149・宮本武蔵「火の巻」「孤行八寒(4)(5)」


朗読「149火の巻61.mp3」15 MB、長さ: 約 10分 36秒

 半紙はんしおりにかさねてじたかれ雑記帖ざっきちょうなのである。武蔵むさしはそれを、旅包たびづつみのなかからして、早速さっそく硯箱すずりばこをひきよせた。
 それには、かれ漂泊ひょうはくのあいだにひろった感想かんそうだの、禅語ぜんごだの、地理ちりおぼえだの、自誡じかいのことばだの、また、ところどころには幼稚ようち写生画しゃせいがなどもいてあった。
「…………」
 ふでって、かれ余白よはくつめていた。百八ひゃくやつのかねはまだとおちかりつづけている。

われ何事なにごとにもいまじ

 武蔵むさしは、そういた。
 自己じこ弱点じゃくてん見出みいだすごとに、かれ自誡じかいのことばをひといた。だが、いただけではなんの意味いみもなさない。朝暮ちょうぼ経文きょうもんのようにとなえてむねきざみこむのでなければならない。したがって、辞句じくのようにくちとなやすいことが必要ひつようであった。
 そのためか、かれは、苦吟くぎんして、

われ何事なにごとにも……

 という修辞しゅうじを、

われことにおいて

 とあらためた。
「われことにおいていまじ――」
 くちのうちでつぶやいてみたが、武蔵むさしは、まだ自分じぶんこころにぴったりしないものか、おわりの文字もじもまたしてしまい、こうあらためて、ふでとうじた。
 われことにおいて後悔こうかいせず
 最初さいしょのは「」であったが、それではまだよわいとかんがえられたのである。「――」でなければならない――われことにおいて後悔こうかいせず!
「よし」
 武蔵むさしは、満足まんぞくした、そしてむねちかった。何事なにごとにも自分じぶんしたことに後悔こうかいはしないというようなたか境地きょうちへまで到達とうたつするには、まだまだこのを、このこころを、不断ふだんきたかなければおよびもないのぞみとはおもうのであったが、
かならずそこまでいてみせる)
 と、かれ自分じぶんむねとおいところへ、理想りそうくいって、かた信念しんねんするのだった。
 ――おりふし、うしろの障子しょうじいて、さむげな叔母おばかおがそこをのぞき、
武蔵むさし……」
 と、つぶやくようにふるえをびたこえでいう。
むしらせじゃ、なんとのう、そなたをめておくのはがかりとおもうていたら、あんのじょう、ときときいま本位田ほんいでんのお杉隠居すぎいんきょもんをたたき、玄関げんかんいであるそなたの草鞋わらじつけて、武蔵むさしたずのうてたであろう、武蔵むさしをこれへしやれといいたけって……オオここへもきこえてくるわ、あのとおりな厳談げんだんじゃ。――武蔵むさし、なんとしやるぞ」
「……え、お杉婆すぎばばが」
 みみますと、なるほど、いつもかわらない切口上きりこうじょうと、きかない隠居いんきょしわがれこえが、木枯こがらしのるようにひびいてくる。
 叔母おばは、もう除夜じょやかねもすんで、これから若水わかみずでももうという元日早々がんじつそうそう、もしいまわしいでもるようなことになってはと、いかにも迷惑めいわくそうなかおを、露骨ろこつ武蔵むさしせつけながら、
げておくれ、武蔵むさしげるのがなにより無事ぶじいま――叔父様おじさま応対おうたいして、左様さようものったおぼえはないと、ああしてばばはばんでおいでなさるほどに、そのあいだに、裏口うらぐちからでも――」
 てて、かれ荷物にもつかさ自分じぶんち、叔父おじ革足袋かわたびと、いっそくの草鞋わらじ裏口うらぐちいてくれた。
 武蔵むさしは、かれるままに、それを穿いたが、いいにくそうに、
叔母御おばご、まことにご無心むしんですが、茶漬ちゃづけ一膳食いちぜんたべさせてくれませんか。――じつは、よいから空腹くうふくなので」
 すると叔母おばは、
なにをいいやる、それどころの場合ばあいかいの、さ、さ、これでもってはやようきゃれ」
 白紙はくしにのせてってたのは、いつつほどの切餅きりもちだった。武蔵むさししいただいて、
「ご機嫌きげんよう……」
 てついているこおりみちんで、もう元日がんじつではあるが、まだくら天地てんちなかへ、をむしられた寒鳥かんどりのように、悄々しおしおった。

