143・宮本武蔵「火の巻」「心猿(3)(4)」


朗読「143火の巻55.mp3」14 MB、長さ: 約 9分 56秒

 自分じぶんのうわごとに、朱実あけみは、をさまして、
「おじさん、わたしいま、ているうちになにかいいましたか」
「びっくりしたわさ」
 丹左たんざは、枕元まくらもとってて、彼女かのじょひたいいてやりながら、
ねつのあるせいじゃろう、ひどいあせだ……」
なにを……いったでしょう」
「いろいろ」
「いろいろって?」
 朱実あけみねつッぽいかおをよけいにあからめてじるように、かみ蚊帳がやふすまを、そのかおへかぶった。
「……朱実あけみ、おまえは、こころのろっているおとこがあるのじゃな」
「そんなこと、いいまして」
「ウム。……どうしたのだ、おとこてられたのか」
「いいえ」
「だまされたのか」
「いいえ」
「わかった」
 丹左たんざひと合点がってんすると、朱実あけみきゅうおこして、
「おじさん、わ、わたし……どうしたらいいんでしょう」
 ひとにははなすまいとおもってひとなやんでいた住吉すみよしでのはずかしいことを、朱実あけみのからだじゅういかりとかなしみは、どうしても、彼女かのじょくちからそれをいわせずにおかないのである。突然とつぜん丹左たんざひざにすがりつくと、まだごとつづきのように、嗚咽おえつしながらあのことをしゃべってしまった。
「……ふ、ム……」
 丹左たんざあついきはなあなかららした。えてひさしい女性じょせいのにおいというものが、かれはなにもにもみる。このごろは、人間にんげん灰汁あくというものがけきって、寒巌枯木かんがんかれきにひとしい余生よせい肉体にくたいとばかり自分じぶんでもおもっていた官能かんのうに、きゅうに、あつでもそそぎこまれたようなふくらみをおぼえ、自分じぶん肋骨あばらしたにも、はい心臓しんぞうがまだきていることをめずらしくおもいだした。
「……ふーむ、吉岡清十郎よしおかせいじゅうろうというのは、そのようなしからぬことをするやつかの」
 かえしながら、丹左たんざこころのうちで、清十郎せいじゅうろうという人間にんげんにくんでもあきたらぬ人間にんげんのようににくんだ。けれど、丹左たんざいたるを、それほど興奮こうふんさせているものは義憤ぎふんばかりではなかった。ふしぎな嫉妬心しっとしんのはたらきが、あたかも自分じぶんむすめおかされでもしたかのように、かれかたいからせるのだった。
 朱実あけみにはそれが、たのもしきひとにみえ、このひとならもうなにをいっても安心あんしんおもいこんで、
「おじさん、……わたし、んでしまいたい、んでしまいたい」
 かれひざへ、かおててもがくと、丹左たんざは、あらぬ心地ここちに、すこし当惑顔とうわくがおにさえなって、
くな、くな、おまえがこころからゆるしたわけではないから、おまえのこころまではけっして、けがされておりはせぬ。女性じょせいのいのちは、肉体にくたいよりは、こころのものじゃろう。さすれば、貞操ていそうとは、こころのことだ。からだをまかせないまでも、こころでほかのおとこおもうとすれば、その瞬間しゅんかんだけでも、おんなのみさおはけがらわしくけがれたものになっている」
 朱実あけみには、そんな観念的かんねんてきやすめに安心あんしんはしていられないらしく、丹左たんざころもとおすほどあつなみだをながしぬいて、なお、
にたい、にたい)
 をいいつづける。
「これ、くな、くな……」
 丹左たんざは、そのなかをでてやっていた。だが、しろうなじのおののきを、同情どうじょうしてはられなかった。こののいいはだかおりも、もうほか男性だんせいぬすまれたあとのものかとついおもうのだった。
 さっきの小猿こざるが、なべちかくへいつのまにかて、なにかものをくわえてげた。その物音ものおとに、丹左たんざは、朱実あけみかおひざからおとして、
「こいつめ!」
 と、こぶしりあげた。
 丹左たんざにはやはり、ものほうが、おんななみだよりは、重大じゅうだいこころつらしい。

