98・宮本武蔵「火の巻」「幻術(3)(4)」


朗読「98火の巻10.mp3」12 MB、長さ: 約 8分 56秒

 繁華はんかまちなかの空地あきちくさにも、朝々霜ちょうちょうしもしろにおりる。そのしもえて、みちのぬかるむころから、銅鑼どらだの、太鼓たいこだのが、そこではす。
 師走しわすせわしない人々ひとびとが、案外あんがいのんかおして、冬日ふゆびしたにいっぱいにれていた。いとも粗雑そざつ矢来やらいかこって、そとからはえないようにそれへむしろまわしてある人寄ひとよせの見世物みせものが、ろくしちしょ紙旗かみはた毛槍けやりて、その閑人ひまじんれへびかけて、きゃくうばさまはなかなか真剣しんけん生活戦せいかつせんだった。
 安醤油やすじょうゆのにおいが人混ひとごみのあいだをう。くしにさした煮物にものをくわえて、うまみたいにいなないている毛脛けずねおとこたちがあるし、よるは、白粉おしろいりこくってそでをひくおんなたちが、解放かいほうされた牝羊めひつじみたいに、ぼりぼりまめべながらつながってあるいてゆく。野天のてんこしかけをして、さけんでっているところでは、いま一組ひとくみなぐりあいがあって、どっちがったのかけたのか、あとをこぼしたまま、その喧嘩けんかのつむじかぜは、わらわらとまちほうってしまった。
「ありがとうございました。だんなさまが、ここにござったで、器物うつわこわされずにすみましただ」
 酒売さけうりは、何度なんども、又八またはちまえへきて、れいをくりかえした。
 そのれいごころが、
「こんどのおかんは、あんばいよくついたつもりで」
 たのまない肴物さかなものまでえてくる。
 又八またはちわる気持きもちでなかった。町人ちょうにんどうしの喧嘩けんかなので、もしこのまずしい露店ろてん物売ものうりに損害そんがいをかけたらッちめてやろうとにらみつけていたが、なんこともなくすんで、露店ろてんのおやじのためにも、自分じぶんのためにも、同慶どうけいであったとおもう。
「おやじ、よくひとるな」
師走しわすなので、ひとても、人足ひとあしまりませぬでなあ」
天気てんきがつづくからいい」
 とび一羽いちわ人混ひとごみのなかから、なにくわえてたかがってゆく。――又八またはちあかくなっていた、そしてふと、(そうだ、おれは石曳いしひきするときさけめるとちかったのだが、いつからはじめてしまったろう)
 他人事ひとごとのようにかんがえた。
 そしてみずから、
(まあいい、人間にんげんさけぐらいまねえでは)
 と、なぐさめたり、理由りゆうづけたりして、
「おやじ、もう一杯いっぱい
 と、うしろへいった。
 それと一緒いっしょに、ずっとそばの床几しょうぎて、こしかけたおとこがある。牢人ろうにんだなとすぐてとれる恰好かっこうだった。大小だいしょうだけはひとをしてけしめるほど威嚇的いかくてき長刀ながものであるが、襟垢えりあかのついたあわせうえ一重ひとえ胴無どうなしも羽織はおっていない。
「オイオイ亭主ていしゅ、おれにもはやいところ一合いちごうあつくだぞ」
 こしかけへ、かたあぐらをせて、じろりと又八またはちのほうをた。あしもとから見上みあげて、かおのところまでがくると、
「やあ」
 と、なんこともなくわらう。
 又八またはちも、
「やあ」
 と、おなじことをいって、
かんのつくあいだ、どうですかいっこんみかけで失礼しつれいだが」
「これは――」
 すぐして、
さけのみというやつ、いやしいもので、じつは、尊台そんだいが、ここで一杯いっぱいやっているのをかけると、どうにも、こう……ぷウんとはなおそってくるにおいたまらん、たもとをひいてな」
 いかにも美味うまそうにおとこだ。磊落らいらくで、豪傑肌ごうけつはだらしいと、又八またはちはそのみっりをていた。

