125・宮本武蔵「火の巻」「冬かげろう(2)(3)」


朗読「125火の巻37.mp3」13 MB、長さ: 約 9分 26秒

 蕭々しょうしょうと、落葉樹らくようじゅ冬木立ふゆこだちは、このともおもえない、神苑しんえんのそよかぜっていた。
 ひとすじのけむりが――そのけむりさえなんとなく神代しんだいのもののように――疎林そりんなかからあがっている。そのけむりしたには、竹箒たけぼうきっている城太郎じょうたろう姿すがたがすぐ聯想れんそうされた。
 おつうあしめて、
(あそこで、はたらいている)
 とおもうた。そうおもうだけでも、微笑ほほえみがほおへのぼってるのである。
 あの腕白わんぱくが。
 あの、きかんぼうが。
 このごろはよく素直すなおに、自分じぶんのいうことをきき、また、あそびたいさかりを、ああやってはたらいてくれるとおもう。
 パーン、パーンとるようなおとひびいてる。おつうは、おも大小だいしょうりょうにかかえていたが、ついはやし小道こみちはいって、
城太じょうたさアーン」
 すると、
 やがてはる彼方あなたで、
「おおウいっ」
 相変あいかわらず元気げんきにみちた城太郎じょうたろう返辞へんじきこえ、もあらずそれはけて跫音あしおととなって、
「おつうさんか」
 と、のまえにった。
「まア、お掃除そうじをしているのかとおもったら、その恰好かっこうなんですか。――白丁はくちょうているくせに、木剣ぼっけんなどって」
稽古けいこをしていたんだよ。立木たちき相手あいてに、剣術けんじゅつ独稽古ひとりげいこを」
「お稽古けいこ結構けっこうですけれど、このおにわを、なん心得こころえているんですか。清浄せいじょう平和へいわをあらわすためのわたくしたち日本にほん人々ひとびとのこころのおにわですよ。たみくさのははとおまつりもうしあげてある女神めがみさまの神域しんいきです。――ですから、また、ごらんなさい。神苑しんえんのうちの樹木折じゅもくおるべからず、鳥獣殺生禁断ちょうじゅうせっしょうきんだんのことという禁札きんさつててあるではありませんか。そのなかで、お掃除役そうじやく奉仕ほうしするものが、木剣ぼっけんなどってはいけないでしょう」
ってらい」
 城太郎じょうたろうはそういって、おつうのお談義だんぎへ、ばかにするなというようなかおつきをした。
っているなら、なぜそんなもので、るんですか。荒木田様あらきださまつかると、しかられますよ」
「だって、れているつならいいだろう。でもいけないかい?」
「いけません」
なにいってやがるんだい。――じゃあおれは、おつうさんにきたいことがあるよ」
「なあに」
「そんなに、大切たいせつにわならば、なぜもっと、いまひとたちが、みなして大事だいじにしないのだい」
はじですね、ちょうど、それは自分じぶんたちのこころに、雑草ざっそうやしてくのもおなじですから」
雑草ざっそうぐらいならよいが、かみなりけたかれたままちているし、暴風雨あらしでふきたおされた大木たいぼくは、したまま方々ほうぼうれている。彼方此方あっちこっちのおやしろは、とりて、屋根やねッつくものだから、あめっているようだし、ひさしこわれているところだの、まがっている燈籠とうろうだの――どうしてこれがそんなに大切たいせつところえるかい? え、おつうさん、おれはきたいね――大坂城おおさかじょう摂津せっつうみからても燦爛さんらんひかっているじゃないか。徳川家康とくがわいえやすいま伏見城ふしみじょうはじ諸国しょこく十幾じゅういくつもおおきなしろきずかせているというじゃないか。京都きょうと大坂おおさか、どこの大名だいみょう金持かねもちやしきをのぞいても、住居じゅうきょはぴかぴかしているし、にわ利休りきゅうだの遠州えんしゅうだのって、ちりひとつさえちゃあじさわるなんていっているのに――ここがこんなでいいものかね。このひろ神領しんりょうほうきっているのは、おれと、白丁はくちょうみみ不自由ふじゆうじいさまと、さん四人よにんしかいないんだぜ」

