106・宮本武蔵「火の巻」「美少年(6)(7)」


朗読「106火の巻18.mp3」13 MB、長さ: 約 9分 11秒

 よいほどにいてみれば、だんだんくちはばひろくしてくる。わない前髪まえがみめがと藤次とうじ小癪こしゃくおもう。
 けれどかんがなおしてみると、こいつはまだ自分じぶん吉岡門よしおかもん高弟祇園藤次こうていぎおんとうじなるものであることをらないのだ。ったらさだめし前言ぜんげんじて、びっくりするやつちがいない。
 退屈たいくつしのぎがこうじて、ひとつ揶揄からかってやろうと、藤次とうじはそこで、
「――されば、四条しじょう吉岡道場よしおかどうじょうも、あいかわらず盛大せいだいにやっておるらしいが、其許そこもとは、あの道場どうじょうおとずれてみたことがあるか」
京都きょうとへのぼったら、ぜひ一度いちどはどの程度ていどか、吉岡清十郎よしおかせいじゅうろう立合たちあってみたいとぞんじていますが、まだたずねてみたことはありません」
「ふッ……」
 わらいたくなった。藤次とうじかおゆがめたあとから、軽蔑けいべつをみなぎらして、
「あそこへって、怪我けがをせずに、もんもどって自信じしんが、あるかな?」
「なんの!」
 美少年びしょうねんかえすようにいった。――その言葉ことばこそおかしけれ――とばかりわらすのだった。
おおきな門戸もんこかまえているので、世間せけんいかぶっているので、初代しょだい拳法けんぽう達人たつじんだったでしょうが、当主とうしゅ清十郎せいじゅうろうも、そのおとうと伝七郎でんしちろうとやらも、たいしたものじゃないらしい」
「だが、あたってみなければ、わかるまいが」
「もっぱら諸国しょこく武芸者ぶげいしゃのうわさです。うわさですから、みなみな、ほんとでもありますまいが、まず京流吉岡きょうりゅうよしおかも、あれでおしまいだろうとは、よくくことですね」
 大概たいがいにしろといいたい。藤次とうじは、ここらで名乗なのってやろうかとおもったが、ここでけたのでは、揶揄からかったのでなく、揶揄からかわれたにひとしいものになる。ふねが、大坂おおさかくにはまだ大分間だいぶんまもあることだし、
「なるほど、このごろは、諸国しょこくにも天狗てんぐおおいそうだから、そういう評判ひょうばんもあろうな。ところで、おんさきほど、はなれて、郷里きょうりにあるうちは、毎日まいにちのように、錦帯橋きんたいばしほとりて、飛燕ひえんって大太刀おおたちのつかいようを工夫くふうされたとっしゃったな」
「いいました」
「じゃあ、このふねで、時々ときどき、ああしてきたってはかすめてゆく海鳥うみどりを、その大太刀おおたちで、おとすことも容易よういであろうな」
「…………」
 なに悪感情あっかんじょうつつんでいる相手あいてのことばを、美少年びしょうねんもようやくさとったらしく、瞬間しゅんかん、まじまじと藤次とうじのそういう浅黒あさぐろくちびるつめていたが、やがて、
出来できたって、そんな莫迦ばかげいわたしはやるになれぬ。――あなたは、それをわたしにやらせようというはらだろうが」
「でも、京流吉岡きょうりゅうよしおかを、眼下がんかるほどな自信じしんのあるうでなら」
吉岡よしおかをくさしたことが、あなたのらなかったとみえる。あなたは、古岡ふるおか門人もんじんか、縁者えんじゃか」
なんでもないが、京都きょうと人間にんげんだから、京都きょうと吉岡よしおかわるくいわれれば、やはりおもしろくはない」
「ははは、うわさですよ、わたしがいったわけじゃない」
若衆わかしゅ
「なんです」
生兵法なまびょうほうということわざっているか。将来しょうらいのため忠言ちゅうげんしておくが、世間せけんをそうあますぎると、出世しゅっせはせんぜ。やれ、中条流ちゅうじょうりゅう印可目録いんかもくろくっているの、飛燕ひえんって、大太刀おおたち工夫くふうをしたのと、ひとをみな盲人もうじんとするような法螺ほらはよせ。よいか、法螺ほらをふくのも相手あいててふくのだぜ」

