133・宮本武蔵「火の巻」「風車(9)(10)(11)」


朗読「133火の巻45.mp3」21 MB、長さ: 約 15分 06秒

 ――だが、蒲団ふとんこたえなかった。
 鎖鎌くさりがまでつめっても、やりをしごいても、呶鳴どなっても、蒲団ふとんはあくまで蒲団ふとんであった。――そのなかているはずの武蔵むさしはもういなかったのである。
 やりで、それをくったおとこが、
「あっ……せたっ」
 狼狽ろうばいを、きゅうに、あたりへくばると、梅軒ばいけんは、かおのまえでつよくカラカラまわっている風車かざぐるまに、はじめてづいて、
「どこかのいているぞ」
 と、土間どまりた。
 しまった――というこえが、すぐもう一人ひとりおとこくちからはしっていた。その仕事場しごとばから土間どまづたいにうら台所だいどころつうじている露地出入ろじでいりの一枚いちまい――三尺さんじゃくほどはなしになっている。
 月夜つきよのように、戸外そとしもえていた。風車かざぐるまきゅう旋舞せんぶは、そこからんではりのようにかぜだった。
野郎やろう、ここからだ」
戸外そとものは、なにしていたのか――戸外そとものは」
 梅軒ばいけんは、あわてて、
「やいっ、やいっ」
 呶鳴どなって、いえそとまわすと、軒下のきしたや、そこらの物蔭ものかげに、くろかげが、のろりとひざでうごいて、
「……親方おやかたうまくきやしたか」
 と、こえひそませる。
 腹立はらだたしげに、
なにをいッてやがるんだ、てめえたちは、なんのために、そこでひからせていたんだ。野郎やろうはもう、かぜらって、ここからそとぱしッてしまった」
「えっ、げたって? ……いつのに」
ひとやつがあるか」
「はてな」
めッ」
 梅軒ばいけんは、そこの戸口とぐちを、したり、なかもどったり、じりじりしていたが、
鈴鹿越すずかごえか、街道かいどうもどるか、みち二筋ふたすじしかねえ、まだそうとおくへもくめえ、ッてみろ」
「どっちへ」
鈴鹿すずかのほうへは、おれがってみる、てめえたちは、下道しもいそげ」
 屋内おくないものと、戸外そとものとがかたまると、十人じゅうにんほどの人数にんずうだった。なかには、鉄砲てっぽうかかえているおとこもある。
 風態ふうていは、一様いちようでなかった。鉄砲てっぽうっているおとこ猟師りょうしらしいし、野差刀のざしよこたえているのは木樵きこりてさしつかえない。そのほかものもまず、大体だいたいそんな階級かいきゅうであるが、すべてが、宍戸梅軒ししどばいけんあごでうごいているところや、どこか兇猛きょうもうまなざしをそなえているてんからて、だれよりも、梅軒ばいけんそのもの第一だいいちけっして、ただ百姓ひゃくしょう鍛冶かじだけのおとことはれなかった。
 ふたになって、
つけたら、鉄砲てっぽうをぶっはなすのだ、それをいたら、一所ひとところけてい」
 いきまいてってった。
 しかし、そのはやあしで、半刻はんときうと、皆気みなきけてしまったらしい。やがて、がっかりした言葉ことばって、ぞろぞろともどってた。
 親方おやかた梅軒ばいけんののしられはしないかとおそれていたことも苦労ぐろうぎない。その梅軒ばいけんがすでにみなよりさきかえって、鍛冶小屋かじごや土間どまこしかけたまま、ぼんやり俯向うつむいていたからである。
「だめだ、親方おやかた
しいことをした」
 なぐさめがおにいうと、梅軒ばいけんは、
「しかたがねえ」
 忌々いまいましさのつけるように、そこのほたをつかんで、ひざがしらでポキポキり、
女房にょうぼうさけはねえか、さけでもせ」
 のこてて、自暴やけまきげこんだ。

