148・宮本武蔵「火の巻」「孤行八寒(2)(3)」


朗読「148火の巻60.mp3」15 MB、長さ: 約 10分 40秒

 これが、何年なんねんぶりかでった叔母おばの、につながるものへのことばか。
 武蔵むさしは、他人以上たにんいじょうつめたさを、こころびた。亡母ははつぎひとみたいにあまえて世間知せけんしらずが、はっと、いられるとともに、おもわずいった。
叔母御おばご、それはまた、なぜですか。かえれとなら、かえりもしましょうが。みちばたでった途端とたんに、かえれとは、せぬおおせ。わたしなにかおしかりがあるならば、ちつけにいってください」
 そうまれると叔母おばこまったように、
「では、ちょっとがって、叔父様おじさまってきゃれ。ただ……叔父様おじさまは、あのようなおひとゆえ、ひさしぶりにたずねてたそなたがまた、落胆がっかりしても折角せっかくおもうての老婆心ろうばしんじゃ。わるうしやんな」
 そういわれると、武蔵むさしはいくらかなぐさめられ、叔母おばについて、いえはいった。
 ふすましに、やがて叔父おじ松尾まつお要人かなめこえがする。喘息病ぜんそくやみらしい咳声しわぶきと、感激かんげきのないつぶやきをくと、武蔵むさしはまた、ここの家庭かていつめたいかべかんじて、となり部屋へやでもじもじしていた。
「なに、無二斎むにさい息子むすこ武蔵むさしたと? ……やれ、到頭来とうとうきおッたか。……して、どうした、なんじゃ、がっておると。なぜわしにだまってうえとおしなすったか、ふつつかものめ」
 武蔵むさしえかねて、叔母おばをよび、早々そうそういとまげようとすると、
「そこにいるのか」
 要人かなめは、そこをけて、しきいごしにまゆをひそめた。たたみうえうし草鞋わらじでもげたように、むさ田舎者いなかものと、ているだった。
「おまえ、なにしにた」
「ついでがありましたゆえ、ご機嫌きげんをうかがいにました」
「うそをいいなさい」
「え?」
「うそをいっても、こちらには、わかっている。おまえは、郷里きょうりらしいて、おおくのひとうらみをうけ、家名かめいにも、どろをぬって、逐電ちくてんしているじゃろうが」
「…………」
「どのつらげて、親類しんるいなどへ、のめのめと」
おそりました、いまに、祖先そせんへも郷土きょうどへも、びをするつもりではおりますなれど」
「……なれど、いまさら、国許くにもとへもかえれぬのであろうが、悪因悪果あくいんあっかというもの、無二斎むにさいどのも、地下ちかいておろうわい」
「……長座ちょうざいたしました。叔母御おばご、おいとまいたします」
たぬか、これ」
 要人かなめは、しかって、
「このへんをうろうろしていると、おまえはんでもないうぞ。なぜなれば、あの本位田ほんいでん隠居いんきょ――おすぎとやらいうかぬばばどのが――半年はんとしほどまえ一度見いちどみえ、また、先頃さきごろからも度々たびたびやってて、わしら夫婦ふうふへ、武蔵むさしどころをおしえろの、武蔵むさしたずねてたろうのと、おそろしいけんまくですわりこむのじゃ」
「あっ、あのばばが、ここへもまいりましたか」
「わしは、あの隠居いんきょから、すべてをいておる。血縁けつえんものでなければ、ひッくくって、ばばへわたしてくれるのじゃが、それもなるまい。……わしら夫婦ふうふにまで、迷惑めいわくをかけぬよう、すこしあしでもやすめたら、こよいのうちに、ったがよい」
 心外しんがいである。この叔父叔母おじおばは、おすぎ認識にんしきをそのままうけて自分じぶんているのだ。武蔵むさしは、いいれないさびしさと、生来せいらい口重くちおも気質きしつくらくなって、ただうついていた。
 さすがにどくになったとみえ、叔母おばは、あちらの部屋へやってすこしやすめという。それが最大さいだい好意こういらしくあった。武蔵むさしだまってそこをち、一間いちまはいると、数日来すうじつらいのつかれもあるし、また、けてあしたの元日がんじつには――五条大橋ごじょうおおはしちかいもあるので、すぐごろりとよこになって、かたないた。――いやくまでこの自分じぶんひとつとおも孤独こどくきしめている姿すがただった。

