144・宮本武蔵「火の巻」「心猿(5)(6)」


朗読「144火の巻56.mp3」14 MB、長さ: 約 9分 59秒

 もなく、延念寺えんねんじ裏坂うらざかのほうから、ここへりて狩支度かりじたく二人ふたりづれがえる。
 ひとりは、ひだりこぶし放鷹たかえ、獲物えものれるあみぶくろを、大小だいしょう反対はんたいのほうへげ、うしろに、はしこそうなちゃいろの猟犬りょうけんをつれていた。
 四条道場しじょうどうじょう吉岡清十郎よしおかせいじゅうろうなのである。
 もう一名いちめいは、清十郎せいじゅうろうよりずっとわかくて、からだつきはかえって剛健ごうけんにできているが、派手はでやかな若衆小袖わかしゅこそでに、なかへは、三尺余さんじゃくあまり大太刀おおたちななめにい、かみ前髪まえがみだち――といえばもう、あと説明せつめいするまでもなくあの岸柳がんりゅう佐々木小次郎ささきこじろうのほかの何人なんぴとでもない。
「そうだ、このへんだった」
 小次郎こじろうは、ちどまって、あたりをながめまわしながらいう。
「きのうの夕方ゆうがた、わしの小猿こざるめが、その猟犬かりいぬあらそって、尻尾しっぽみつかれ、それにりたか、このへんかくれこんだまま、とうとう姿すがたせなかったが……どこかそこらのうえにでもいはせまいか」
「いるものか、さるにもあしがある」
 と清十郎せいじゅうろうは、きょうのないかおつきで、
「いったい、放鷹たかをつかうのに、さるなどれてあるくというほうはない」
 と、そのへんいしこしかける。
 小次郎こじろうも、にかけて、
「なにもれてあるくわけではないが、あの小猿こざるめがいてるので仕方しかたがない。けれど、なんとなく可愛かわいやつで、そばにいないとはださびしいのです」
ねこだのちんだのという動物どうぶつ愛撫あいぶするのは、女子おなご閑人ひまじんだけだとおもうていたら、おんのような武者修行むしゃしゅぎょうが、小猿こざるあいしているところをると、一概いちがいにいえないものだな」
 毛馬堤けまづつみで、実際じっさいている小次郎こじろうけんたいしては、十分じゅうぶん尊敬そんけいはらってはいるが、ほかの趣味しゅみとか処世しょせいのほうとかにおいては、やはりちちくさいてん多分たぶんえる小次郎こじろうだった。やはり年齢とし年齢としだけのものだという半面はんめんが、あれからあと、たとえさん四日よっかあいだでもひとやしきんでみるとよくわかった。
 ――で、清十郎せいじゅうろうは、かれたいして、人間的にんげんてき尊敬そんけいたいしてはらわないかわりに、交際つきあいは、かえってよい気持きもちがして、この数日すうじつですっかりしたしみをくわえていた。
「はははは」
 小次郎こじろうわらって、
「それは拙者せっしゃがまだ、幼稚ようちだからですよ、いまおんなのほうでもおぼえれば、さるなどはててかえりみなくなるでしょう」
 といった。
 それから小次郎こじろうが、暢気のんき雑談ざつだんをはじめると、清十郎せいじゅうろう反対はんたいに、なにか落着おちつかないかおいろがくなってゆく。自分じぶんこぶしにすえている放鷹たかのように、たえず焦々いらいらするふうがひとみそこひかるのである。
「なんだ、あの虚無僧こむそうめは。……さっきから、吾々われわれのほうをじっとて、ちどまっておる」
 ふいに、とがめるように清十郎せいじゅうろうがつぶやくので、小次郎こじろうかえってたのである。清十郎せいじゅうろうが、うさんくさをやってめつけたのは、もちろん、そのときまで、ぼんやりと彼方あなたたたずんでいた青木丹左あおきたんざで、丹左たんざはそれとともに、けて、とぼとぼとむこうへあるしていた。
岸柳がんりゅうどの」
 そういうと、清十郎せいじゅうろうなにおもいだしたのか、突然とつぜんこしをあげていった。
かえろう。――どうかんがえても鷹狩たかがりなどしている場合ばあいでない。きょうはもう年暮くれ二十九日にじゅうくにちかえろう、道場どうじょうへ」
 しかし小次郎こじろうのほうは、その焦躁しょうそうを、またはじまったといわないばかり冷笑れいしょうして、
折角せっかくたかをすえてたのに、まだ山鳩一羽やまばといちわに、つぐみ三羽さんばしかっていない。もすこし、やまのぼってみようじゃないか」
「よそう、のすすまぬときには、たかおもうようにばぬものだ。……それよりは、道場どうじょうへもどって、稽古けいこだ、稽古けいこだ」
 ひとごとのようにいいてた語尾ごびには、ふだんの清十郎せいじゅうろうとはちがったねつがあった。小次郎こじろうがいやなら、自分じぶんひとりでもさきかえりそうな様子ようすであった。