 この夜半よなか騒々そうぞうしさに、乳呑児ちのみごをさましてきぬいている。梅軒ばいけん女房にょうぼうがそこからたままで、さけはもうないとこたえると、一人ひとりおとこが、それなら自宅じたくにあるのをってようといって戸外こがいった。
 みな近所きんじょんでいるらしいのである。さけるのもはやかった。あたためるいとまもなくそれを茶碗ちゃわんわして、
「どうも、業腹ごうはらでならねえ」
 とか、
忌々いまいましい若造わかぞうだぞ」
 とか、
命冥加いのちみょうが野郎やろうだ」
 などと、あとのまつりにぎないごとさかなにして、
親方おやかたはらをすえておくんなさい、戸外そと見張みはっていたやつだったんで」
 と、かれわせて、さきかすことにみなつとめた。
「おれもわるかった」
 梅軒ばいけんは、そうほかとがめようとはしない。たださけしたにがかおつきで――
なにも、あんな青二才一匹あおにさいいっぴきみなりておおかまてをしなくても、おれ一人ひとりでやればよかったかもれねえのだ。……だが、いまから四年前よねんまえ、あいつが十七歳じゅうななさいときに、おれの兄貴あにき辻風つじかぜ典馬てんまでさえ、ころされた相手あいてだとかんがえると――下手へた手出てだしは出来できねえとかんがえたものだから」
「だが親方おやかた、ほんとに今夜泊こんやとまったあの武者修行むしゃしゅぎょうが、四年前よねんまえに、伊吹いぶきのおこういえかくまわれていた小僧こぞうでしょうか」
んだ兄貴あにき典馬てんまのひきわせだろうよ――おれも初手しょてはそんなはみじんもいだいていなかったのだ。いち二杯酒にはいさけをのんでいるうちになにかのはなしから、野郎やろうはまさか、おれが辻風典馬つじかぜてんまおとうとで、野洲川野武士やすがわのぶし辻風黄平つじかぜこうへいだとはらねえもんだから、せきはらえきたことから、そのころはんでいたがいまでは宮本武蔵みやもとむさし名乗なのっているなどと、わずがたりにしゃべってしまった。……年頃としごろも、つらだましいも、兄貴あにき木剣ぼっけんころした、あのとき相違そういねえ」
かえがえす、しいことをしたなあ」
「このごろは、世間せけんおだやかになりぎたんで、たとえ兄貴あにき典馬てんまきていても、おれ同様どうよう住居すまいめしにもこまって、百姓鍛冶ひゃくしょうかじけるか山賊さんぞくにでもなるよりほかみちはなかったろうが――もねえせきはらくずれの足軽小僧あしがるこぞうに、木剣ぼっけんでたたきころされた兄貴あにきにざまは、おもすたびに、こうむねもとでむらむらとするのだ」
「あのときといった今夜こんや青二才あおにさいのほかに、もう一人ひとりわけえのがいましたね」
又八またはち
「そうそう、その又八またはちってえほう野郎やろうは、もぐさのおこう朱実あけみれて、すぐあのばん夜逃よにげしてしまった。……今頃いまごろ、どうしていやがるか」
兄貴あにき典馬てんまは、おこうまよわされていたので、ひとつは、あんな不覚ふかくもとになったのだ。これからさきも、またいつどこで今夜こんやのようにおこうかけるおりがないともいえねえから、てめえたちも、をつけていてくれ」
 さけがまわってたらしく、梅軒ばいけん居坐いすわったまま、榾火ほたびむかって、ねむそうにくびれた。
親方おやかたよこにおなんなせえ」
親方おやかたたほうがいい」
 武蔵むさしした蒲団ふとんあとへ、一同いちどうして親切しんせつにかかえれ、土間どまちていたまくらをひろっててがってやると、途端とたんに、宍戸ししど梅軒ばいけんをあいているあいだ怨念おんねんはなれておおきないびきをかいている。
かえろうぜ」
ようぜ」
 もと皆戦場みなせんじょうかせぎの野武士のぶし生業なりわいにして伊吹いぶき辻風典馬つじかぜてんま野洲川やすがわ辻風黄平つじかぜこうへい手下てしたと、おおぴらに名乗なのってはたらいていた人間にんげんたちのれのてなのである。時代じだいわれて百姓ひゃくしょう猟師りょうしになっても、まだひときばけっしてかれていない。どこかするどそなえたのが、やがて、ぞろぞろと鍛冶小屋かじごやからしも夜更よふけへってった。

