130・宮本武蔵「火の巻」「風車(3)(4)」


朗読「130火の巻42.mp3」13 MB、長さ: 約 9分 21秒

 鈴鹿すずかえて水口みなぐちから江州草津ごうしゅうくさつへ――この道筋みちすじは、京都きょうとあがるには当然とうぜん順路じゅんろであるので、武蔵むさしはつい先頃さきごろとおったばかりのところであるが、年暮くれいっぱいに目的地もくてきちき、初春はるはそこで屠蘇とそみたし――という気持きもちもあって、すぐたのであった。
 このあいだたずねてって、留守るすった宍戸梅軒ししどばいけんには、他日たじつおりがあればとにかく、いて出会であおうという執着しゅうちゃくせていたが――ここではからずもってみると、これはどうしても梅軒ばいけん鎖鎌くさりがまなるものを一見いっけんする宿縁しゅくえんふかいものといわなければならない。
「よほど、ごえんがあるとみえる。じつは、過日かじつ留守るすに、雲林院うじいむら尊宅そんたくへうかがって御内儀ごないぎとおもうした――宮本武蔵みやもとむさしという修行中しゅぎょうちゅうものですが」
「ああそうか」
 梅軒ばいけんは、どういうわけか、心得顔こころえがおで――
山田やまだ旅籠はたごとまって、おれと試合しあいをしたいといっていたものか」
「おきですか」
荒木田様あらきださまところへ、おれがっているかとあわせをしたろう」
しました」
「おれは、荒木田様あらきださま仕事しごとったにはちがいないが、荒木田様あらきださまいえになどいるわけはない。神社町じんじゃまち仲間なかま仕事場しごとばりて、おれでなければ出来できない仕事しごとかたづけていたのだ」
「あ……それで」
山田やまだ旅籠はたごとまっている武者修行むしゃしゅぎょうが、おれをさがしているとはいたが、面倒めんどうくさいのでほうっておいた――それはおめえだったのか」
「そうです。鎖鎌くさりがま達人たつじんとか、うわさいて」
「はははは、女房にょうぼうったかい」
御内儀ごないぎが、ちょっと、八重垣流やえがきりゅう仕型しかたをおせくだされたが」
「じゃあ、それでいいじゃないか。なにも、おれのあとっかけて、試合しあいしてみるにもおよぶまい。おれがしてみせても、あのとおりだ。――それ以上いじょうせてもいいが、途端とたんに、おめえは冥途めいどっていなければならねえしな」
 留守るすをしていた女房にょうぼうもさるものであったが、この亭主ていしゅ傲慢ごうまん天狗てんぐである。兵法へいほう傲慢ごうまんとは、どこへってもつきもののようにはなにつくが、それほど自尊心じそんしんもなくては、刃物はもの天狗てんぐうえんでいられない理由りゆうもある。
 武蔵むさしにしても、もうそういう梅軒ばいけんを、こころのすみではんでいる気概きがい十分じゅうぶんにある。けれど、かれには見境みさかいいのない鵜呑うのみは出来できなかった。それは、人生じんせいへの出発しゅっぱつ第一歩だいいっぽに、世間せけんにはいくらも上手うわてがいるぞという実例じつれいを、グワンとらわせてくれた沢庵たくあんおしえがあるし、また、宝蔵院ほうぞういん小柳生城こやぎゅうじょうんであるいたたまものである。
 気概きがい自尊心じそんしんをもって、相手あいてんでかかるまえ武蔵むさしは、細心さいしんと、あらゆる角度かくどから、相手あいて価値かちはかってみる。ときには臆病おくびょうなほど、卑屈ひくつなほど、応対おうたい態度たいどには下段げだんかまえをとっておいて、
(この人間にんげんはこのくらい)
 と、見極みきわめのついたあとでなければ、滅多めったに、さき言葉ことば物腰ものごし不遜ふそんたいして、自分じぶん感情かんじょうをみだすようなことはなかった。
「はい」
 と、青年せいねんらしい下段げだん返辞へんじをして、
っしゃるとおり、御内儀ごないぎから拝見はいけんしただけで、十分じゅうぶん勉強べんきょうにはなりましたなれど、なお、ここでおにかかったごえんをもって、鎖鎌くさりがまについてのご意見いけんでもうかがえれば、有難ありがたいとぞんじまするが」
はなしか。――はなしだけならしてやってもいい。今夜こんやは、せき宿やどとまるのか」
「そうおもいましたが、おさしつかえなければ、ついでのことに、尊宅そんたくへ、もう一宿いっしゅく、おゆるしくださるまいか」
旅籠はたごじゃねえから、夜具やぐはないぜ。そこの岩公いわこうなら、とまってゆくさ」

