちょうほどの距離きょりしかあるまい」
武蔵むさし様子ようすをか」
「そうだ」
「…………」
 すぐこうといってものもない。けむりかげにみないぶったいかおをして沈黙ちんもくした。
「――でも、若先生わかせんせいは、蓮台寺野れんだいじの出向でむかれるまえに、ここでお支度したくをしてくという手筈てはずになっているのだからな。もうすこし、ってみようじゃないか」
「それは、間違まちがいのない手筈てはずなのか」
植田殿うえだどのが、ゆうべ若先生わかせんせいから、しかといいわたされたことだ。よも間違まちがいはあるまい」
 植田良平うえだりょうへいは、そういう同門どうもんもののことばを裏書うらがきして、
「そのとおりだ。――武蔵むさしはもう約束やくそく場所ばしょへ、さきているかもれないが、てき焦立いらだたせようという清十郎先生せいじゅうろうせんせいのおかんがえで、わざと、遅刻ちこくしているのかもれない。門下もんかものが、下手へたうごいて、助太刀すけだちしたなどと評判ひょうばんされては、吉岡一門よしおかいちもんおおきな名折なおれだ。相手あいて多寡たかれた牢人ろうにん武蔵むさしひとり。しずかにしていよう。若先生わかせんせい颯爽さっそうとここへえられるまで、はやしのように、我々われわれは、静観せいかんしていることだ」

 そのあさ
 この乳牛院にゅうぎゅういんはらへ、るともなくあつまったものたちは、勿論もちろんかずからても、吉岡門下よしおかもんかのほんの一部いちぶ人々ひとびとぎなかったが、そのかおぶれのなかには、れい植田良平うえだりょうへいがいるし、京流きょうりゅう十剣じゅっけん自称じしょうしている高弟組こうていぐみ半分はんぶんえているから、まず四条道場しじょうどうじょう中堅ちゅうけんどころは、出張でばっているといってもさしつかえない。
 清十郎せいじゅうろうは、ゆうべ、
助太刀すけだちこと、かたく無用むよう
 と、これはだれへも同様どうようにいいわたしたことらしかった。
 また、門下もんかのすべてのものは、きょうの相手あいてである武蔵むさしというものを、けっして、
多寡たかれた相手あいて
 とは軽視けいししていなかったが、そうかといって、清十郎せいじゅうろうが、たやすくかれやぶれようなどとは、どうしてもかんがえられないのであった。
つにまっているが)
 というかんがえのうえに、まんいちにもという常識じょうしきせているのである。それにまた、五条大橋ごじょうおおはし高札こうさつかかげたりして、きょうの試合しあい公開こうかいした手前てまえ吉岡一門よしおかいちもん威容いようって、かたがた、清十郎せいじゅうろうを、このさいおおいにれがましく世間せけん喧伝けんでんさせたいという――門下もんかものとしては当然とうぜん力瘤ちからこぶれるになって、試合場所しあいばしょ蓮台寺野れんだいじのからそうとおくないこのはらにかたまり、やがてここへ立寄たちよるはずの吉岡清十郎よしおかせいじゅうろうちわびているのだった。
 ところで――
 その清十郎せいじゅうろうはどうしたのか、いっこう姿すがたえないのである。
 下刻げこくは、あしをても、もうせまっている。
「おかしいなあ?」
 ここでは、三十余名さんじゅうよめいものが、そうつぶやきだして、植田良平うえだりょうへいさと静観せいかん態度たいどもすこし気味きみになっていると、この乳牛院にゅうぎゅういんはら一群いちぐんて、きょうの試合しあい場所ばしょを、こことおもちがえた群衆ぐんしゅうがまた、
「どうしたのだ、試合しあいはいったい」
吉岡清十郎よしおかせいじゅうろうは、どこにている?」
「まだえんが」
武蔵むさしとやらは」
「それもまだていないらしい」
「あの侍衆さむらいしゅうは、なにか」
「あれは、どっちかの、助太刀すけだちだろう」
「なんのこった、助太刀すけだちだけがて、かんじんな、武蔵むさし清十郎せいじゅうろうないとは」
 ひとのいるところへ、ひとえてるのだった。
 あとからあとからと、弥次馬やじうまはここへたかってる。そして、
「まだか」
「まだか」
「どれが武蔵むさし?」
「どれが清十郎せいじゅうろうで」
 と、ざわごえてている。
 さすがに、吉岡門下よしおかもんかひとかたまりがえる附近ふきんへはってないが、乳牛院にゅうぎゅういんはら彼方此方あなたこなたには、かやのあいだやえだにまで、ひとあたまが、無数むすうえた。
 ――そのなかを、城太郎じょうたろうあるいていた。
 れいからだよりおおきな木剣ぼっけんよこたえて、あしよりもおおきな藁草履わらぞうりいて、かわいたつちのうえをボクボクとほこりててあるきながら、
「いないな、いないな」
 と、ひとかおをキョロキョロ物色ぶっしょくしながら、このひろはらのまわりをめぐってあるいてゆく。
「――どうしたんだろ? おつうさんは、きょうのことを、らないはずはないのになあ。……あれから烏丸様からすまるさまのおやかたへも、いちどもないし」
 かれのさがしているのは、武蔵むさしよりもず、その武蔵むさし勝敗しょうはいあんじて、きっと、今日きょうここへていなければならないはずの、おつう姿すがたであった。