99・宮本武蔵「火の巻」「幻術(5)(6)」


朗読「99火の巻11.mp3」13 MB、長さ: 約 9分 12秒

「おそれもうして」
 と、八十馬やそま何度なんどもあやまる。
佐々木小次郎殿ささきこじろうどのといえば、とくよりみみにしておるそのみち達人たつじんらないというものは、他愛たあいのないもので、先刻せんこくからの失礼しつれいは、ひらに」
 又八またはちは、ほっとした。佐々木小次郎ささきこじろうをよくっているものか、面識めんしきでもあるあいだがらでもあれば、たちまちうそがばれて、あぶらをしぼられるところであったがと――
「いや、おげてください。そうあらたまられては、わたしこそ、ご挨拶あいさつのしようがない」
「いや、さきほどから、広言こうげんのみいてさぞおぐるしかったことで」
「なに、わたしこそ、まだ仕官しかんもせず、世間せけんらぬ若輩者じゃくはいもので」
「でも、けんにおいては。――いやよくおまえは彼方此方あちらこちらきますぞ。……そうだ、やはり佐々木小次郎ささきこじろう
 つぶやいて、八十馬やそまは、うとやにのしょうらしいを、どろんとえ、
「そのうえで、まだご仕官しかんもなさらぬのか、しいものだ」
「ただ剣一方けんいっぽうに、すべてをんでたので、世間せけんにはとんとなん知己ちきもないために」
「や、なるほど。――ではまんざら仕官しかんのおのぞみがないわけでもないので」
「もとより。いずれは、主人しゅじんたねばならぬとかんがえていますが」
「ならば、造作ぞうさもないこと。――実力じつりょくがあるのだからたしかなものだ。もっとも実力じつりょくがあっても、だまっていては容易ようい見出みいだされるはずはない。こうおにかかっても、それがしですら、尊名そんめいいてはじめておどろいたようなもので」
 と、さかんにきつけて、
「お世話せわしよう」
 と、いいした。
じつはそれがしも、友人ゆうじん薄田兼相すすきだかねすけかた依頼いらいしてあるところ。大坂城おおさかじょうでは、ろくわず、かかれようとしているおりだし、貴公きこうのような人物じんぶつ推挙すいきょすれば、薄田すすきだうじも、すぐおう。おまかせくださるまいか」
 どうやら赤壁あかかべ八十馬やそまになっているらしい。又八またはちは、その就職くちへありつきたいことは山々やまやまだが、佐々木小次郎ささきこじろうであると他人たにん借用しゃくようしてしまったことが、どうもまずい。っこみのつかない不出来ふできだ。
 かりに美作みまさか郷士ごうし本位田ほんいでん又八またはち名乗なのって実際じっさい履歴りれきはなしたら、このおとこにはなるまい。はなさきで軽蔑けいべつあたえられるぐらいなところがちである。やはり佐々木小次郎ささきこじろうがものをいったのだ。
 ――てよ、と又八またはちむねのうちでかんがえる。なにもそう心配しんぱいしたほどのものじゃないとおもう。なぜならば、佐々木小次郎ささきこじろうなるものはもうんでいる人間にんげんだ。伏見城ふしみじょう工事場こうじばころされてしまった人物じんぶつではないか。――しかもそれが佐々木小次郎ささきこじろうなりとは、おそらく、おれ以外いがい何者なにものっていまい。
 死者ししゃ所持しょじしていた唯一ゆいいつ戸籍証明こせきしょうめいである「印可目録いんかもくろく」は自分じぶんかれ臨終いまわ一言ひとことによってあずかってているので、あとで、調しらべのつこうわけはない。また一箇いっこ乱暴人らんぼうじんとして、打殺うちころした死者ししゃたいして、そんな面倒めんどう調しらべをいつまでもやっているはずもない。
わかりっこはない!)
 又八またはちあたま大胆だいたんな、ずるかんがえがそうひらめいた。勃然ぼつぜんとして、かれは、んだ佐々木小次郎ささきこじろうになりってやろうとほぞめた。
「おやじ、勘定かんじょう
 金入かねいれからかねして、そこをちかけると、赤壁八十馬あかかべやそまはあわてて、
いまはなしは?」
 と、一緒いっしょった。
「ぜひ、ご尽力じんりょくをねがいたいが、この路傍ろぼうでは、十分じゅうぶんはなしもできぬ。どこか座敷ざしきのあるところへでもって」
「ああそうか」
 と、八十馬やそま満足まんぞくそうにうなずいて、自分じぶんんだだいまで、又八またはちはらっているのを、あたまえのようなかおしてながめていた。

