19・宮本武蔵「地の巻」「孫子(6)(7)」


朗読「地の巻19.mp3」26 MB、長さ: 約11分10秒

 としからいえば、とおちがうのだ、三十さんじゅうだいの沢庵たくあんと、四十しじゅうているひげとは。――しかし、人間にんげんは、としにはよらないものである。しつでありまたしつみがきによる。平常へいぜい修養鍛錬しゅうようたんれんがものをいうことになると、王者おうじゃ貧者ひんじゃとでも、このちがいはどうにもならない。
「いや、もうさけは……」
 最初さいしょのえらい権幕けんまく何処どこへやら、どじょうひげは、ねこのように、態度たいどをあらためて、
「――左様さようでござったか、それがしの主人勝入斎輝政様しゅじんしょうにゅうさいてるまささまと、ご入懇じっこんであろうとは、いや、ぞんじもらず、失礼しつれいのだんは幾重いくえにもひとつ御用捨ごようしゃのほどを」
 おかしいくらい恐縮きょうしゅくする。
 だが沢庵たくあんは、えて、たかいところへおさまりかえりはしなかった。
「まアまア、そんなことは、どうでもよろしいとしよう。ようは、武蔵たけぞうをいかにして召捕めしとるか。つまるところ、尊公そんこう使命しめいも、武士さむらいたる面目めんぼくも、そこにかかっておるのじゃないか」
左様さようで……」
其許そこもとは、武蔵たけぞうとらわれが、おくれればおくれるほど、安閑あんかんと、てらとまって、据膳すえぜんさげぜんで、おつうさんをまわしていられるからかまうまいが……」
「いや、そのはもう……何分なにぶんとも、主人輝政しゅじんてるまさへも」
内分ないぶんにでござろう、心得こころえておるよ。――しかし、山狩山狩やまがりやまがりと、ごえばかりで、こうびになっていては、農家のうか困窮こんきゅうもとより、人心じんしん恟々きょうきょう良民りょうみんやすんじてぎょういそしむことはでけん」
「されば、それがしも、こころうちでは、日夜焦慮にちやしょうりょいたしていないこともないので」
「――さくがないだけじゃろ。つまり豎子じゅし兵法へいほうらんのじゃ」
面目めんぼくない次第しだいで」
「まったく、面目めんぼくないことだ。無能むのう徒食としょく奸吏かんりと、わしにいわれてもしかたがない。……だが、そうへこましただけではどくだから武蔵たけぞうはわしが三日みっかあいだつかまえてやるよ」
「えっ? ……」
「うそとおもうのか」
「しかし……」
「しかし、なんだい」
姫路ひめじから数十名すうじゅうめい加勢かせいまでむかえ、百姓足軽ひゃくしょうあしがるくわえれば、総勢二百人そうぜいにひゃくにんからのものが、毎日まいにちああやって山入やまいりをしておるので」
「ご苦労様くろうさまな」
「また、ちょうどいまは、はるなのでやまにはいくらも食物たべものがあるため、武蔵たけぞうめには都合つごうがよく、吾々われわれには、まずい時期じきでもある」
「じゃあ、ゆきるまで、ってはどうだ」
左様さようなわけにも」
「――まいるまいナ。だからわしがからってやろうというのだ。人数にんずうらん、一人ひとりでもよいが、そうさな、おつうさんを加勢かせいたのもうか、二人ふたり十分じゅうぶんにことはりる」
「また、おたわむれを」
馬鹿ばかいわッしゃい。宗彭しゅうほう沢庵たくあん、いつでも冗談じょうだんらしているとおもうか」
「はっ」
豎子じゅし兵法へいほうらずといったのはそこだ。わしは坊主ぼうずだが、孫呉そんご神髄しんずいなんだかぐらいは、じっておる。ただし、わしがけるには条件じょうけんがある、それを承知しょうちせねば、わしは、ゆきるまで、見物側けんぶつがわまわっているかんがえだが」
条件じょうけんとは」
武蔵たけぞうからったうえ処分しょぶんは、この沢庵たくあんにまかすことだ」
「さあ、そのは?」
 と、どじょうひげは、そのどじょうひげをつまんでかんがえこんだが、この得態えたいれない青坊主あおぼうずあるいは、大言壮語たいげんそうごだけで自分じぶんけむいているはらかもれない。ぎゃくたらあわてて尻尾しっぽやつだろう。そうかんがえたのでかれ断乎だんことしてこたえた。
「よろしい。貴僧きそうつかまえたら武蔵たけぞう処置しょちは、貴僧きそう一任いちにんするといたそう。――そのかわ万一まんいち三日みっかのあいだに、なわにしておしなさらぬときは?」
にわで、こうする」
 沢庵たくあんは、くびくく手真似てまねをして、したしてせた。