十一

 そのあと何事なにごともなかったよるのように、このいえなかは、ひと寝息ねいきと、野鼠のねずみおとがどこかでするだけであった。
 時折ときおり、まだつかないらしい乳呑ちのが、おくでクスクスむずかっていたが、それもいつか、ぐさいやみあたたまるにしたがって、やんでしまう。
 すると。
 台所だいどころ仕事場しごとばとの土間どまつづきのすみに、たきぎんであって、そのわきには土泥竈どべっついがあり、荒壁あらかべには、みのかさなどがかけてあったが――そのかべった泥竈へっついかげから、みのがうごいた。
 みのはひとりでにがってゆくように、もとくぎへもどってかべにかけられ、そのかべなかからけむりのようにたかともおもえる人影ひとかげが、ぬっとった。
 武蔵むさしなのである。
 かれは、このいえからそとへ、一足ひとあしていなかった。
 先刻さっき寝床ねどこすとすぐ、そこの雨戸あまどけておいてから、みのをかぶって、たきぎ一緒いっしょせていたのである。
「…………」
 かれ土間どまあゆした。宍戸ししど梅軒ばいけん寝息ねいき天国てんごくあそんでいた。梅軒ばいけんはまた、はなやまいがあるとみえて、その鼾声いびきただならぬものだった。――武蔵むさしはすこしおかしくなったとみえ、やみなかおもわず苦笑くしょうをゆがめる。
「…………」
 さて――と武蔵むさしはその鼾声いびききながら一考いっこうしてみるのだった。
 宍戸梅軒ししどばいけんとの試合しあいはすでにおれがった。完全かんぜんったとおもう。
 だが、先刻せんこくからのはなしいていれば、このおとこ宍戸梅軒ししどばいけんというのはのちで、以前いぜんには野洲川やすがわ野武士のぶし辻風黄平つじかぜこうへいとなえていたものだとある。そして、自分じぶんがかつてころした辻風典馬つじかぜてんまとは、兄弟きょうだいである関係かんけいからして、自分じぶんをこよいころしてあに怨霊おんりょうをなぐさめようという、野武士のぶしずれのおとことしては、殊勝しゅしょうこころがけをっている。
 かしておけば、このあともまた、おりあるごとに、自分じぶんはかるにちがいない。一身いっしん安全あんぜんからいえば、ころしてしまうにかぎるが、ころすほどの値打ねうちがあるかどうか。
「……?」
 それを武蔵むさしかんがえてみるのであったが、やがてけっするところがいたのであろう、かれ梅軒ばいけんているすそのほうへまわって、そのかべ角掛つのかけから、一挺いっちょう鎖鎌くさりがまはずして、った。
 ――梅軒ばいけんめない。
 かおをのぞいて、武蔵むさしは、かまを、つめでひきした。あおじろいが、鉤形かぎがたになった。
 武蔵むさしはそのへ、がみいて、そして梅軒ばいけんのちょうどくびのところへかまをそっとせた。
(……よし!)
 天井てんじょうからがっている風車かざぐるまねむっていた。もし、かまがみかずにおいて、あしたのあさ、この父親てておやくびまくらからちていたりなどしたら、この風車かざぐるまわれうしなってまわるだろうとおもう。
 辻風典馬つじかぜてんまころしたのは、ころ理由りゆうもあったし、こちらもいくさあげくの血気一途けっきいちずでやったのである。しかし、宍戸梅軒ししどばいけん生命いのちうばってもなんらのえきはない。ないのみならず、この風車かざぐるま因果いんががやがてまた、ちちのかたきと自分じぶんんで、まわってることはおそろしい。
 さなきだに武蔵むさし今夜こんや、なんだかんだははちちおもされてならなかった。この家族かぞくたちのぐさいやみに、あまちちかおりのただよっているのもうらやましくて、なんだかるにしのびない気持きもちすらするのであった。こころのうちで、武蔵むさしは、
(お世話せわになりました。……では、あしたのあさまで、ごゆっくりおやすみなさい)
 そういのりながら、しずかに、雨戸あまどけて、そっとめて、このいえからさきたびへと、まだけぬよるった。