 かみも、ゆびつめも、みなこおってしまうかとおもわれた。ただ自分じぶんいきのみがしろえ、そのいきもまた、くちのまわりのにたかるとすぐしもるかとうたがわれるほどつめたいのである。
さむい」
 かれおもわずくちしていった。八寒はっかん地獄じごくといえどもかほどではあるまいに、どうしてこうさむかんじるのか――今朝けさかぎって。
よりも、こころがさむいせいだろう)
 武蔵むさしは、自分じぶんとい自分じぶんこたえてみる。
 そしてなおおもうには、
(そもそもおれは未練者みれんものだ。ともすると、人肌ひとはだ嬰児あかごのような、ちちくさい感傷かんしょう恋々れんれんこころすられ、孤独こどくをさびしがり、あたたかそうなひと家庭かていうらやましくなる。なんたるさもしいこころだろう。なぜ、自分じぶんあたえられたこの孤独こどく漂泊ひょうはくに、感謝かんしゃち、理想りそうち、ほこりをたないか)
 いたいほどこごえていたかれあしは、指先ゆびさきまであつくなっていた。やみしろいきも、湯気ゆげのような迫力はくりょくさむさを退けている。
(――理想りそうのない漂泊者ひょうはくしゃ感謝かんしゃのない孤独こどく、それは物乞ものごいの生涯しょうがいだ。西行さいぎょう法師ほうし物乞ものごいとのちがいは、こころにそれがあるかないかのちがいでしかない)
 みしっと、あしうらからしろひかりはしった。ると、薄氷うすごおりんでいるのだった。いつのにか、かれ河原かわらり、加茂かもがわ東岸とうがんあるいていたのである。
 みずそらも、まだ暗澹あんたんとして、夜明よあけのぶりもえない。ながれのふちだとがつくと、きゅうあしなくなった。いままでははなつままれてもわからないようなあつぼったいやみを、吉田山よしだやましたからここまでなんのもなくあるけてたのであったが――
「そうだ、でもいて」
 どてかげって、武蔵むさしは、そこらのえだ木片きぎれや、えそうなものをあつめた。燧打石ひうちいしって、ちいさなほのおとするまでには、じつ克明こくめい丹精たんせい辛抱しんぼうるのだった。
 やっと、くさほのおがついた。そのうえへ、積木細工つみきざいくのように、大事だいじえるものんでゆく。火力かりょくにまでたっしると、きゅうそだがったほのおは、こんどはかぜび、つくった人間にんげんむかって、ぐわうっとかおでもきそうに背伸せのびしてかかってくる。
 ふところからもちして、武蔵むさしは、それを焚火たきびであぶった。げて、ぷーとふくらむもちていると、またしても、かれ少年しょうねんころ正月しょうがつおもし、いえなき感傷かんしょうが、あわつぶみたいに、こころのうえで明滅めいめつする。
「…………」
 塩気しおけもない、甘味あまみもない、ただもちだけのあじだった。しかしこのもちなかに、かれ世間せけんというもののあじみしめるのだった。
「……おれの正月しょうがつだ」
 焚火たきびほのおおもてきながら、もち頬張ほおばっているかれかおには、なにきゅうひとりでおかしくなったような笑靨えくぼふたいていた。
「いい正月しょうがつだな、おれのようなものにも、れのもちさずかったところをると、てんだれへも、正月しょうがつだけはさせてくれるものとみえる。――屠蘇とそ満々まんまんながれている加茂かもみず門松かどまつ東山三十六峰ひがしやまさんじゅうろっぽう。どれ、きよめて、初日はつひとうか」
 ながれのって、かれおびいた。衣服いふく肌着はだぎも、すべてぎすてて、どぼっとみずなかからだしずんだのである。
 水禽みずとりあばれているように飛沫しぶきてて全身ぜんしんあらい、やがて皮膚ひふをぎゅっぎゅっといているうちに、かれなかへ、くもやぶったあかつきひかりがかすかにしてた。
 ――と、そのとき河原かわらのこっている焚火たきびあかりをて、どてのうえにった人影ひとかげがある。これも、すがたこそ、年齢としこそ、まるでちがうが、やはり輪廻りんねにうごかされるたびひと本位田ほんいでんのお杉隠居すぎいんきょであった。