101・宮本武蔵「火の巻」「幻術(9)(10)」


朗読「101火の巻13.mp3」13 MB、長さ: 約 9分36 秒

 うらまわると見物けんぶつ出入でいりしないべつなくちがあった。又八またはちが、そこをのぞくと、
賭場とばへゆくのか」
 と、立番たちばんおとこがいう。
 うなずくと、よしというようなかおをしたので、かれはいってった。まくなかでは、青天井あおてんじょうをいただいて、二十人にじゅうにんばかりの浮浪人ふろうにんが、車座くるまざになって、博戯ばくちをしている。
 又八またはちつと、じろっと、すべてのしろかれ見上みあげた。一人ひとりがだまって、かれまえせきけたので、あわてて、
「このなかに、赤壁八十馬あかかべやそまっておとこはいないか」
 くと、
赤馬あかまか。そういえば赤馬あかまやつ、ちっともねえが、どうしたんだろう」
「ここへましょうか」
「そんなこと、わかるもんか。まあ、はいりねえ」
「いや、おれは博戯事あそびごとたんじゃない。そのおとこさがしにたのだ」
「おい、ふざけるなよ、博戯ばくちもせずに、賭場とばなにしにやがったんだ」
「すみません」
むこずねぱらうぞ」
「すみません」
 ほうほうのていでると、いかけてたガチャばえ一人ひとりが、
野郎待やろうまて。ここは、すみませんで場所ばしょたあちがう。ふてえやつだ。博戯ばくちをしなけれやあ、場代ばだいをおいてゆけ」
かねなどない」
かねもねえくせに、賭場とばのぞきをしやがって、さては、すきがあったら、ぜにさらってこうという量見りょうけんだったにちげえねえ、このぬすめ」
「なんだと」
 又八またはちが、くわっとしてかたなつかしめすと、これは面白おもしろいと、相手あいてあえ喧嘩けんかってくるこしだった。
「べらぼうめ、そんなおどしに、いちいちびくついていちゃ、この大坂表おおさかおもてで、きちゃあいられねえんだ。さ、るならってみろ」
「き! るぞ」
れっ、なにも、ことわるにゃおよばねえや」
「おれをらんか」
ってるもんか」
越前宇坂之庄えちぜんうさかのしょう浄教寺村じょうきょうじむら流祖りゅうそ富田五郎左衛門とみたごろうさえもん歿後ぼつご門人もんじん佐々木小次郎ささきこじろうとはわしのことだ」
 そういったらげるだろうとおもいのほか、相手あいては、ふきして、又八またはちのほうへしりけ、矢来やらいのうちのガチャばえてた。
「やい、みんない、こいつなんとかいま、オツな名乗なのりをあげやがったぜ。おれたちを相手あいてらしい。ひとつおのうちを見物けんぶつとしようじゃねえか」
 いいおわると、きゃッと、そのおとこしりられてがった。又八またはちが、不意ふいちをくれたのである。
畜生ちくしょうっ」
 というこえ。それから、わっと大勢おおぜいこえがうしろにきこえた。又八またはち血刀ちがたなをさげて人混ひとごみのなかへまぎれんだ。
 なるべく人間にんげんおおいところへと又八またはち姿すがたをかくしてあるいていたが、危険きけんかんじるほど、どの人間にんげんかおもガチャばええ、とてもうろついておられなくなった。
 ふとると、のまえの矢来やらいに、おおきなとらいたまくれていて、木戸きどには、鎌槍かまやりと、じゃもんはたじるしがててあり、空箱からばこっている町人ちょうにんが、しゃがれこえをふりしぼって、
とらだ、とらだっ、千里せんりって、千里帰せんりかえる、これは朝鮮渡ちょうせんわたりの大虎おおとら加藤清正公かとうきよまさこう手捕てどりのとら――」
 というような人寄ひとよ文句もんくを、ふしづけて呶鳴どなっていた。
 ぜにほうって、又八またはちなかへとびこんだ。そして、いささかほっとしながらどこにとらがいるのかと見廻みまわしてみると、正面しょうめん戸板といた三枚並さんまいならべ、それへ洗濯物せんたくものでもりつけてあるように、一枚いちまいとらかわりつけてあった。

