131・宮本武蔵「火の巻」「風車(5)(6)」


朗読「131火の巻43.mp3」14 MB、長さ: 約 10分 12秒

「――っているさ、おれもせきはらでははたらいた人間にんげんだ」
 そういてから、武蔵むさししたしみをおぼえ、梅軒ばいけんきゅう態度たいどえ、
「どこかでたようにおもっていたが、じゃあ、戦場せんじょうっているんだ」
 と、いった。
「すると、御主人ごしゅじんには、やはり浮田家うきたけ陣所じんしょに」
「おれはそのころ江州こうしゅう野洲川やすがわにいて、野洲川郷士やすがわごうしひとまきと、御陣借おしんしゃくをして合戦かっせん先手さきてになっていたのさ」
「そうですか、じゃあ、かおぐらいはあわせていたでしょう」
「おめえのれの又八またはちはどうしたい?」
「そのいません」
「そのとは、どこからのその? ……」
合戦かっせんあと、しばらく伊吹いぶきのあるいえかくまわれて、きず療治りょうちをしていましたが、そのいえわかれて以来いらいのことです」
「……おい」
 いて、もう寝床ねどこはいっている女房にょうぼうへ、
さけがなくなった」
「もう、おしまいでしょう」
「ほしい、もういまほど」
今夜こんやにかぎって、どうしてそんなに」
はなしが、だいぶおもしろくなってたのだ」
「もうありません」
岩公いわこう
 土間どますみむかってぶと、そこの板壁いたかべむこがわで、いぬでもきるようにガサカサわらおとをさせ、
親方おやかた、なんだえ」
 と、くぐってられるほどなけてかおした。
斧作おのさくんとこへって、酒一升借さけいっしょうかりてう」
 武蔵むさしは、飯茶碗めしぢゃわんって、
「おさきにいただきます」
 すると、
ちねえ」
 あわてて、梅軒ばいけんは、はしっているかれうでくびをつかんだ。
「せっかく、さけりにやったものを――」
拙者せっしゃのためなら、どうぞおしください。これ以上いじょうは、めません」
「まあいいわさ」
 といて、
「そうそう、鎖鎌くさりがまについて、おれにきたいといったが、おれのかぎりは、なんなとはなそう。それにしても、さけでもみながらでなくっちゃあ」
 岩公いわこうはすぐもどってた。
 つぼから、銚子ちょうしうつして、にあたためながら、梅軒ばいけんはもう自分じぶん知識ちしきかたむけて、鎖鎌くさりがまたたかいのあることを力説りきせつしていた。
 ――この鎖鎌くさりがまっててきあた場合ばあいなにより強味つよみおおてんは、けんとちがって、てき防禦ぼうぎょいとまあたえないことである。また直接ちょくせつてきあたるまえに、てき所持しょじしている武器ぶきくさりからんでうばばしてしまうもある。
「こう、ひだりかまみぎ分銅ふんどうつとする――」
 梅軒ばいけんは、すわったまま、かたをしてせ、
「――れば、かまをもってけ、けたせつなに、てきおもてへ、分銅ふんどうかえす。それも一手いって
 とまた、かまえをちがえて、
「こうなる場合ばあい――こうてき自分じぶんをおいてときは――相手あいて得物えものるのがこっちの目的もくてき太刀たちやりぼうなにむかってもそれは出来できる」
 そんなはなしをしたりまた分銅ふんどうかたについて、十幾通じゅういくとおりの口伝くでんのあることや、それによって、くさりへびのからだのように自由じゆうせんえがき、かまくさりと、こもごもに使つかって、てき完全かんぜんなる錯覚さっかく光線こうせんしばりつけ、てきふせぎをもって、かえっててき致命ちめいとさせてしまうところに、この武器ぶき玄妙げんみょうなところがあるなどともいった。
 ――武蔵むさし熱心ねっしんっていた。
 こういうはなしときかれは、全身ぜんしんみみにし、全身ぜんしん知識慾ちしきよくふくろにし、はなもののことばのなか自分じぶんっていた。
 くさりと――かまと――
 ふたつの
 さきはなしきながら、かれかれひとりのかんがえをひろげて、
けん隻手せきしゅ人間にんげん両手りょうて
 むねうちでつぶやいていた。

