115・宮本武蔵「火の巻」「物干竿(1)(2)」


朗読「115火の巻27.mp3」13 MB、長さ: 約 9分 43秒

物干竿ものほしざお

 ――ハハアかけました。さるせた派手はでやかな若衆わかしゅですね、そういう扮装よそおいの若衆わかしゅならばさっきとおりましたよ、というものがある。
 どこで、どこで。
 なに高津こうづ真言坂しんごんざかりて農人橋のうじんばしのほうへったと。そしてはしえずに東堀ひがしぼり刀屋かたなや店頭てんとうでもたというか。
 さてこそ、がかりはついたぞ、それだそれだ、そいつにちがいない。
「それけ」
 とばかり、くもをつかむような相手あいてって、夕方ゆうがた往来おうらいものをそばだたしめて一群ひとむれおとこどもがここにある。
 もう東堀ひがしぼり片側町かたがわちょうりていたころなのである。一人ひとりなかはいって、そこの刀師かたなしなにやらいかめしく詮議せんぎだてしていたが、やがてのこと、戸外こがいて、
天満てんまけ、天満てんまけ」
 とさきってまたいそす。
 けながらほかものが、
「わかったのか」
 吉左右きっそうただすと、
きとめた」
 とそのものりきみかえる。
 いうまでもなくこの一群いちぐんは、今朝けさから住吉すみよし中心ちゅうしんとして、渡海場とかいばから小猿こざるたずさえて市中しちゅうはいったれいの美少年びしょうねんあとさがまわっている吉岡門下よしおかもんかものたちだった。
 いまそこの刀剣師とうけんしみせくと、真言坂しんごんさかから手繰たぐってきたがかりはどうやら間違まちがいないらしい。たしかにみせろす黄昏たそがれごろ、かた小猿こざる店頭てんとうほうって、こしをおろした前髪まえがみさむらいがあったという。
あるじはいるか)
 とかれたが、生憎あいにく不在ふざいなのでそのよし職人しょくにんこたえると、
たのみたい研物とぎものってたのだが、比類ひるいのない名刀めいとうだからあるじがいなくてはちと不安心ふあんだ。いったいおまえいえでは、とぎ装剣そうけん仕事しごとにかけて、どれほどのうでがあるのかたしかめてからのことにしたい。――なにかここのあるじいだものがあるならせろ)
 ということなので、かしこまって、しかるべきかたな幾口いくふりしてせると、それぞれ無造作むぞうさ一見いっけんしてあと
(つまらぬ鈍刀なまくらばかりをおまえみせではがけているとえるな。そういう研師とぎしにかけるのはこころもとない。わしがたのもうというかたなかたっているこの物干竿ものほしざおという名称めいしょうのある伝来でんらい逸品いっぴん無銘むめいだがかくのとお摺上すりあげもない備前物びぜんもの名作めいさくだ)
 とてそれをギラリといてしめしながら、さんざん自分じぶんかたな自慢じまんべたてるので、職人しょくにんもやや片腹かたはらいたくおもって、なるほど物干竿ものほしざおとはよくけましたな、きょくもなくてただながいだけが取柄とりえだとつぶやくと、すこし機嫌きげんわるくして、にわかこしげ、天満てんまから京都きょうとへのぼるふねはどこからるのかとみちいたうえ
(ひとつ、京都きょうとがせよう。大坂おおさかはどこの刀屋かたなやのぞいても、雑兵ぞうへい数物かずものばかり荒砥あらとにかけておる、イヤ邪魔じゃまをいたした)
 と、すずしいかおして、さっさとってしまったというのである。
 いかさまけばくほど生意気なまいき青年せいねんらしい。祇園藤次ぎおんとうじまげをチョンっていよいよおもがっているに相違そういない。こうしてあとからあのへのむかえがちゅうんで自分じぶんせまってきつつあるのもらずに、得々とくとく大手おおでってあるいているものとおもわれる。
「みろ、青二才あおにさい
「もう首根くびねッこをおさえたのもおなじこと。いそぐにもおよばん」
 あさからあるきづめである。くたびれたのがこういった。するとさきけているのが、
「いやいや、いそがねば駄目だめだぞ。よどのぼりは、いまごろるのがたしか仕舞しまぶねはず
 とあえいでいった。

