140・宮本武蔵「火の巻」「冬の蝶(1)(2)」


朗読「140火の巻52.mp3」13 MB、長さ: 約 9分 10秒

ふゆちょう

 あずかりちゅう病人びょうにんが、寝床ねどこ藻抜もぬけのからにして、紛失ふんしつしたとあっては、これは責任上せきにんじょう、かなりおどろいていい事件じけんである。
 けれど、住吉すみよしはま旅籠はたごでは、病人びょうにん病気びょうきつくった原因げんいんをうすうすっていたし、無断むだんった病人びょうにん二度にどと、うみおそれはないものとして、ただ一片いっぺんらせを、京都きょうと吉岡清十郎よしおかせいじゅうろう飛脚ひきゃくしておいたまま、追手おってのなんのと、いらざる苦労くろうはしなかった。
 ――さて、そこで。
 朱実あけみは、かごから蒼空あおぞら小禽ことりのような自由じゆうったが、なんといっても、いちどうみ仮死かし状態じょうたいになったからだである。そうぴちぴちんでもけないし、ことには、にく男性だんせいのために、処女おとめのほこりにえようもない烙印やきいんあたえられた傷手いたでと――それにとものうておこるさまざまな精神的せいしんてきまた生理上せいりじょう動揺どうようというものは、そう三日みっか四日よっかで、易々やすやすえるものではない。
「くやしい……」
 朱実あけみは、三十さんじゅう石船こくぶねのうちでも、淀川よどがわみずをみな自分じぶんなみだとしてもらないほどなげいた。
 その口惜くやしいはまた、たんなる口惜くやしいではない。――この身体からだのうちに、べつな男性だんせいこいしているがために――そのひととの永久えいきゅう希望のぞみを、あの清十郎せいじゅうろう暴力ぼうりょくのために破壊はかいされたとおもうがために、――さらに複雑ふくざつだった。
 よどのながれには、門松かどまつ輪飾わかざりや、初春はるのものをせた小舟こぶねせわしげにさおさしていた。それをると、朱実あけみは、
「……武蔵様むさしさまっても?」
 と、まどいのしたから、ポロポロとなみだがこぼれてくる。
 五条大橋ごじょうおおはしのたもとに、武蔵むさして、本位田ほんいでん又八またはちつという正月しょうがつあさを、朱実あけみは、どんなに心待こころまちだったかれないのである。
 ――あのひとなんだかきだ。
 こうおもめてから、朱実あけみは、都会とかいのどんな男性だんせいても、こころをうごかしたことはない。ことにいつも、養母ははのおこうたわむれていた又八またはちおもくらべていただけに、思慕しぼいとが、この年月ねんげつまで、れもせずにむねにつながってた。
 思慕しぼというものを、いとにたとえれば、こいはだんだんそれをむねのうちでいてゆくまりのようなものだ。何年なんねんわないでいても、ひとりで思慕しぼいとをつくり、とおおもも、ちかひとづての消息しょうそくも、みないとにして、まりいておおきくしてゆく。
 朱実あけみも、きのうまでは、そういう処女おとめらしい情操じょうそうでは、伊吹山いぶきやましたにいたころから、可憐かれん野百合のゆりのにおいをっていた。――だがいまはもうそれもこころのうちで、微塵みじんくだけているがするのだった。
 だれるはずのないことであるのに、世間せけんがみな自分じぶんたいしてかわったがしてならない。
「おい、ねえや、ねえや」
 こうだれかにばれて、朱実あけみは、たそがれかかる五条ごじょうちか寺町てらまちふゆちょうのように、寒々さむざむあるいている自分じぶんかげと、あたりのやなぎとう見出みいだした。
おびかい、ひもかい、なんだかほどけてってあるいているじゃあねえか。むすんでやろうか」
 ひどく下等かとうなことばをつかうが、なりはせてもれても、二本差にほんさしている牢人ろうにんで、朱実あけみはじめておとこにちがいないが、さかり冬日ふゆび裏町うらまちを、なんようもなくよくぶらついている赤壁あかかべ八十馬やそま名乗なの人間にんげん
 すりれたわら草履ぞうりをばたつかせて、朱実あけみのうしろへってた、そしてっていた彼女かのじょ帯紐おびひもはしをひろって、
「まさかねえやは、謡曲うたい狂言きょうげんによくてくる狂女きょうじょじゃあるめえ。……ひとわらうわな。……かおをしているのに、かみだって、もすこしどうかしてあるいたらどうだい」