 あやしげな白粉おしろい裏町うらまちである。又八またはちとしては、もっと高等こうとう酒楼しゅろう案内あんないするつもりだったが、赤壁八十馬あかかべやそまが、
「そんなところへがって、つまらぬかねつかうよりは、もっとおもしろい土地とちがある」
 といって、しきりに裏町遊うらまちあそびを謳歌おうかするので、ともかくられててみると、まんざら又八またはちはだわない情調じょうちょではない。
 比丘尼横丁びくによこちょうというのだそうである。大袈裟おおげさにいえば長屋千軒ながやせんけんがみな売笑婦ばいしょうふいえで、一夜いちや百石ひゃっこくあぶら燈心とうしんにともすともいえるほどな繁昌はんじょうさである。
 すぐちかくに、しおのさすくろほりとおっているので、出格子でこうしだの、紅燈こうとうしただのには、よくると、船虫ふなむし河蟹かわがにがぞろぞろっていて、それが生命取いのちとりのという妖虫ようちゅうのようにうすきみわるいが、無数むすう白粉おしろいおんななかには眉目美みめよいのもまれにあって、なかには、もう四十しじゅうにちかい容貌ようぼうに、鉄漿かね黒々くろぐろつけ、比丘尼頭巾びくにずきんにくるまって、夜寒よさむかこかおでいるなど、なかなかもののあわれも蕩児とうじこころをそそるのであった。
「いるな」
 又八またはちが、ためいきつくと、
「いるだろう、へたな茶屋女ちゃやおんな歌妓かぎなどより、はるかにましだ。――売女ばいたというと、いやながするが、ふゆ一夜いちやをここにかして、その前身ぜんしんなり、氏素姓うじすじょうなりを、ものがたりにいてみると、みな、うまれたときからの売女ばいたではないて」
 かたかたのすれってゆく往来中おうらいちゅうを、八十馬やそまは、得意とくいになって、べんじていた。
室町将軍むろまちしょうぐんおくにつかえていたという比丘尼びくにがあるし、ちち武田たけだしんだったの、松永久秀まつながひさひで縁類えんるいものだのというおんなが、このなかにはずいぶんある。――平家へいけ没落ぼつらくしたあともそうだったが、天文てんぶん永禄えいろくからこっちは、あの時代じだいなどからるともっとはげしい盛衰せいすいがくりかえされたのだから、浮世うきよ下水げすいには、こんなふうに落花らっかあくたたまるのだろうな」
 それから一軒いっけんいえがって、八十馬やそまあそびの仕方しかたをまかせると、これはこのみちでのごうものとみえ、さけのあつらえほうおんなたちのあつかいよう、そつがなくて、なるほど、この裏町うらまちはおもしろい。
 とまったことはもちろんである。昼間ひるまになっても、いたといわない八十馬やそまだった、おこうの「よもぎのりょう」では、いつも日蔭者ひかげものでいた又八またはちも、多年たねん鬱憤うっぷんをここにらしたか、
「もう、もう。さけはいやだ」
 とついにかぶとをいで、
かえろう」
 いいすと、
ばんまでつきあいたまえ」
 と、八十馬やそまはうごかない。
ばんまでつきあったらどうするんだ」
今夜こんや薄田兼相すすきだかねすけのやしきへって兼相かねすけ約束やくそくがしてあるんだ。いまからても時刻とき半端はんぱだし……。それに、そうだ、貴公きこうのぞみももっとよくいてかなければ、さきってはなしもできない」
ろくなど、はじめからそうのぞんでも無理むりだろう」
「いかん、自分じぶんからそんな安目やすめってはいかん。とにかく中条流ちゅうじょうりゅう印可いんかって、佐々木小次郎ささきこじろうともいわれるさむらいが、ろくはいくらでもいいから、ただ仕官しかんがしたいなどといったら、かえってさきからさげすまれるぞ。――五百石ごひゃっこくもくれといっておこうか、自信じしんのあるさむらいほど手当てあて待遇たいぐうなどもおおきくるのが通例つうれいだからな、やせ我慢がまんなどせぬがいいのだ」