 そこへいたのは夕刻ゆうこく
 あか夕雲ゆうぐもしたに、鈴鹿山すずかやまやまふところの部落ぶらくは、みずうみのようにあかるくしずんでいた。
 岩公いわこうさきしてげたので、鍛冶かじいえ軒端のきはたには、見覚みおぼえのあるいつぞやの女房にょうぼういてて、ちちのみやげの風車かざぐるまとともにげ、
「ほら、ほら、ほら。てて彼地あちからかえってえた。ちちえたろ、ちちが――」
 傲慢ごうまんものみたいな宍戸ししど梅軒ばいけんとおくからて、あめのように相好そうごうをくずし、
「ホイ、ホイ。――ぼうやか」
 をあげて、五本ごほんゆびおどらせてせる。旅帰たびがえりだから仕方しかたがないが、この夫婦ふうふは、やがていえなかすわると、そのあかぼうと、べつなはなしって、ともいて今夜こんや一泊いっぱくをたのんだ武蔵むさしなどは眼中がんちゅうにない。
 やっと、飯時めしどきになって、
「そうそうあの武者修行むしゃしゅぎょうにも、めしをやれ」
 と梅軒ばいけんおもしたように、仕事場しごとば土間どまにまだ草鞋わらじかず、ふいごにあたっている武蔵むさして、女房にょうぼうにいいつけた。
 女房にょうぼうもまた、愛想あいそがなく、
「あのしゅうは、このあいだ留守るすて、とまってったのだに」
岩公いわこう一緒いっしょかせてやれ」
「いつぞやは、ふいごのそばに、むしろいててもろたのじゃ、今夜こんやもそうしてもろたがいい」
「おい、わかいの」
 梅軒ばいけんむかっているには、さけあたためてあった。さかずきを、土間どまけて、
さけをのむか」
きらいではありません」
一杯いっぱいのめ」
「はい」
 武蔵むさしは、土間どま部屋へやのさかいにこしかけ、
頂戴ちょうだいいたします」
 と、さかずきれいをしてくちれた、みたいな地酒じざけだった。
「ご返杯へんぱいを」
「まあ、それはっていねえ、おれはこっちのやつむから――とき武者修行むしゃしゅぎょう
「はっ」
幾歳いくさいだい、わかいようだが」
けて、二十二歳にじゅうにさいむかえます」
故郷こきょうは」
美作みまさかです」
 ――というと宍戸梅軒ししどばいけんれていたが、武蔵むさし全姿ぜんしをきびしく見直みなおした。
「……さっき、なんとかいったな……だ……だ……おめえのだ」
宮本武蔵みやもとむさし
武蔵むさしとは」
きまする」
 そこへ女房にょうぼうが、しるわん漬物つけものはし飯茶碗めしぢゃわんってて、
「おあがり」
 と、むしろうえかにく。
「そうか……」
 宍戸梅軒ししどばいけんは、ふたいきいてから、ひとごとのようにうなずいて、
「さ、あつくなった」
 と、武蔵むさしさかずきぎ、唐突とうとつにこうたずねた。
「じゃあおめえは、幼名ようみょうだったのか」
「そうです」
十七歳頃じゅうななさいごろにも、そうんでいたか」
「はい」
十七じゅうななときに、おめえ、又八またはちというおとこと、せきはらいくさやしなかったか?」
 武蔵むさしは、ちょっとおどろいて、
御主人ごしゅじんには、ようごぞんじでございますな」