16・宮本武蔵「地の巻」「茨(5)孫子(1)」


朗読「地の巻16.mp3」20 MB、長さ: 約8分51秒

なにか――なんとはなくである――武蔵たけぞう六感ろっかんはおののいた。
ふと、隙間すきまからそとをのぞいた途端とたんにである。かれは、総身そうみ毛穴けあなをよだてて、
「あっ、だまされたっ」
と、さけんだ。
裸体はだかだ、風呂場ふろばせまなかだ、どうする分別ふんべつも、いとまもない。
がついたのがすでにおそいのだ、ぼうやり十手じって、そんな武器ぶきった人影ひとかげが、板戸いたどのそとには、充満じゅうまんしている、実際じっさい十四じゅうよん五名ごめいぎなかったろうが、かれには、何倍なんばいにもうつった。
げるさくがない。にまとう一枚いちまい肌着はだぎすらここにはないのだ。だが武蔵たけぞうは、こわかんじをたなかった、おすぎたいするいきどおりがむしろかれ野性やせいって、
「うぬっ、どうするかておれっ」
守勢しゅせいかんがえない。こんな場合ばあいにも、かれは、てきおもものへ、こっちからてゆくこころにしかなれないのだ。
捕手とりてたちが、たがいに、みこむのをゆずっているあいだに、武蔵たけぞうなかからとばして、
「なんだッ!」
わめいて、おどした。
素裸すっぱだかなのだ、がみけて、ざんばらになっている。
武蔵たけぞうらし、むないたへはしっててきやりへしがみついた、相手あいてりとばし、それを自分じぶんものとしてにぎなおすと、
「こいつらっ」
無茶むちゃである、縦横たてよこやりりまわして、なぐるのだ。しかし大勢おおぜいたいしては、これは効果こうかがある、穂先ほさき使つかわずに使つか槍術やりじゅつは、そもそもせきはら実戦じっせんかれおしえられたものである。
ぬかった! なぜさき物狂ものぐるいで、さん四人風呂場よにんふろばなかへこっちからまなかったかと、後手ごているように、捕手とりて武士さむらいたちは、叱咤しったわしあった。
十度とたびほど、大地だいちなぐると、やりれてしまった。武蔵たけぞうは、納屋なやひさししたにあった漬物つけものだるいしをさしあげて、りかこむれへほうりつけた。
「それっ、母屋おもやへ、びこんでったぞっ」
そとから、人々ひとびとがこうわめくと、一室いっしつからは、おすぎだの分家ぶんけよめだのが、はだしのまま裏庭うらにわへころげりた。
いえなかを、雷鳴かみなりがあるいているように、なにか、すさまじい物音ものおとをさせながら、武蔵たけぞうは、あるいていた。
おれ着物きものは、どこへやった、おれ着物きものせっ」
そこらには野良着のらぎぎすててあるし、をかければ衣裳箪笥いしょうだんすもあるが、もくれない。
血眼ちまなこで、自分じぶんのつづれた着物きものを、やっとくりやすみつけすと、それをかかえたまま、土泥竈どべっついかたあしをかけて、引窓ひきまどから屋根やねした。
せきった濁流だくりゅう自失じしつこえげるようにしたではさわいでいる。武蔵たけぞうは、大屋根おおやねのまんなかて、悠々ゆうゆうと、着物きものていた、そしておびはしき、がみをうしろにたばねて、根元ねもと自分じぶんでかたくむすんだ。まゆも、じりも、れるほどに。
大空おおぞら一面いちめんはるほしであった。

孫子そんし

「おおうーいっ」
此方こなたやまぶと、むこうのやまでも、
「オウーイ」
と、とおこえてくる。
毎日まいにち山狩やまがりだ。
飼蚕かいこきたても、畑打はたうちもにつかないのである。

当村とうそん新免無二斎しんめんむにさい遺子いし武蔵たけぞうこと予而かねて追捕ついぶ沙汰中さたちゅうところ在所ざいしょ山道さんどう出没しゅつぼつし、殺戮さつりく悪業あくぎょういたらざるなきをもって、見当みあた次第成敗仕しだいせいばいつかまつ可者也べきものなり依而よって武蔵調伏たけぞうちょうぶくこうあるものには、左之通ひだりのとおり、御賞おんしょう下被くださる
いち とらえたるもの        ぎん 十貫じゅっかん
いち 首打くびうったるもの        十枚じゅうまい
いち かく場所告ばしょつげたるもの     二枚にまい
以上いじょう
慶長六年けいちょうろくねん   池田いけだ勝入斎しょうにゅうさい輝政てるまさ  家中かちゅう

こういう物々ものものしい高札たかふだが、庄屋しょうや門前もんぜんや、むらつじに、いかめしくった、本位田家ほんいでんけのまわりは、武蔵たけぞう復讐ふくしゅうるだろうといううわさで、おすぎばばも家族かぞくも、戦々兢々せんせんきょうきょうとしてもんじ、出入でいくちにも鹿垣しかがきつくった。姫路ひめじ池田家いけだけから応援おうえん人勢にんずは、そこにもおびただしくいて、万一武蔵まんいちたけぞうてきた場合ばあいには、法螺貝ほらがいてらかねや、あらゆる音響おんきょうたがいに連絡れんらくをとり、ふくろづつみにしてしまおうと作戦さくせんおこたりない。
だが、なんかいもなかった。
――今朝けさもだ。
「わあ、また、ぶちころされている」
だれじゃ、こんどは」
「お武士さむらいじゃがな」
村端むらはずれのみちばたのくさむらへ、くびっこんで、二本にほんあしへん恰好かっこうげてんでいる死骸しがい発見はっけんして、恐怖きょうふ好奇心こうきしんにかられたかおが、いてさわいでいた。
死骸しがいは、頭蓋骨ずがいこつをくだかれていた、それも附近ふきんっていた高札たかふだったものとみえ、あけになった高札たかふだが、死骸しがいとぶっちがえに、死人しにんわせてててある。
褒美ほうび文句もんくが、高札たかふだおもてているので、それをもなくむと、残酷ざんこくかんじはされて、まわりのものは、なんだかおかしくなってた。
わらうやつがあるか」
と、だれかいった。
七宝寺しっぽうじのおつうは、むら人々ひとびとあいだから、しろかおっこめた、くちびるまでしろっぽくかわっていた。
なければよかった――)
いながら、まだにちらつく死人しにんかおわすれようとして、小走こばしりにてらしたまでけてきた。
あわただしく、うえからりてたのは、てら陣屋じんやみたいにして、先頃さきごろからとまりこんでいる大将たいしょうだった。六名ろくめい部下ぶか一緒いっしょに、らせをうけてけつけるところらしかった、おつう姿すがたかけると、
「おつうか。何処どこまいったな」
などと、暢気のんきなことをたずねた。
つうは、この大将たいしょう泥鰌どじょうひげが、いつぞやのばんのいやらしいことがあって以来いらいるのも虫酸むしずはしってならなかった。
ものに」
それもてるようにいって、見向みむきもせず、本堂前ほんどうまえたか石段いしだんがってった。