152・宮本武蔵「火の巻」「針(5)(6)(7)」


朗読「152火の巻64.mp3」21 MB、長さ: 約 15分 10秒

 ひとみがなにかでかれたようにあつかった。ちりでもはいったようにいたむのである。
 武蔵むさしは、まぶたうえおさえていたはなしてみた。にはしおもついていない。――しかし、ひだりは、ひらくことも出来できなかった。
 おすぎは、相手あいて身体からだにそうしたみだれをつけると、ひどくほこって、
南無なむ、かんぜおん菩薩ぼさつ
 と、かさず、ふた太刀たち三太刀斬みたちきりつけてった。
 いささかあわ気味ぎみに、武蔵むさしけてななめにった。そのとき、おすぎ太刀たちかれ袖裏そでうらとおして、うでひじあたりをさっとかすめた。ほころびたたもとしろ裏地うらじしおがあかにじんでえた。
ったッ」
 狂喜きょうきしながら、ばば小太刀こだちをやたらにふるった。えている大木たいぼくみきでもっているようなつもりで、相手あいて活動かつどうしないでいることは考慮こうりょれないのである。一念いちねんにただ清水寺きよみずでら観世音菩薩かんぜおんぼさつおろして、
南無なむ南無なむ
 と、うるさくとなえながら、武蔵むさし前後ぜんごまわるのであった。
 武蔵むさしは、それにおうじて、ただからだうつしているだけだった。しかし、片方かたほうは、つぶしをったようにはげしくいたむし、ひだりひじは、かすりきずではあるが、そこからしたたちるしおにたもとまるほどだった。
不覚ふかく!)
 とのついたときが、もうその不覚ふかくけていたときだったのである。かれとして、こういう先手せんてさきられて、手傷てきずまでったためしいままでになかったことだろう。――けれど、これは勝負しょうぶというものではない、なぜならば、武蔵むさしには全然ぜんぜんこの老婆ろうばたいして闘志とうしがないからである。最初さいしょから、つこともけることもかんがえていなかったにちがいない。いたってからだ敏捷びんしょうでないこの老婆ろうば刃向はむかいなどは、かれ意識いしきにもはいらないのが当然とうぜんでもあった。
 しかし、それがそもそも不覚ふかくというものではあるまいか。兵法へいほう大乗的だいじょうてき見地けんちかられば、これはあきらかに武蔵むさしやぶれであり、武蔵むさし未熟みじゅくさを、見事みごとにお杉婆すぎばば信仰心しんこうしんさきが、暴露ばくろしてせたものといってしつかえなかろう。
 自身じしん、その不用意ふよういを、武蔵むさしも、はっとづいて、
あやまった!)
 同時どうじかれ全力ぜんりょくして、なおもってるおすぎかたを、とんとひとつ、平手ひらていた。
「あっ」
 いになったおすぎはなれて、かたなとおんでいた。
 武蔵むさしは、それをひろってひだりち、みぎで、きかけているばばからだよこざまにきあげた。
「ええ、口惜くやしい」
 かめのように、おすぎは、武蔵むさしわきしたおよぎながらさけんだ。
かみもないか、ほとけもないか。みすみすかたき一太刀ひとたちつけながら……。ええ、どうしよう、武蔵むさし、このうえは、はじかせずに、くびて、さあ、ばばくびて」
 武蔵むさしは、くちむすんだきり、ただ黙々もくもく大股おおまたあるした。
 しぼすようなごえで、そのあいだ、お杉婆すぎばばはいいつづけている。
「こうなることも、武運ぶうんじゃ、天命てんめいじゃ、かみのおむねおもえば、なんの未練みれんがあろうぞ。――権叔父ごんおじたびに、ばばかえちになったとけば、あの又八またはちも、ふるって、きっと、かたきとうというになるだろう。ばばは、けっして犬死いぬじにはならぬ。かえって、あののためにはよいくすりじゃ。武蔵むさしっ、はようばばいのちれ。……どこへくのじゃ? ……恥掻はじかかすか、はようくびてっ」