かえるなら一緒いっしょかえる」
 小次郎こじろうも、ともあゆみだしたが、愉快ゆかいではないかおいろだった。
清十郎せいじゅうろうどの、むりにおすすめして、わるかったな」
「なにを」
「きのうも、きょうも、鷹狩たかがりをすすめてあなたをしたのは、この小次郎こじろうですから」
「いや……ご好意こういは、よくわかっている。……だが年暮くれではあるし、貴公きこうにもはなしたごとく、宮本武蔵みやもとむさしというものとの大事だいじ試合しあいも、目睫もくしょうのまにちかづいている場合ばあいゆえ」
「わたくしは、それゆえに、あなたへ、たかでもはなって、悠々ゆうゆうと、やしなうことをおすすめもうしたわけだが、あなたのご気質きしつでは、それができないとみえる」
「だんだんうわさをきくと、武蔵むさしというものは、そうくびれないてきらしいのじゃ」
「しからば、なおさらこちらは、せまらず、あわてず、こころっておかねばなりますまい」
「なにもあわてているわけではないが、てきあなどるということは、兵法へいほうのもっともいましめるところだ。試合しあいまでに十分じゅうぶん練磨れんまをしておくのは当然とうぜんじゃと拙者せっしゃおもう。そのうえで、万一まんいちにも、やぶれをるようなことがあったとすれば、これは、最善さいぜんつくしてのけだ、実力じつりょくだ、どうもいたかたはないが……」
 小次郎こじろうは、清十郎せいじゅうろう正直しょうじきさには好意こういてるが、気宇きうちいさなところが同時どうじいて、これではとても、吉岡よしおか拳法けんぽう名声めいせいと、あのおおきな道場どうじょうとを、ながくうけいでける器量きりょうではない――とひそかにどくかんじるのだった。
(まだ、おとうと伝七郎でんしちろうのほうが、ずっとせんふとい)
 と、おもう。
 だが、そのおとうとては、これはのつけられない放縦ほうじゅうで、うであに清十郎せいじゅうろうよりもつよいそうであるが、家名かめいもへちまもない、いわゆる責任せきにんなしの次男坊じなんぼうにできあがっている。
 小次郎こじろうは、そのおとうとにも紹介しょうかいはされたが、てんで肌合はだあいがぴったりしないし、かえっておたがいに最初さいしょからみょう反感はんかんさえいてしまった。
(このひとは、正直しょうじきだ、だが小心しょうしんだ、たすけてやろう)
 こうかんがえたから小次郎こじろうは、わざと、たかして、武蔵むさしとの試合しあいなどは、念頭ねんとうからわすれるように、わざとそばから仕向しむけているのに、とう清十郎せいじゅうろうになると、そう悠然ゆうぜんとは、かまえていられないらしいのである。
 ――これからかえっておおいに練磨れんまするのだという。その真面目まじめさはいいが、いったい、武蔵むさしうまでに、これから幾日いくにちその練磨れんまができるのかと、小次郎こじろうは、きたいがする。
(しかし、性分しょうぶんだ……)
 こういうことは、助太刀すけだちにならないことを小次郎こじろう痛感つうかんした。――で、黙々もくもくかえみちにつきかけると、いまがたまであしもとにいた茶色ちゃいろ狩犬かりいぬがいつのまにかえない。
 ――わん、わんっ、わんっ。
 とおくのほうで猛々たけだけしいごえがしているのだった。
「ア、なにか獲物えものらせているらしい」
 小次郎こじろうは、そういって、ひとみをかがやかしたが、清十郎せいじゅうろうは、いらざるいぬはたらきといわないばかりに、
ててゆこう、ててゆけば、あとからいかけてるだろうから」
「でも……」
 しむように、小次郎こじろうは、
「ちょっとまいるから、あなたはそこでっていてください」
 いぬこえあてに、小次郎こじろうけてった。――ると、七間四面ななまよんめんふるびた阿弥陀堂あみだどうえんがわへ、狩犬かりいぬがっているのだった。そして、やぶてた窓口まどぐちしとみむかって、えてはびかかり、おどってはころちたりして、そのあたりの丹塗にぬりはしらかべを、めちゃめちゃにつめきたてているではないか。