わたしを、法螺ほらふきと、っしゃったな」
 美少年びしょうねんが、こうねんすようにむと、
「いったがどうした」
 藤次とうじは、らしたむねを、わざと相手あいてせて、
「おまえの将来しょうらいのためにいってやったのだ。わかものてらいも、すこしは愛嬌あいきょうだが、あまりぎるとぐるしい」
「…………」
最前さいぜんから何事なにごともふむふむといているので、ひとめてついたのだろうが、じつ此方このほうこそ、吉岡清十郎よしおかせいじゅうろう高弟こうてい祇園藤次ぎおんとうじというものだ。以後いご京流吉岡きょうりゅうよしおか悪評あくひょうをいいふらすと、ただはおかんぞ」
 まわりの船客せんきゃくがじろじろるので、藤次とうじはそれだけの権威けんい立場たちばとをあきらかにして、
「このごろのわかやつは、生意気なまいきでいかん」
 つぶやきながら、ひとり、とものほうへあゆった。
 ――と、だまって美少年びしょうねんもそのあとについてくのだった。
なにかなくてはまないらしいぞ)
 と予感よかんしたので、船客せんきゃくたちは、遠方えんぽうからではあるが、みな二人ふたりのほうへくび振向ふりむけた。
 藤次とうじけっしてことこのんだわけではない。大坂おおさかけば、船着場ふなつきばにはおこうっているかもしれないのだ。おんなまえに、年下とししたものと、喧嘩けんかなどをやっては、人目ひとめにつくし、あとがうるさい。
 そしらぬかおして、かれは、ふなべりらんひじをかけ、艫舵ともかじしたにうずいているあおぐろいていた。
「もし」
 美少年びしょうねんは、その背中せなかかるくたたいた。相当そうとうしつこい性質せいしつである。だが、感情かんじょうげきしているような語気ごきではない、きわめてしずかなのだ。
「もし……藤次先生とうじせんせい
 らないふうもよそおえないので、
「なんだ」
 かおけると、
「あなたは、人中ひとなかにおいて、わたし法螺ほらふきともうされたが、それではわたし面目めんぼくたないから、最前さいぜん、やってろとおおせられたげいを、やむなくここでえんじてみようとぞんじます。ってください」
「わしが、なにもとめたか」
「おわすれのはずはない。あなたは、わたし周防すおう錦帯橋きんたいばしほとりで、飛燕ひえんって大太刀おおたち修練しゅうれんをしたといったら、それをわらって、しからば、このふねしきりとかすんでいる海鳥うみどりってみせろといわれたではないか」
「それはいった」
海鳥うみどりっておにかけたら、その一事いちじだけでも、わたしがまるでうそばかりいっている人間にんげんでないことがおわかりになろう」
「それは――なる!」
「ですから、ります」
「ふむ」
 となかば、冷笑れいしょうして、
「やせ我慢がまんして、ものわらいになってもつまらんぜ」
「いや、やります」
めはしないが」
「しからば、いますかな」
「よし、見届みとどけよう」
 藤次とうじが、りをこめていうと、美少年びしょうねんは、二十畳にじゅうじょうけるとものまんなかって、船板ふないたまえ、っている「物干竿ものほしざお」という大太刀おおたちのつかへをやりながら、
藤次先生とうじせんせい藤次先生とうじせんせい
 と、いった。
 藤次とうじは、そのかまえをしろすえながら、何用なにようか、と彼方かなたからこたえた。
 すると、美少年びしょうねんは、真面目まじめくさって、
「おそれるが、海鳥うみどりを、わたしのまえへろしていただきたい。何羽なんわでも、ってせます」