 んだとらせられても、見物けんぶつは、神妙しんみょうながって、これはきていないじゃないかと、はらてるものはなかった。
「これがとらかいな」
おおきなものやなあ」
 感心かんしんして、入口いりぐちから出口でぐち木戸きどかわってゆく。
 又八またはちは、なるべくときごそうとかんがえていつまでもとらかわまえっていた。――すると、ふと自分じぶんかおまえに、旅装たびよそおいの老夫婦ろうふうふって、
ごん叔父おじよ。このとらは、んでいるのじゃろうが」
 と、ばばのほうがいう。
 爺侍じじざむらいは、たけ仕切しきしにをのばして、とられながら、
もとより、かわじゃもの、んでおるわさ」
木戸きどばわっているおとこは、さもきているようにいうたがの」
「これも、幻術めくらましひとつじゃろて」
 爺侍じじさむらい苦笑くしょうしていたが、ばばのほうは、忌々いまいましげに、しぼんでいるくちびるけて、
「やくたいもない、幻術げんじゅつなら幻術げんじゅつ看板かんばんにあげておいたがよい。んだとらるくらいならるわさ。木戸きどんで、ぜにをかやせというてう」
ばばばばひとわらうぞよ、そんなこと、わめかんでもええ」
「なんの、見栄みえがいろう、おぬしいうがいやならわしがいう」
 見物けんぶつものけて、もどりかかると、あっ――とその人混ひとごみのなかかたしずめたものがある。
 権叔父ごんおじばれた爺侍じじさむらいが、
「やっ、又八またはちっ」
 と、呶鳴どなった。
 お杉隠居すぎいんきょは、がわるいので、
「な、なんじゃ、権叔父ごんおじ
えなんだかよ、ばばのすぐうしろに、又八またはちめがっておったぞ」
「げっ、ほんまか」
げたっ」
「どっちゃへ?」
 二人ふたりは、木戸きどそところした。
 もう空地あきち雑沓ざっとう暮色ぼしょくにつつまれていた。又八またはちは、いくたびもひとにぶつかった。そのたびに、くるくるまいして、あとずに、町中まちなかのほうへげてゆく。
て、て、せがれっ」
 りかえってみると、母親ははおやのおすぎは、まるで狂気きょうきのようになってってるのだった。
 権叔父ごんおじも、をふりあげ、
馬鹿ばかようっ、なんでげるぞい。――又八またはちっ、又八またはちっ」
 それでもなお、又八またはちあしめないので、お杉隠居すぎいんきょは、皺首しわくびまえばし、
泥棒どろぼう泥棒どろぼう泥棒どろぼうっ――」
 夢中むちゅうでさけんだ。
 暖簾棒のれんぼうだの竹竿たけざおって、まちものは、さきへゆく又八またはち蝙蝠こうもりつようにたたきせた。
 往来おうらいものも、わいわいとりかこんで、
つかまえた」
「ふてえやつだ」
「どやせ」
「たたっころしてやれ」
 あしる、る、つばきかける。
 あとからいきって、権叔父ごんおじとともにいついてたお杉隠居すぎいんきょはそのていをると、群衆ぐんしゅうきとばし、小脇差こわきざしのつかにをかけていた。
「ええ、むごいことを、おぬしらなにしやるのじゃ、このものへ」
 弥次馬やじうまは、わきまえずに、
ばばどの。こいつは、泥棒どろぼうだよ」
泥棒どろぼうではない、わしがじゃわ」
「え、おまえのか」
「おおさ、ようも足蹴あしげにしやったな。町人ちょうにん分際ぶんざいで、さむらい足蹴あしげにしやったな。ばば相手あいてにしてくりょう、もいちど、いま無礼ぶれいをしてみやい」
冗戯じょうだんじゃない。じゃあ先刻泥棒泥棒せんこくどろぼうどろぼう呶鳴どなったのはだれだ」
呶鳴どなったのは、このばばじゃが、おぬしら風情ふぜい足蹴あしげにしてくれとたのみはせぬ。泥棒どろぼうとよんだらせがれめが、あしめようかとおもうていうた親心おやごころじゃわ。それもらいで、なぐったりったりは何事なにごとじゃ、このあわてものめが!」