 天満てんま川波かわなみると、
「やっ、いかん」
 さきのがさけんだので、
「どうした?」
 つぎのがいうと、
「もう船着ふなつき茶屋ぢゃや床几しょうぎかさねておる。かわにもふねえぬ」
てしまったか」
 はずみあういきそろえて、どやどやそこにたたずんで、しばしはかれたように川面かわもていたが、みせをしまいかけた茶屋ちゃやものたずねると、たしかに小猿こざる前髪まえがみったとある。そしてまた、その仕舞しまぶねがここをはなれたのはついいまがたで、まだこのさき船着場ふなつきばである豊崎とよさきまでは、さかのぼっていまいともいう。
 それにくだりははやいが、のぼぶね遅々ちちたるものである。おかはしってもいつきましょうという言葉ことばに、
「そうだ、なにもがっかりすることはない。ここでわなかったとすれば、もういそがずともよい、一息入ひといきいれてこう」
 ちゃをのんだり、もち駄菓子だがしなどを頬張ほおばったうえ、さてまた、かわ沿ってくらみちいそぎにいそいでった。
 ひろいやみ彼方あなたに、銀蛇ぎんだかわのすがたが二股ふたまたけていた。ひとすじの淀川よどがわ中津川なかつがわ天満川てんまがわとにわかれるところである。そのあたりにチラとあかりえた。
ふねだっ」
いついたぞ」
 七名ななめいいろめきつ。
 あしはみなもののようにひかっていた。一草いっそうあおいものすらないはたけであった。しもをふくむかとおもわれるようなかぜだったが、さむいなどということはかんがされない。
「しめた」
 距離きょりは、いよいよちぢまる。
 あきらかにそれとわかると、つい思慮しりょもなく、一人ひとり呶鳴どなってしまった。
「おおウいっ。――その船待ふねまてっ」
 するとふねから、
「なんじゃあ……」
 と半間はんまこえがひびいてくる。
 おかではいま、お先走さきばしって呶鳴どなったおとこを、ほかの仲間なかましかっていた。――なにいま、ここで呶鳴どなるにはあたらない。これから何十町なんじゅっちょうさきまでけば、いやでも船着ふなつきがあって、きゃくりるきゃくもあるにちがいない。それをここから呶鳴どなっては船中せんちゅうにあるてき心支度こころじたくをさせるようなものではないか、というのだった。
「まあ、どっちにせよ、さき多寡たかれた一人ひとり呶鳴どなったからには、あからさまに名乗なのりかけて、かわなかまない用心ようじんをしろ」
「そうだ、そのことだ」
 とほどよくさばものがあって、仲間割なかまわれはすくわれた。
 そこでこの七名ななめいは、をそろえて、よどのぼ夜船よぶね船脚ふなあしとおよそあしはやさをともにしながら、
「おうーいっ」
 とまたなおした。
「なんじゃあ」
 きゃくではない、船頭せんどうらしい。
「そのふねきしせろ」
 こういうと、
阿呆あほうかせ」
 これはどっと誰彼だれかれなく、ふねなかからあがったわらごえだった。
けぬかっ」
 威嚇いかくすると、こんどはきゃくこえらしく、
けぬわい」
 と、口吻くちぶり真似まねしていう。
 七名ななめいおかかおは、湯気ゆげてているかとおもうように、しろいきいて、
「よしっ、けぬとあれば、さき船着場ふなつきばつが、そのふねなかに、小猿こざるれた前髪まえがみ青二才あおにさいがいるであろう。はじるならば、ふなべりてといえっ。もしまた、其奴そやつがした場合ばあいは、乗合のりあいの者残もののこらず、かかいとしておかきずりげるから左様心得さようこころえろ」