 うるさいとおもうのであろう。朱実あけみみみがないようなかおをしてあるいてゆく。それを赤壁八十馬あかかべやそまは、たんに、わかおんなのはにかみとみこんで、
ねえやは、みやこものらしいが、家出いえででもしたのか? それとも、主人しゅじんいえでもしてたのか」
「…………」
をつけなよ。おめえみたいな容貌きりょうよしが、そんな……だれたって、事情わけのありそうな、ぼんやりかおでうろうろあるいていてみな、いまみやこには、羅生門らしょうもん大江山おおえやまはないが、そのかわり、おんなとみたらすぐのどらす野武士のぶしがいる、浮浪人ふろうにんがいる、人買ひとかいがいるぜ……」
「…………」
 ふんとも、すんとも、朱実あけみこたえないのに八十馬やそまひとりでしゃべっていてきながら、
「まったく」
 と、返辞へんじまで自分じぶんでして、
「このごろ江戸えどほうさかんに京女きょうおんながいいられてゆくそうだ。むかし奥州みちのく平泉ひらいずみ藤原三代ふじわらさんだいみやこひらかれたころには、やはり京女きょうおんながたくさんに奥州おうしゅうられてったものだが、いまではそのはけぐち江戸表えどおもてになっている。徳川とくがわ二代将軍秀忠にだいしょうぐんひでただが、江戸えど開府かいふに、今一生懸命いまいっしょうけんめいのところだからな。――だから京女きょうおんながぞくぞく江戸えどられて、角町すみちょうだの、伏見町ふしみちょうだの、境町さかいちょうだの、住吉町すみよしちょうだのと、こっちの色街いろまち出店でみせ二百里にひゃくりさきにできてしまった」
「…………」
ねえさんなぞは、だれにでもすぐにつくから、そんなほうへばされないように、またへん野武士のぶしなどにッかからねえようにずいぶんをつけないと物騒ぶっそうだぜ」
「……っ!」
 朱実あけみはふいに、いぬでもうように、たもとかたげて、うしろをめつけた。
「――っ、っ」
 げらげらと八十馬やそまわらって、
「おや、こいつあ、ほんものだな」
「うるさい」
「……そうでもねえのか」
「お馬鹿ばか
「なんだと」
「おまえこそ」
「ハハハハ、これやあいよいよ間違まちがいなしの本物ほんものだ。かあいそうに」
おおきなお世話せわだよ」
 つんとして――
いしをぶっつけるよ」
「おいおい」
 八十馬やそまはなれない。
ねえや、ちな」
らない、いぬっ、いぬっ」
 じつ朱実あけみこわかったのである。そうののしると、かれはらって、っしぐらにはしってしまった。そのむかし燈籠とうろう大臣おとどといわれた小松殿こまつどのやかたがあったあとだという萱原かやはらを、彼女かのじょは、およぐようにげてゆく。
「おういっ、ねえや」
 八十馬やそまは、猟犬りょうけんのように、かやなみおどってう。
 けたる鬼女きじょくちている夕月ゆうげつが、ちょうど鳥部とりべやまあたりにえる。おりから生憎あいにくちかけて、このあたりはひととおらない。もっとも、そこから二町にちょうほど彼方かなたを、一群ひとむれの人間にんげんが、とぼとぼやまほうからりてるのはあったが、朱実あけみ悲鳴ひめいいても、こっちへすくいにけつけてようとはしなかった。――なぜならばその人々ひとびとみなしろかみしもしろ編笠あみがさをかぶり、数珠じゅずって、まだ野辺のべおくりをすましてなみだかわかないでいるひとたちであったから。