 けた。
 あさになると、丹左たんざは、
まち托鉢たくはつってるでの、留守るすをたのむぞよ。――かえりには、そちのくすりあたたかいべもの、それから、あぶらこめなどももとめてねばならぬでな」
 雑巾ぞうきんのような袈裟けさをかけ、尺八しゃくはちかさをかかえて、阿弥陀あみだどうからった。
 りゅうは、天蓋てんがいではない、あたりまえのたけ子笠こがさである、尻切しりき草履ぞうりをびたびたって、あめさえらなければ、まち行乞ぎょうこつかけるのだった。案山子かがしあるいているように、鼻下はなしたひげまでがみすぼらしい。
 ことに、今朝けさ丹左たんざは、しょぼしょぼしていた。ゆうべは一晩ひとばんじゅう、よくねむれなかったのである、あんなにもだえたりかなしんでいた朱実あけみのほうは、あたたかい蕎麦湯そばゆをすすると、一汗ひとあせかいて、深々ふかぶかねむりにちてしまったが、丹左たんざのほうは、がたまで、まんじりともしなかった。
 そのねむれない原因げんいんが、今朝けさもまだ――うらうらとんでいるしたても――まだあたまのしんにのこっていて、とつこうつ、それがこころにこだわってはなれない。
(ちょうど、おつうぐらいなとしごろだ……)
 と、おもう。
(おつうとは、だてがまるでちがうが、おつうよりは、あいくるしい。おつうには、気品きひんがあるが、つめたいだ。朱実あけみのは、いても、わらっても、おこっても、みんなそれが蠱惑こわくになる……)
 その蠱惑こわく強力きょうりょく光線こうせんのように丹左たんざのすがれた細胞さいぼうをゆうべから活溌かっぱつわかやがせているのだった。しかし、なんといってもあらそえないのは年齢としである。寝返ねがえりをつたびに、朱実あけみすがたをにしながら、すぐべつなこころが、
(あさましや、おれという人間にんげんはいったいどうしたものだ。池田家いけだけ譜代ふだいとして、歴乎れっきとした家禄かろくのついていたいえがらをつぶし、姫路ひめじ藩地はんちからこのように流浪三界るろうさんかい落魄おちぶれとなりおわったのも、もとはといえば、おんなのためではないか。おつうというおんなに、ふと、いまのような煩悩ぼんのうおこしたのがもとではないか)
 そういましめて、みずから、
(まだ性懲しょうこりもつかないのか)
 としかってみたり、また、
(ああ、尺八しゃくはちち、袈裟けさはかけているが、まだまだ、おれは普化ふけ澄明ちょうめい悟道ごどうにはとおいものだ。露身風体ろしんふうていのさとりにはいつなれるのやら?)
 慚愧ざんきをつぶって、むりにねむろうとしてがたにいたったのである。そのつかれが、かれ今朝けさかげに、よろよろとこびりついていた。
(――そんな邪心じゃしんてよう。
 しかし、あいくるしいむすめだ。また不愍ふびん傷手いたでっている。なぐさめてやろう。世間せけん男性だんせいは、そう色情しきじょうおにばかりでないこともらせてやろう。
 かえりには、くすりと、なにもとめててやろうか。きょう一日いちにち行乞ぎょうこつが、朱実あけみのよろこびになるとおもえば、これは張合はりあいのあることじゃ。――それ以上いじょう慾望よくぼうはつつしもう)
 やっと、こころがそこへ落着おちついて、いくらかかおいろがよくなったときである。かれあるいていたがけうえで、ばたッと、おおきくつばさって、一羽いちわたかかげが、をかすめた。
「……?」
 丹左たんざが、かおげると、ちているくぬぎばやしのこずえから、そのかおうえへ、灰色はいいろ小禽ことりが、綿わたわしたようにんでた。
 たかは、とらえた小禽ことりつめにかけて、その時空じくうっすぐにがっていた――つばさうらしたせて。
「あっ、ったっ」
 と、どこかで、人声じんせいがひびき、つづいて、たか持主もちぬし口笛くちぶえがながれた。