 二度にどめのつぼさけも、いつのにかそこしていた。梅軒ばいけんむにはんだが、武蔵むさしいたほうがおおかった。武蔵むさし自分じぶん酒量しゅりょうおもわずえて、ためしのないほどった。
女房にょうぼう、おれたちは、おくよう。ここの夜具やぐ客人きゃくじんにあげて、おく寝床とこいてくれ」
 かれ女房にょうぼうは、いつもここでねむおきてとみえ、梅軒ばいけん武蔵むさしんでいるあいだに、きゃくかまわずすぐそばへ夜具やぐをのべて、嬰児あかごともにもぐりんでいた。
客人きゃくじんも、つかれがたらしい、はややすむようにしてげねえか」
 先刻さっきから梅軒ばいけんきゃくたいしてきゅう親切しんせつかわっていたが、なぜ、ここへ武蔵むさしせて、自分じぶんたちの寝床ねどこおくへしけというのか、女房にょうぼう良人おっとのいいつけがきかねたし、また、折角足せっかくあしあたたまったところをきるのがいやさに、
「おきゃくは、岩公いわこう一緒いっしょに、道具小屋どうぐごやてもらうことになっているがな」
「ばか」
 寝床ねどこからいう女房にょうぼうにらんで、
「それは、きゃくにもよりけりだ。だまって、おく支度したくしてい」
「…………」
 寝衣ねまきすがたで、女房にょうぼうおくへぷいとはいってった。梅軒ばいけんねむっている嬰児あかごって、
「おきゃくむさ夜具やぐだが、ここならもあるし、夜半よなかのどかわけば、湯茶ゆちゃいている。ゆっくりと、この蒲団ふとん手足てあしをのばしたがいい」
 かれかくれるとしばらくしてあと女房にょうぼうまくらえてった。女房にょうぼうもそのときはふくれがおあらためて、
良人うちのひとも、えろううたし、たびづかれもあろうほどに、あしたのあさ寝坊ねぼうするというておりますでの、あなたも悠々ゆるゆるねむって、朝立あさだちには、あたたかい御飯ごはんなどべてきなされ」
 といってくれる。
「は。……どうも」
 武蔵むさしはそれしかいえなかった。草鞋わらじいて上衣うわぎさえもどかしいほどいがまわっていた。
「では、ご厄介やっかいになります」
 いうやいなや、いままでここの内儀ないぎあかぼう添寝そいねしていた夜具やぐなかへもぐりこんだ。夜具やぐなかには、母子おやこぬくみがまだあった。武蔵むさしからだはしかしそれよりもあつかった。おくとのさかいって、その様子ようすをじっとながめていた女房にょうぼうは、
「……おやすみ」
 しずかにいって、燈火あかりしてった。
 しいんとあたまかねでしめつけられるような悪酔わるよいがのぼってる。みゃくがずきずきときこえるほどたかつ。
 はてな、どうしておれは今夜こんやかぎって、こうりょうえてんでしまったのか? ――武蔵むさしくるしいのでかるいを胸先むなさきびおこした。――梅軒ばいけんがしきりとすすめたからではないかとおもう。だが、あのひとひとともおもわない梅軒ばいけんきゅうさけしたり、あの無愛想ぶあいそう女房にょうぼうがやさしくなったり、ここのあたたかい寝場所ねばしょゆずってくれたり――なんきゅう態度たいどってかわったのか?
 武蔵むさしはふと、おかしいとおもったが、思索しさくのまとまらないうちに、昏睡こんすいあたまにかかっていた。――そしてまぶたおもくあわせると、おおきないきふたつほどして、夜具やぐえり眼元めもとまでかぶった、こんどはすこし、寒気さむけがするらしく。
 のこっているまきが、時折小ときおりちいさいほのおてて、武蔵むさしひたい明滅めいめつした、ふか寝息ねいきがそのつぎきこえる。
「…………」
 しろかおが、そのころまで、そことおくとのさかいたたずんでいた。梅軒ばいけん女房にょうぼうであった。びた、びた、とむしろねばりつく跫音あしおとが、しのびやかに良人おっとのいる部屋へやかえってった。