 おつうは、くすりとしろあごすくって、
城太郎じょうたろうさん、それはおまえ、いつか荒木田様あらきださまっしゃった講義こうぎときのおはなしと、そっくりじゃないの」
「あ、おつうさんもあのときいてた?」
いていましたとも」
「じゃ駄目だめだ」
「そんな請売うけうりは、通用つうようしませんよ。――だけれど、荒木田様あらきださまがそういってなげくのはほんとだとおもいます。城太郎じょうたろうさんの請売うけうりには感心かんしんしないけれど」
「まったくだ。……荒木田様あらきださまにいわれてみると信長のぶながも、秀吉ひでよしも、家康いえやすも、みんなえらくないがしちまう。えらいにはちがいないんだろうけれどさ、天下てんかっても、その天下てんかで、自分じぶんだけがえら頂上ちょうじょうだとかんがえていることが、えらくないや」
「でも、まだまだ信長のぶなが秀吉ひでよしは、ましなほうなんです。世間せけん自分じぶんへのわけだけにでも、京都きょうと御所ごしょをしつらえたり、人民じんみんをよろこばしたりもしていますからね。――ところが足利氏あしかがし幕府ばくふだった永享えいきょうから文明年間ぶんめいねんかんなんて、たいしたものでした」
「へ? どういうふうに」
「そのあいだには応仁おうにんらんなんていうとしがあったでしょう」
「ウム」
室町幕府むろまちばくふ無能むのうだったので、内乱ないらんばかりおこって、ちからのあるものちからのあるものとが、自分じぶんたちの権力けんりょくばかりとおそうとして、人民じんみんたちは一日いちじつとて、やすもなかったほどですから、くにのことなんか、まじめにかんがえてみるひともありません」
山名やまな細川ほそかわなんかの喧嘩けんかだろう」
「そうそう、いくさを、自我じがのためにばかりしていました、のつけられない私闘時代しとうじだい。――そのころ荒木田様あらきださまとおさきは、荒木田あらきだ氏経うじつねといって、やはり代々だいだい、この伊勢いせ神主かんぬしさまをつとめていたんですが、なか我利がり我利武者がりむしゃが、わたくしの喧嘩けんかばかりしているために、応仁おうにんらんころからは、たれもこんなところをかえりみるものがなく、古式こしき御神事ごしんじもすっかりすたれてしまったのです。それを前後二十七度ぜんごにじゅうななども、政府せいふ嘆願たんがんして、ここの荒廃こうはいをおこそうとしたのですが、朝廷ちょうていには費用ひようがなく、幕府ばくふには誠意せいいがなく、我利我利武者がりがりむしゃは、自分じぶんたちの地盤争じばんあらそいにまなこで、ててかえりみるものもなかったということです。――氏経様うじつねさまは、そのなかを、とき権力けんりょく貧苦ひんくとたたかい、諸人しょじんきあるいて、やっと明応めいおう六年ろくねんころ、仮宮かりみや御遷宮ごせんぐうをすることができたというのです。――ずいぶんあきれるじゃありませんか。――だけど、かんがえてみると、わたしたちも、おおきくなると、このからだなかに、ははちちがながれてあかくなっていることはわすれてしまっていますからね」
 すっかりおつう熱心ねっしん喋舌しゃべらせてしまってから、城太郎じょうたろうをたたいて退き、
「アハハハ。あははの、あははだ。おれがだまっていていればらないとおもって、おつうさんのもみんな、請売うけうりじゃないか」
「あら、ってたの、――ひとわるい!」
 と真似まねをしたが、りょうにかかえている大小だいしょうおもさに、ただ一足追ひとあしおって、わらいながらにらんだ。
「オヤ」と、城太郎じょうたろうってて、
「おつうさん、その刀誰かたなだれのだい? ……」
「いけませんよ、しても、これは他人ひとものですから」
りやしないから、せてごらんよ。――おもそうだね。おおきなかたなだね」
「それごらん、すぐほしそうなをするくせに」