151・宮本武蔵「火の巻」「針(3)(4)」


朗読「151火の巻63.mp3」13 MB、長さ: 約 9分 40秒

「そこへ人非人ひとでなしよッ、みみたぬのかっ」
 当然とうぜん武蔵むさしにそれがきこえていないわけはない。
 いさらぼうた老婆としよりとはいえ、覚悟かくごした跫音あしおともすさまじい。
 けたまま、武蔵むさしあるいていたが、
(はて、こまったもの)
 どうしたものかの思案しあん咄嗟とっさなかったのである。
 そのあいだに、
「やれ、おちやれ」
 ばばは、武蔵むさしまえまわった。
 まえまわってからお杉婆すぎばばは、とがったかたうす肋骨あばらなみのようにあえがせて、喘息ぜんそくでもおこったときのように、しばらく、くちつばめていきやすませているのだった。
 やむをないかおして、武蔵むさしついにことばをかけた。
「おお、本位田ほんいでんのおばば殿どのか、めずらしいところで」
「ても、厚顔あつかましい。めずらしやとは、わしのほうでいうことば。清水きよみず三年坂さんねんざかでは、まんまと、らしたが、きょうこそ、その素首すこうべは、このばばがもろうたぞ」
 軍鶏しゃものようにほそッこい皺首しわくびが、たか武蔵むさしむかってがっていうのだった。たくましい豪傑ごうけつ憤怒ふんどするよりも、このばばけている前歯まえばばしそうにしてさけこえのほうが、武蔵むさしは、こわ気持きもちがした。
 そのこわ気持きもちのうちには、少年時分しょうねんじぶん先入主せんにゅうしゅ多分たぶんにあった。又八またはち青洟あおばならし、武蔵むさしもまだツかここのごろ悪戯いたずらざかりの当時とうじむら桑畑くわばたけ本位田ほんいでん台所だいどころなどで、この老婆としよりに、
わっぱッ)と一声呶鳴ひとこえどなられるとへそがもんどりったように、ちぢがってげたものである。
 その雷声かみなりごえが、武蔵むさしあたまいまもどこかにみこんでいるらしいのである。もとより子供こどもころから、かないばば、つむじまがりなばば、また、せきはらからむらかえったあとにうけた仕打しうちにくさは、いちいち骨髄こつずいてっしているが、由来ゆらいこのばばには、てないものというおさなときからのくせがついているので、時経ときたてば、あのとき無念むねんさも、さほどではなくなっていた。
 それにはんして、おすぎは、幼少ようしょうときからている悪戯いたずら小僧こぞうがどうしてもあたまからはなれない。しらくもあたま洟垂はなたれの手脚てあしばかりヒョロながかった嬰児あかごときからっている武蔵むさしである。――自分じぶんいて、かれ成長せいちょうした事実じじつみとめても、むかしから餓鬼がきあつかいにていた観念かんねんごうれない。
 その餓鬼がきに、こうされるとおもうと、おすぎは、郷土きょうどものたいする大義名分たいぎめいぶんばかりでなく、感情かんじょうだけでも、このままつちることはできなかった。武蔵むさし墓場はかばきこんでこうということは、きているいま最大さいだいのぞみとなった。
「もう、あらためて、なにもいうことはないぞえ。尋常じんじょうに、首渡くびわたすか、ばば一念いちねんやいばを、けてみるか、武蔵むさしッ、支度したくしやいっ」
 ばばは、そういって、つばするのか、左手ひだりてゆびくちびるへちょっとて、みじか脇差わきざしつかへそのをかけてつめった。

