126・宮本武蔵「火の巻」「冬かげろう(4)(5)」


朗読「126火の巻38.mp3」11 MB、長さ: 約 7分 43秒

 ばたばたと小走こばしりに草履ぞうりおとうしろへていた。先刻さっき子等之館こらのたちからったおさな巫女みこ一人ひとりで、
「お師匠ししょうさま、お師匠ししょうさま。あちらで、禰宜ねぎさまんでいらっしゃいますよ。なにか、おたのみがあるんですって」
 と、おつうびかけ、おつう振向ふりむくとすぐにまた、もとのほうへはしってった。
 城太郎じょうたろうは、なにか、びくっとしたように、四辺あたり樹々きぎまわした。
 ふゆ樹洩こもは、さざなみのように、そよこずえから大地だいちへこぼれていた。城太郎じょうたろうはそのひかりなかに、じっと、なに幻想げんそうでもえがくようなをしていた。
「――城太じょうたさん、どうしたんです。なにをきょろきょろまわしているの」
「……なんでもない」
 さびしげに城太郎じょうたろうゆびんだ、そしてこういった。
いま、あっちへったが、いきなりお師匠様ししょうさまんだろう。……だから、おいらは、自分じぶんのお師匠ししょうさまかとおもってさ――。どきっとしたんだよ」
武蔵むさしさまのこと?」
「あ、あ」
 くちのきけないひとのように、城太郎じょうたろう空虚うつろ返辞へんじをすると、おつうはさなきだにかなしくなってしまって、途端とたんに、嗚咽おえつしたいようなものが、ともはなともわからない感情かんじょうせんをつきげてるのだった。
 ――そんなこと、いいしてくれなければよいのに、と城太郎じょうたろう無心むしんにいったことばがつらくてうらめしくなってしまう。
 一日いちにちとして、武蔵むさしをわすれないことが、おつうにはくるしい重荷おもにだった。なぜそんな重荷おもにててしまわないのか――そして平和へいわさとで、よい女房にょうぼうになりよいもうとしないのか――とあの無情むじょう沢庵たくあんはいうが、おつうみみには、こいらない禅坊主ぜんぼうずあわれむこころこそおこるが、きしめているいまのものを、こころからてたいなどとはゆめにもおもわれないのである。
 こいは、虫歯むしばのように、どうにもならないいたみをつ。ふとまぎれているあいだこそ、おつう何気なにげなくしているが、おもすと、もたてもなくなって、あてがないまでも、諸国諸街道しょこくしょかいどうあしにまかせてさがあるき、武蔵むさしむねかおててきたい。
「……ああ」
 おつうは、だまってあるきだした。――何処どこに、何処どこに、何処どこに? ――およそきとしけるもの数多あまたなやみのうちでも、れたくて、やるせなくて、どうにもならないもだえは、えないひとわんとする人間にんげん焦躁しょうそうであろう。
 ポロリと、なみだをこぼしながら、おつう自分じぶんむねきしめて、黙々もくもくあしはこんでいた。――そのとそのむねとのあいだには、あせくさい武者修行風呂敷むしゃしゅぎょうふろしきと、柄糸つかいとくさっているようなおも大小だいしょうがかかえられている。
 だがおつうは、らなかった。
 うすぎたないそのあせのにおいが、武蔵むさしからだものであるなどとどうしてかんがえられようか。おもいというかんじのほか、おつうっていることさえうっかりしていた。こころのすべてを武蔵むさしのことにめられて。
「……おつうさん」
 城太郎じょうたろうは、彼女かのじょあとからまないかおしていてた。禰宜ねぎ荒木田様あらきださまもんなかへ、彼女かのじょのさびしそうなかくれかけると、たもとへびついて、
おこったの? おこったの?」
「……いいえ、なにも」
「ごめん。――おつうさん、ごめんね」
城太郎じょうたろうさんのせいじゃありませんよ、またわたしのきたいむしおこったんでしょう。わたしは、荒木田様あらきださま御用ごよううかがってますから、おまえは、あちらへもどって、一生懸命いっしょうけんめいにお掃除そうじをなさいね」

 荒木田あらきだ氏富うじとみは、自分じぶんやしき学之舎まなびのやづけて、学校がっこうてていた。そこにあつまる生徒せいとは、ここの可愛かわいらしい巫女みこのみにかぎらない。神領三郡しんりょうさんぐんのさまざまな階級かいきゅう五十人ごじゅうにんほどかよってる。
 氏富うじとみは、いま社会しゃかいではあまりはやらない学問がくもんをここでおさなものたちにおしえていた。それは文化ぶんかのたかいという都会地とかいちほどかろんじられている古学こがくであった。
 ここの子女しじょが、その学問がくもんることは、この伊勢いせもりがある郷土きょうどとしても、ゆかりがあるし、国総体こくそうたいうえからも、いまのように、武家ぶけ盛大せいだいが、国体こくたい盛大せいだいかのようにえて、地方ちほうのさびれかたが、くにのさびれとはだれおもわないようななかに、せめて、神領しんりょうたみなかにだけでもこころのなええておけば、いつかは生々せいせいとこのもりのように、精神せいしん文化ぶんかしげもあろうか――という、これはかれ悲壮ひそう孤業こぎょうなのであった。
 むつかしい古事記こじきや、中華ちゅうか経書けいしょなども、氏富うじとみは、どものみみになじむように、あい根気こんきをもって毎日話まいにちはなした。
 氏富うじとみが、そんなふうに、十数年じゅうすうねんむことなく、教育きょういくしているせいか、この伊勢いせでは、豊臣秀吉とよとみひでよし関白かんぱくとして天下てんか掌握しょうあくしようが、徳川家康とくがわいえやす征夷大将軍せいいたいしょうぐんとなって、をふるってせようが、世間一般せけんいっぱんのように、英雄星えいゆうほし太陽たいようとまちがえるような錯誤さくご三歳さんさい童児どうじっていない。
 ――いま氏富うじとみは、その学之舎まなびのやのひろいゆかから、すこしあせばんだかおをしてた。
 生徒せいとたちは、そこをると、はちのようにかえってった。すると一人ひとり巫女みこが、
禰宜ねぎさま。おつうさまが、あちらでっておりますよ」
 とげた。
「そうそう」
 氏富うじとみおもして、
びにやっておきながら、すっかり、わすれていた。どこへているか」
 おつうは、学問所がくもんじょそとって、あの大小だいしょうをまだかかえたまま、先刻さっきから氏富うじとみ子供こどもたちへ熱心ねっしんにしているはなしを、そこでいていたのであった。
「――荒木田様あらきださま、ここにおります。おつうでございますが、なにか、御用ごようでございましょうか」