 武蔵むさしみみもかさなかった。
 ばばのからだをよこかかえて、五条大橋ごじょうおおはしのそばまでると、
(どこへいたものか)
 と、おすぎ処置しょちかんがえるように、あたりをながまわしていたが、
「そうだ……」
 河原かわらりて、そこの橋杭はしぐいつないであった河舟かわぶねそこへ、おすぎのからだをそっとおろし、
「おばば、ここで辛抱しんぼうしておるがよい。――やがてそのうちに、又八またはちがやってるだろうから」
「な、なにするのじゃ」
 隠居いんきょは、武蔵むさしや、あたりのとま退けて、
又八またはちなど、ここへるはずはない。オオ、さっするところ、われはこのばばを、ただかえちにしただけでははらがいえず、五条ごじょう人通ひとどおりへさらものにし、わしへ恥掻はじかかせてからころじゃの」
「まあ、なんとでも、おもうているがよい。そのうちにわかる」
てっ」
「ははははは」
なにがおかしいぞよ。このばば細首一ほそくびひとつ、ばさりとおとすことが出来できぬのか」
出来できない」
「なんじゃと」
 ばばは、武蔵むさしみついた。やむを手段しゅだんとして、武蔵むさしが、ばばからだ船桁ふなげたしばりつけようとするからだった。
 武蔵むさし自分じぶんうでを、存分ぞんぶんばばくちませておきながら、ゆるゆるとばばからだしばってしまった。
 抜刀ぬきみのままげて脇差わきざしは、さやへおさめて、ばばこしもとのようにもどしてあたえ、そしてろうとすると、
「――武蔵むさしッ、武蔵むさしッ、れは武士ぶしみちらぬのかッ、らずば、おしえてやろう。まいちど、ここへってうッ」
「――あとで」
 一顧いっこしたまま武蔵むさしは、どてあしをかけたが、まだうしろで、おすぎ呶号どごうしてまないので、もどってって、ばばうえ何枚なんまいとまをかぶせた。
 ちょうどそのとき東山ひがしやまかたに、おおきな太陽たいようほのおはしせていた。ことしの第一日だいいちにち日輪にちりんだった。
「…………」
 五条大橋ごじょうおおはしまえって、武蔵むさし恍惚こうこつとれていた。あかあかと、はらそこまでひかりしこむようにおもえた。
 一年いちねんのうちの小我こがせまかんがえのなか愚痴ぐちむしは、この雄大ゆうだいひかりまえに、かげをひそめてただ清々すがすがしい。きているというよろこびだけでも武蔵むさしむねがいっぱいになった。
「しかも、おれはわかい!」
 れのもちちからは、かかとにまで充溢じゅういつしていた。かれは、かかとをめぐらして、
「まだていないようだな……又八またはちは」
 と、はしうえまわした。そしてふと、
「あ? ……」
 と、つぶやいたが、そこに自分じぶんよりさきっていたものは、又八またはちでもほか人間にんげんでもなかった。
 植田良平以下うえだりょうへいいか吉岡門下よしおかもんかが、きのうここにててったれい高札こうさつである。
 ――場所ばしょ蓮台寺野れんだいじの
 ――九日ここのか下刻げこく
「…………」
 武蔵むさしかおせて、生々なまなましいその新板あらいたすみのにじみを凝視ぎょうしした。文字もじんでいるだけで、かれのからだは針鼠はりねずみのように闘志とうしふくらんでまるくなった。
「……あいた、ああいたい」
 武蔵むさしは、またしても、ひだり激痛げきつうえかねて、おもわずまぶたてたが、ふと俯向うつむけたあごしたに、一本いっぽんはり見出みいだしてぎょっとした。よくると、はりは、着物きものえりたもとに、しもばしらのようにさっていて、きらきらとひかるのが、四本よんほん五本ごほんもすぐにとまった。

「あ……これだ」
 その一本いっぽんはりいて、武蔵むさしはつぶさにあらためてみた。はり寸法すんぽうは、ふつうの縫針ぬいばりかわらないし、ふとさも同様どうようものであるが、このはりには、いとをとおす針穴はりあながない。そしてまた、はりにもまるみがなくて、三角さんかくであった。
「おばば