 よくむ。
 又八またはちがそれから一合いちごうもやるうちに、このおとこはもう五合ごごうえて、まだしっかりしたものだった。
「どのくらい?」
 とくと、
「ちょっと一升いっしょうちついてなら、まあ、りょうがいえぬ」
 と、いう。
 時局じきょくだんじると、このおとこは、かたにくをもりあげた。
家康いえやすがなんだ。秀頼公ひでよりこうをさしおいて、大御所おおごしょなどと、ばからしい。あのおやじから本多ほんだ正純まさずみや、帷幕いばく旧臣きゅうしんをひいたら、なにのこる。狡獪こうかいと、冷血れいけつと、それと多少たしょう政治的せいじてきな――武人ぶじんたぬさいすこっているというにぎない。石田三成いしだみつなりにはたせたかったが、しいかな、あのおとこ諸侯しょこう操縦そうじゅうすべく、あまりに潔癖けっぺきで、また身分みぶんらなかった」
 そんなことをいうかとおもうと、
貴公きこう、たとえば、いまにも関東かんとう上方かみがた手切てぎれとなった場合ばあいは、どのにつく」
 と、く。
 又八またはちが、ためらいなく、
大坂方おおさかがたへ」
 とこたえると、
「ようっ」とばかり、さかずきって床几しょうぎからがり、
「わがとうか、あらためていっさんけんもうそう。して、貴君きくんはいずれの藩士はんし
 といって、
「いや、ゆるされい。まず自身じしんから名乗なのる。それがしは、蒲生がもう浪人ろうにん赤壁八十馬あかかべやそま、というもの。ごぞんじないか、塙団右衛門ばんだんえもん、あれとは、刎頸ふんけいともで、とも他日たじつしているなか。またいま大坂城おおさかじょうでの錚々そうそうたる一方いっぽうしょう薄田隼人兼相すすきだはやとかねすけとは、あのおとこが、漂泊時代ひょうはくじだいに、ともに、諸国しょこくをあるいたこともある。大野おおの修理亮しゅりのすけとも、三度会さんどあったことがあるが、あれはすこし陰性いんせいでいかん。兼相かねすけよりは、ずっと勢力せいりょくはあるが」
 しゃべりすぎたのをがついたように、あとへもどって、
「ところで、貴公きこうは」
 と、なおす。
 又八またはちは、このおとこはなしを、全部ぜんぶがほんととはしんじなかったが、それでも、なに圧倒あっとうされたようなかんじ、自分じぶんも、法螺ほらをふきかえしてやろうとおもった。
越前宇坂之庄浄教寺村えちぜんうさかのしょうじょうきょうじむらの、富田流とみたりゅう開祖かいそ富田入道とみたにゅうどう勢源せいげん先生せんせいをごぞんじか」
だけはいておる」
「その道統どうとうをうけ、中条流ちゅうじょうりゅう一流いちりゅうをひらかれた無慾無私むよくむし大隠たいいん鐘巻自斎かねまきじさいといわるるひとは、わたし恩師おんしでござる」
 おとこは、そういても、かくべつおどろきもしないのだ。さかずきけて、
「じゃあ、貴公きこうは、剣術けんじゅつを」
左様さよう
 又八またはちは、うそがすらすらるのが愉快ゆかいだった。
 大胆だいたんうそをいうと、よけいにいがかおいて、さけのさかなになるがするのである。
「――多分たぶんじつはさっきから、そうじゃないかと、拙者せっしゃておったので。やはりきたえたからだはちがうとみえ、どこか出来できているな、……して、鐘巻自斎かねまきじさい御門下ごもんかで、なんおおせられるか。さしつかえなくば、ご姓名せいめいを」
佐々木小次郎ささきこじろうというもので、伊藤弥五郎一刀斎いとうやごろういっとうさいは、わたし兄弟子あにでしです」
「えっ」
 と、相手あいておとこおどろいたらしいこえはっしたので、又八またはちのほうこそびっくりしてしまった。あわてて、
(それは冗戯じょうだん
 と、取消とりけそうとおもったが、赤壁あかかべ八十馬やそまは、とたんにひざをついてあたまげているので、いまさらもう冗戯じょうぎともいえなかった。