 世辞せじもなく、わざとつらく、ずけずけとものをいうのも、血縁けつえん叔母おばなればこそ叔父おじなればこそ――そうかんがえられぬこともない。
 一時いちじは、っとして、もんつばきしてろうとまでおもったが、武蔵むさしは、そう解釈かいしゃくして、ころんでいた。かぞえても幾人いくにんもない親類しんるいである。つとめて、その人達ひとたちをば、善意ぜんいかいして、他人たにんよりものつながっている縁者えんじゃとして、生涯しょうがい、なんぞのときには、たすけたりたすけられたりしてきたいものと、かれのみは、おもうのだった。
 だが武蔵むさしのそんなかんがかたは、実世間じつせけんらないかれ感傷かんしょうぎない。わかいというよりも、幼稚ようちなほどかれはまだ、人間にんげんも、なかも、そういうほうにかけては、ることのあさ青年せいねんぎなかった。
 かれのようなかんがえは、かれおおいにすか、とみるかしたあとかんがえるならば、すこしも不当ふとうにはならないが、この寒空さむぞらを、あかじみた旅着一枚たびぎいちまいで、しかも大晦日おおみそか辿たどりついた親戚しんせきいえかんがえたりすることではない。
 そのかんがえの間違まちがっていた反証はんしょうはやがてすぐあらわれた。
(すこしやすんでゆけ)
 と、叔母おばがいってくれたことばをちからにして、かれは、空腹くうふくをかかえてっていたが、よいから勝手元かってもと煮物にもののにおいや器物うつわものおとがしていたにもかかわらず、かれ部屋へやにはなんのおとずれもないのである。
 火桶ひおけなかには、ほたるほどなしかなかった。だが、えもさむさも第二だいにのものだった。かれ手枕てまくらのまま二刻ふたときあまり、昏々こんこんねむっていた。
「……あ、除夜じょやかねだ」
 無意識むいしきに、がばとおこしたとき数日来すうじつらいつかれはあらわれていて、かれ頭脳あたまっていた。
 洛内洛外らくないらくがい寺院じいんかねが、いんいんと、無明むみょうから有明うみょうのさかいへっていた。
 諸行煩悩しょぎょうぼんのう百八ひゃくやつのかねは、ひとをして一年いちねんのあらゆる諸行しょぎょう反省はんせいおこさせる。
 ――おれはただしかった。
 ――おれはすことをした。
 ――おれはいない。
 そういう人間にんげん何人なんにんあるだろうかと武蔵むさしおもった。
 いっしょうるごとに、武蔵むさしは、いのみをすぶられた。ひしひしと後悔こうかいされることばかりへ追憶ついおくがゆくのである。
 今年ことしばかりではない。――去年きょねん、おととし、さきおととし、いつの年自分自身としじぶんじしんじない月日つきひ一年いちねんおくったためしがあるだろうか。いない一日いちにちがあったろうか。
 なにか、やるそばから、人間にんげんはすぐいるものらしい。生涯しょうがいつまつことにおいてさえ、おとこ大多数だいたすういておよばないいをみなひきずっている。おんないるのはまだゆるせる、ところが、おんな愚痴ぐちはあまりきこえないが、おとこ愚痴ぐちがしばしばきこえる。勇壮活溌ゆうそうかつぱつなことばをもって、うちの女房にょうぼう穿下駄げたのようにいうのである。いていうよりも悲壮ひそうみにくい。
 まだつまはないが、武蔵むさしにも通有性つうゆうせいいがある、煩悩ぼんのうがある、かれはすでに、このいえたずねてたことを後悔こうかいするのだった。
(おれにはまだ、えんたの気持きもちせない。自力じりきだ、一人ひとりだと、つねいましめながら、ふとひとりかかる。……馬鹿ばかだ、浅慮あさはかだ、おれはまだっていない)
 慚愧ざんきすると、その慚愧ざんきしている自分じぶんのすがたがまた、いとどみぐるしくおもわれて、武蔵むさしはよけいに自分じぶんへのはじたれた。
「そうだ、いておこう」
 なにをおもいついたか、かれ常住坐臥じょうじゅうざが肌身はだみはなさずにあるいている武者修行風呂敷むしゃしゅぎょうふろしききはじめた。
 ――そのころ、このいえもんそとって、ほとほとと、そこをたたいている旅扮装たびよそおいの老婆としよりがあった。