136・宮本武蔵「火の巻」「奔馬(5)(6)」


朗読「136火の巻48.mp3」14 MB、長さ: 約 10分 13秒

 おどろぐせがついているうまである。そうふかはいったやいばではないが、うま悲鳴ひめいたいななきは非常ひじょうなものであった。しり傷口きずぐちからいてあばれるのだった。
 梅軒ばいけんは、なにか意味いみわからない大声おおごえをあげ、おつうから自分じぶんかたなをもぎろうとして、彼女かのじょ手頸てくびをつかまえかけたが、くるったうま後脚うしろあしは、その二人ふたりばして、竿さおちの姿勢しせいになると、はなをふるわしてまたたかくいななき、そのままつるをきってはなったように、かぜおこしてまっしぐらにしてしまう。
「わっ、や、やいっ」
 うまげてゆく砂塵さじんむかって、梅軒ばいけんンのめった。憤怒ふんぬいきおいはりたてられたが、いつけるはずは勿論もちろんない。
 そこで血眼ちまなことなったすごいひとみを、おつうのほうへけたのであるが、おつうのすがたも、途端とたんにどこにもあたらない。
「あっ?」
 こうなると、梅軒ばいけんあおすじはいよいよ、こめかみにふくれあがった。――ると、自分じぶんかたなみちばたの赤松あかまつかたにほうしてある。びつくようにひろいあげて、そこをのぞくと、ひくがけした農家のうかかや屋根やねえる。
 うまに、ねとばされたはずみに、おつうはそこへころちたものとえる。もうそのとき梅軒ばいけんにも、彼女かのじょ武蔵むさしなんらかの交渉こうしょうのある人間にんげんちがいないということはかんがえられていた。武蔵むさしほうにもかれるが、おつうのがしてくことも忌々いまいましい。
 がけりて、
「どこへ?」
 うめきながら、梅軒ばいけんは、そこの百姓家ひゃくしょうやのまわりを大股おおまたまわってあるいた。
「どこへせやがったか」
 えんしたをのぞいたり、納屋なやけたりしているかれ狂人きょうじんみたいなさまを、のような農家のうか老人ろうじん糸車いとぐるまかげから恐怖きょうふにすくんでているだけだった。
「ア! ……あんなほうに」
 やがてかれつけた。
 ふかいひのきさわには、まだたにゆきのこっている。その渓谷けいこくむかっておつうは、檜林ひのきばやしきゅう傾斜けいしゃを、きじみたいにりていた。
「いたなッ」
 梅軒ばいけんうえからこういいかぶせると、おつうおもわずりかえった。つちくずれてくよりもはやかれ姿すがたは、おつうのうしろへ接近せっきんしていた。かれ右手みぎてにはひろいあげた白刃しらはがそのままたれていたが、相手あいてをそれでたお意思いしはなかった。武蔵むさしみちづれでもあれば、武蔵むさしをつかまえるおとりにもなろうし、武蔵むさしさきけるかともかんがえたのであろう。
阿女あまっ」
 ひだりをのばして、その指先ゆびさきは、おつう黒髪くろかみれた。
 おつうをすくめて、にしがみついた。あしをふみすべらすとからだ振子ふりこのようにがけび、はげしく左右さゆうまわされた。かおのうえむねなかへ、つち小石こいしがざらざらとくずれてくる。梅軒ばいけんおおきなと、白刃しらはえずそのうえにあった。
「ばか、ばか、げるか。――もうそこからしたは、渓川たにがわ絶壁きったてだぞ」
 ひょいと、まえをのぞくと何丈なんじょう真下ましたに、残雪ざんせつあいだいてはしっているみずあおえるのだった。――おつうはそれにすくいをかんじてもこわはしなかった。ひらりとすぐをそのちゅうへまかせるはずみっていた。
 かんじると、こわさよりもおそろしいはやさで、彼女かのじょは、武蔵むさしがどこにいるかをかんがえた。いや自分じぶん記憶きおく想像力そうぞうりょくのおよぶかぎりの武蔵むさし幻像げんぞうが、総毛立そうけだっッた頭脳あたまのうちで、暴風雨あらしそらつきみたいにえがかれた。
「――親方おやかたア、親方おやかたあ」
 どこでぶのか、谷間たにまこだまが、そのとき梅軒ばいけんを、よこらせた。