 武蔵むさしは、河原かわらをのぞいて、こう慄然りつぜんとつぶやいた。
「これは、はなしいたことのある吹針ふきはりというものではないか。あのおばばに、こんなかくわざがあろうとはゆめにもおもわなかったが。……ああ、あやういことだった」
 かれは、好奇心こうきしんとつよい知識慾ちしきよくえて、そのはりひとひとおさめ、あらためて、自分じぶんえりなかへ、けないようにんだ。
 他日たじつ研究けんきゅう資料しりょうとするつもりなのであろう。かれのまだせま体験たいけん範囲はんいいているところによると、一般いっぱん兵法者へいほうしゃのあいだでも、吹針ふきばりという技術ぎじゅつがあるというせつと、ないと主張しゅちょうするせつとがわかれていた。
 あるというせつをとるものべんによると、それは非常ひじょうふる伝統でんとうっている一種いっしゅ護身術ごしんじゅつで、漢土かんどから帰化きかした織部おりべ機女はため縫工女ぬいめたちが、たわむれにしていた技法ぎほうすすんで、武術ぶじゅつにまで利用りようされるようになり、独立どくりつした武器ぶきとはならないが、攻撃法こうげきほうまえ奇手きしゅとして、足利あしかが時代じだいにまで、吹針ふきばりというものは、たしかにもちいられたものだと、勿体もったいをつけていう。
 ない――と反対はんたいするものは、
(ばかなことをいってはこまる。武芸者ぶげいしゃが、そんな児戯じぎるいしたもののあるなしをろんじるだけでもはずかしい)
 と、兵法へいほう正道論せいどうろんって、
漢土かんどから織女おりめ縫工女ぬいめが、そんなことを遊戯ゆうぎにやったかどうかはらんが、遊戯ゆうぎはどこまでも遊戯ゆうぎで、武術ぶじゅつではない。第一だいいち人間にんげん口中こうちゅうには、唾液だえきというものがあって、あつい、つめたい、い、からい、というような刺激しげきほどよく飽和ほうわするが、はりさきを、いたくないようにふくんでいることはできまい)
 すると、一方いっぽうは、
(ところが、それができるのだ。もちろん、修練しゅうれんこうだが、何本なんほん唾液だえきにつつんでくちにふくみ、それを、微妙びみょういきしたさきで、てきのひとみへくことができる)
 と主張しゅちょうする。
 それにたいして、反対者はんたいしゃは、よしんば出来できたところで、はりちからである、人間にんげん五体ごたいのうち、ただ、だけが攻撃こうげき焦点しょうてんではないか、そのはりいても、白眼しろめ部分ぶぶんではなんのこうもない。ひとみなかしたら、はじめて、てき盲目もうもくにすることが出来できるだろうが、それにしても、致命的ちめいてきなものではない。そんな婦女子ふじょしのする小技こわざが、どうして発達はったつするいわれがあろうと反駁はんばくする。
 それにこたえて、また一方いっぽうは、
(だから、一般いっぱん武技ぶぎのように、発達はったつしているとはだれもいいはしない。けれど、そういうかくわざが、いまのこっているのは事実じじつだ)
 という。
 武蔵むさしはかつてどこやらで、そんな論議ろんぎをしているのを、そらみみいたことはあったが、勿論もちろんかれも、そんな小技こわざは、武道ぶどうみとめない一人ひとりであったし、実際じっさいにそういうことをする人間にんげんがあろうともおもわれなかった。
 世間せけんのどんなつまらない雑談ざつだんのうちにも、ものかたによっては、なに他日たじつ役立やくだつものがかならずあるものだということを武蔵むさしいま痛切つうせつった。
 はしきりといたむが、さいわいに、ひとみをされたのではないらしい。がしらへった白眼しろめ一部いちぶがずきずきねつってなみだをにじみすのだった。
 武蔵むさしは、身体からだをなでまわした。
 なみだきれこうとするのであったが、おびけず、たもとけず……なにいたらとまよっていた。
 すると。
 うしろでだれか、ぴゅっときぬおとをさせたものがある。振向ふりむくと、一人ひとり女性じょせいが、かれ様子ようすていたらしく、自分じぶんあか下着したぎたもと一尺いちしゃくほどいて、それをってかれのそばへ小走こばしりにけてたのであった。