 龍車りゅうしゃにむかう蟷螂とうろうおのということばがある。お杉隠居すぎいんきょのようにせこけているというあきむしが、かまほそすねをカチャカチャらして、人間にんげんってかかるさまわらっていうことばなのである。
 おすぎつきは、その血相けっそうていた。いや、皮膚ひふいろ姿すがたまでが、そっくりだった。
 ぬっとって、ばばのつめあしもとを、児戯じぎのようにている武蔵むさしかたむねは、さながらそれをわらくろがね龍車りゅうしゃといっていい。
 おかしさをかんじてくるところであるが、しかし武蔵むさしは、わらえなかった。
 ふと、あわれになったのである。かえって、このてきに、いたわりたいようないいれぬ同情どうじょうたせられて、
「おばば、おばば、まあちなさい」
 かろく隠居いんきょひじおさえた。
「な、なんじゃと」
 おすぎは、ったかたなつかを、くちびるそとている前歯まえばとともに、わなわなさせて、
「ひ、卑怯者ひきょうものめが、この隠居いんきょは、おぬしなどより、四十しじゅうもよけいに門松かどまつむかえているのじゃぞ。あおくさい口先くちさきたばかろうとて、なんでたばかられよう。むだくちようもない。たれてしまやれ」
 もう、ばば皮膚ひふは、土気つちけいろをして、語気ごき必死ひっしなものがこもっている。
 武蔵むさしは、うなずいて、
「わかる、わかる、おばばの気持きもちはよくわかる。さすがは、新免宗貫しんめんむねつら家中かちゅうおもきをなした本位田ほんいでん後家ごけ殿とのだけのものはある」
「ひかえなされ、小伜こせがれまごのようなおぬしなどからおだてられて、よろこばばではないわいの」
「そうひがむのが老婆としよりきず武蔵むさしのことばもすこしいてほしい」
遺言ゆいごんか」
「いや、いいわけじゃ」
未練みれんなっ」
 えあがって、おすぎひくからだをつまさきすように、
かぬかぬ、このになって、いいわけなどみみたぬ」
「では、しばしのあいだ、そのやいばを、武蔵むさしにあずけておきなさい。さすれば、やがて五条大橋ごじょうおおはしたもとへ、又八またはち来合きあわそうほどに、すべてのこともおのずからわかってまいろう」
又八またはちが? ……」
「されば、去年きょねんはるごろから、又八またはち言伝ことづてがしてあるのです」
なんと? ――」
今朝けさ、ここでおうと」
うそをいやいっ」
 おすぎいっかつしてくびった。又八またはちとそんな約束やくそくがあるくらいなら、当然とうぜん、このあいだうち大坂表おおさかおもてかれったときに、自分じぶんはなしておくはずである。又八またはち武蔵むさし言伝ことづててなどをけてはいない。おすぎは、その一言ひとことだけで、武蔵むさしのことばを皆嘘みなうそめてかかった。
「みぐるしいぞ、武蔵むさし、おぬしも無二斎むにさいであろが、ときは、いさぎよぬものと、おぬしの父親てておやおしえてはおかなんだか。ことばあそびは、無用むようばば一念いちねん神仏しんぶつ御加護ごかごやいばけらるるものならけてみやい」
 ひじをちぢめて、武蔵むさしはずすと、お杉隠居すぎいんきょは、ふいに、
南無なむっ」
 と、小太刀こだちいて両手りょうてち、武蔵むさしむなもとへむかってまっすぐにいてきた。
 武蔵むさしが、くうあたえて、
「おばば、落着おちつけ」
 平手ひらてでかろくつと、
大慈たいじ大悲だいひ
 おすぎは、躍起やっきとなって、振向ふりむきざま、ふた声三声こえみこえ
南無なむ、かんぜおん菩薩ぼさつ南無なむ、かんぜおん菩薩ぼさつッ」
 はげしい太刀たちった。
 その手頸てくびをつかんで、武蔵むさしは、外身そとみにひきせ、
「おばば、あとでくたびれるぞ。……サ、すぐそこじゃ、五条大橋ごじょうおおはしまで、ともかく、拙者せっしゃいてあるいてるがよい」
 られた自分じぶんうでかたごしに、おすぎは、きっとしろ武蔵むさしけた。――そしてつばでもくようにくちをすぼめたとおもうと、
「ふッっ!」
 と、ほおめていたいきらした。
「あっ……」
 武蔵むさしは、ばばからだはなし、片手かたてひだりててびのいた。