でもちごうたのか、あの沢庵坊主たくわんぼうず今朝聞けさきけば、んでもないことをけたちゅうぞ」
 寺男てらおとこは、心配しんぱいのあまり、庫裡くりてわめいていた。
 人々ひとびとも、
「ほんまけ?」
 をまろくして――
「どうするじゃろ」
 住持じゅうじも、やがてって、
くちわざわいのかどとはこのことよ」
 などと、かしこそうに、嘆息たんそくした。
 けれどだれより真実しんじつ心配しんぱいしたのはおつうであった。信頼しんらいしきっていた許婚いいなずけ又八またはちから、ふいにけた一片いっぺんじょうは、又八またはち戦場せんじょうんだとくよりおおきなこころ傷手いたでであった。あの本位田家ほんいでんけ婆様ばばさまにせよ、やがて、良人おっととするひとははおもえばこそ、しのんでつかえているひとである。だれたのみに、このさききてゆこう。
 沢庵たくあんは、その悲嘆ひたんやみにある彼女かのじょにとって、ただひとつの光明あかりであった。
 機舎はたやで、ひとりでいていたあのときは、去年きょねんから又八またはちのためにと丹精たんせいしてりかけていたぬのを、ズタズタにいて、そのやいばんでしまおうかとまで、おもいつめていたのである。それをかんがなおして方丈ほうじょうしゃくをしにったのも、沢庵たくあんなだめられ、沢庵たくあんかれた人間にんげんあたたおもされたからであった。
 ――その沢庵たくあんさんが。
 おつう自分じぶんよりも、いま沢庵たくあんを、つまらない約束やくそくのためにうしなってしまうことがかなしくもあり破滅はめつ心地ここちがした。
 彼女かのじょ常識じょうしきをもってかんがえても、この二十日余はつかあまりあんなに山狩やまがりしているのにつかまらない武蔵たけぞうが、沢庵たくあん自分じぶんとの二人ふたりきりで、三日みっかのあいだに縄目なわめにかけてしまえるなどとは、どうしてもかんがえられなかった。
 こっちの条件じょうけんと、さきのいいぶんとは、弓矢八幡ゆみやはちまん照覧しょうらんと、かたくちかって、どじょうひげとわかれて沢庵たくあん本堂ほんどうもどってると、彼女かのじょ沢庵たくあんむかって、その無謀むぼうめてまなかった。しかし沢庵たくあんはやさしくおつうかたをたたいて――なに心配しんぱいすることはない、むら迷惑めいわくはらい、因幡いなば但馬たじま播磨はりま備前びぜん四州よんしゅうにわたる街道かいどう不安ふあんをのぞき、そのうえ幾多いくた人命じんめいすくうことになれば、自分じぶん一命いちめいのごときは鴻毛こうもうよりもかるい、まあ明日あした夕方ゆうがたまでは、おつうさんもっくりからだをやすめて、だまってそれからさきはわしにいておいで――という。
 ではない――
 もう夕方ゆうがたせまっているのだ。
 沢庵たくあんはとれば、本堂ほんどうすみで、ねこといっしょに昼寝ひるねをしている。
 住持じゅうじをはじめ、寺男てらおとこも、納所なっしょものも、彼女かのじょ空虚うつろかおると、
「およしよ、おつうさん」
「かくれておしまい」
 沢庵たくあんとの同行どうこう極力避きょくりょくさけるようにすすめたが、さりとておつうは、そんなにもなれなかった。
 もう、西陽にしびが、しずみかける。
 中国山脈ちゅうごくさんみゃくしわそこのような英田あいだがわ宮本村みやもとむらは、夕方ゆうがたかげになりかけた。
 ねこが、本堂ほんどうからりた。――沢庵たくあんをさましたのである。廻廊かいろうて、おおきなびをしている。
「おつうさん、そろそろかけるが支度したくをしてくれんか」
草鞋わらじと、つえと、脚絆きゃはんと、それからくすりだの桐油紙とうゆがみだの、山支度やまじたくはすっかりしておきました」
「ほかに、ってきたいものがあるんじゃ」
やりですか。かたなですか」
「なんの。……ご馳走ちそうだよ」
「お弁当べんとう?」
なべこめしお味噌みそ。……さけもすこしありたいな、なんでもよい、くりやにあるもの一括ひとからげにしてってておくれ。つえして、二人ふたりかついでこう」