 がけうえ人間にんげんかおえた。三人さんにんおとこどもである。
親方おやかたあ」
 と、そのかおが、てんでにばわるのだった。
「なにをしてるんで。――はやくさきいそいでおくんなさい、いま四軒茶屋よんけんぢゃやのおやじにくと、夜明よあまえくらいうちに、そこで弁当べんとうをこさえさせて、伊賀谷いがたにのほうへはしってったさむらいがあったてえことですぜ」
伊賀谷いがたにかたへ?」
「そうです、だが、伊賀谷いがたにけようが、土山つちやまえて水口みなぐちようが、石部いしべ宿場しゅくばまできゃあみちはみなひとつになるから、はや野洲川やすがわ手配てはいしておけば、野郎やろうはきっとつかまるはずだ」
 遠方えんぽうからのそういうこえを、みみうらきながら、梅軒ばいけんは、ひかりしばりつけているように、自分じぶんまえすくんでいるおつうにらみつづけていた。
「おウいっ、てめえたちも、ちょっとここへりてい」
りてくんですか」
「はやくい」
「でも、愚図愚図ぐずぐずしているうちに、武蔵むさしのやつが、野洲川やすがわとおってしまうと」
「いいから、りてい」
「へい」
 梅軒ばいけんともにゆうべ無駄骨むだぼねった手輩てあいなのである。山歩やまあるきにはれきっているとみえ、ししのようにすぐ傾斜けいしゃりてて、おつう姿すがたに、そこではじめてづいたらしくあわせた。
 梅軒ばいけん早口はやくちにわけをはなして、三人さんにんしたにおつうをあずけ、あとから野洲川やすがわッぱってるようにめいじた。手下てしたどもは合点がってんして、おつうのからだへなわをまわしたが、しばるには痛々いたいたしいもするらしく、しきりと、彼女かのじょのうついている蒼白そうはく横顔よこがおを、さもしいぬすている。
「いいか、てめえたちも、おくれちゃならねえぞ」
 いいすてて、梅軒ばいけんましらのようにやまはらよこけ、やがてどこからりてったものか、伊賀谷いがたに渓流けいりゅうりて、はるかからこちらのがけいていた。
 そのちいさいかげ彼方かなたちどまって、口元くちもとをかざし、
野洲川やすがわうのだぞ、おれは間道かんどうってゆくから、てめえたちは、街道かいどうのほうを、なお入念にゅうねんに、てゆけよう」
 こっちの手輩てあいが、
「わかったあ」
 と、こだまかえすと、梅軒ばいけんは、ゆきまだら谷間たにまを、雷鳥らいちょうあるくようにぴょいぴょいと岩間いわまづたいにとおってしまった。

 よぼよぼな老馬ろうばといえども、にものぐるいにくるすと、下手へた手綱たづなではもうまらない。
 いわんや乗手のりて城太郎じょうたろう
 しり松火たいまつをつけられているように、傷口きずぐちっているれい奔馬ほんばは、あれから滅茶苦茶めちゃくちゃけだして、八百八谷はっぴゃくやだにという鈴鹿すずか山坂やまさかを、またたくとおし、蟹坂かにさか突破とっぱし、土山つちやま立場たてばり、松尾村まつおむらから布引山ぬのびきやまのすそをよこにして、まるで一陣いちじんのつむじかぜとおってくかのようないきおいでまるところをらなかった。
 よくちないでいるのはそのうえ城太郎じょうたろうで、
「あぶないっ、あぶないっ、あぶないっ」
 を、呪文じゅもんのようにさけびつづけながら、もうへつかまっているのではわなくなって、うま平頸ひらくびへ、をつぶって、きついていた。
 当然とうぜんうましりがおどるときは、かれのおしりうまはなれてたかくおどるので、その危険極きけんきわまることは、っているかれよりも、それを見送みおくったむら立場たてばひとたちのほうはるかにきもさむくした。
 すべらないかれであるからりるすべももとよりらないし、駒足こまあしめることなどは、なおさらおもいもよらない。
「――あぶないよッ、あぶないよッ、あぶないッ」
 かねてからおつうにせがんで、いちどうまってみたい、うまっておもうさまんでみたいと、駄々だだをこねて宿望しゅくぼうにしていた城太郎じょうたろうも、今日きょうはすっかりしたことであろう。こえはだんだん半泣はんなきになってて、呪文じゅもんのききめもたのみなくえてた。