95・宮本武蔵「火の巻」「佐々木小次郎(9)狐雨(1)」


朗読「95火の巻7.mp3」14 MB、長さ: 約 10分 00秒

 むらさきがわ巾着きんちゃくであった。その金入かねいれのなかには、金銀きんぎん取交とりまぜてだいぶのがくはいっていた、又八またはちかぞえるだけでも自分じぶんこころこわくなって、おもわず、
「これは他人ひとかねだ」
 と、ことさらにつぶやいた。
 もうひとつの油紙あぶらがみつつんであるものをひらいてみると、これは一軸いちじく巻物まきものである。じくには花梨かりんもちいてあり、表装ひょうそうには金襴きんらん古裂ふるぎれが使つかってあって、なんとなく秘品ひひんひも気持きもちいだかせられる。
なんだろ?」
 まった見当けんとうのつかない品物しなものだった。まきしたいて、はしほうから徐々じょじょひろげててゆくと――

  印可いんか
一 中条流太刀之法ちゅうじょうりゅうたちのほう
一 おもて
電光でんこうくるま円流えんりゅうきふね
一 うら
金剛こんごう高上たかがみ無極むきょく
一 右七剣みぎしちけん
神文之上しんもんのうえ
口伝授受之事こうでんでんじゅのこと
   がつ  にち
  越前宇坂之庄浄教寺村えちぜんうさかのしょうじょうきょうじむら
  富田入道勢源門流とみたにゅうどうせいげんもんりゅう
          後学こうがく 鐘巻自斎かねまきじさい
佐々木小次郎殿ささきこじろうどの

 とあって、そのあとべつ紙片しへんしたとおもわれるところには「奥書おくがき」とだいして、ひだり一首いっしゅ極意ごくいうたいてあるのであった。

らぬ
たまらぬみず
つきして
かげもかたちもなき
ひと

「……ははあ、これは剣術けんじゅつ皆伝かいでん目録もくろくだな」
 そこまでは又八またはちにもすぐわかったが、鐘巻自斎かねまきじさいという人物じんぶつについては、なん知識ちしきもなかった。
 もっとも、その又八またはちにでも、伊藤弥五郎景久いとうやごろうかげひさといえばすぐ、
(アアあの一刀流いっとうりゅう創始そうしして、一刀斎いっとうさいごうしている達人たつじんか)
 と合点がてんがゆくであろうが、その伊藤一刀斎いとういっとうさいが、鐘巻自斎かねまきじさいというひとで、またの外他通家とだみちいえといい、まったく社会しゃかいからはわすれられている、富田入道とみたにゅうどう勢源せいげんただしい道統どうとうをうけついで、その晩節ばんせつをどこか辺鄙へんぴ田舎いなかおくっている高純こうじゅんであるなどということはなおさららない。
 そういう詮索せんさくよりも、
「――佐々木小次郎殿ささきこじろうどの? ……ははアすると、この小次郎こじろうというのが、きょう伏見ふしみのお城工事しろこうじで、無残むざんかたをしたあの武者修行むしゃしゅぎょうだな」
 と、そこにうなずいて、
つよいはずだ。この目録もくろくをみてもわかるが、中条流ちゅうじょうりゅう印可いんかをうけているのだもの。しいかたをしたものだな。……さだめしこの心残こころのこりなことだったろう。あの最期さいごかおは、いかにもぬのが残念ざんねんだというかおつきだった。――そしておれにたのむといったのは、やはりこのしなだろう。これを郷里きょうりへでもとどけてくれといいたかったにちがいない」
 又八またはちは、んだ佐々木小次郎ささきこじろうのために、くちのうちで、念仏ねんぶつをとなえた。そしてこの二品ふたしなは、きっと死者ししゃのぞむところへとどけてやろうとおもった。
 ――また、ごろりとかれよこになっていた。肌寒はだざむいのでながらなかしばげこんで、そのほのおにあやされながらウトウトねむりかけた。
 ここをった奇異きい虚無僧こむそういているのであろう、とお野面のづらから尺八しゃくはちおときこえてる。
 なにもとめ、なにぶのか。かれおりにつぶやいたように、愚痴ぐち煩悩ぼんのうろうとする必死ひっしがこもっているせいかもれない。――とにかくそれは物狂ものぐるわしいまでもすがらいてをさまよっていたが、又八またはちはもうつかれきって、熟睡じゅくすいしてしまったので、尺八しゃくはちおとむしも、すべて昏々こんこんなかであった。

狐雨きつねあめ

 灰色はいいろくもっている。今朝けさすずしさは「あき」をおもわせ、るものすべてにつゆがある。
 たおされているくりやに、きつね足痕あしあとがまざまざのこっていた。けても、栗鼠りすはそこらにうろついている。
「アア、さむい」
 虚無僧こむそうは、をさまして、ひろ台所だいどころ板敷いたじきへかしこまった。
 夜明よあまえ、ヘトヘトになってもどってると、尺八しゃくはちったまま、ここへよこになってねむってしまったかれである。
 うすぎたなあわせ袈裟けさも、もすがらあるいていたために、きつねかされたおとこのようにくさつゆでよごれていた。きのうの残暑ざんしょとは比較ひかくにならない陽気ようきなので、風邪かぜをひきんだのであろう、はなのうえにしわをよせ、鼻腔びくうまゆ一緒いっしょにして、おおきなくさめひとはなつ。
 ありやなしやのうすひげさきに、鼻汁はなじるがかかった。てんとして、虚無僧こむそうはそれをこうともしないのである。
「……そうじゃ、ゆうべのにござけがまだあったはず」
 つぶやいてがり、そこも狐狸妖怪こりようかい足痕あしあとだらけな廊下ろうかをとおって、おくのある部屋へやをさがしてゆく。
 さがさなければわからないほど、この空屋敷あきやしきひるになってみるとよけいにひろいのである。もちろん、つからないほどでもないが――
(おや?)
 うろたえたまなこをして見廻みまわしている。あるべきところにさけつぼがないのだ。しかしそれはすぐのそばによこたわっているのを発見はっけんしたが、同時どうじに、そのから容器いれものとともに、肱枕ひじまくらをして、よだれをながしてねむっているつけない人間にんげんをも見出みだし、
だれだろ?」
 およごしのぞんだ。
 よくねむっているおとこだった。なぐりつけてもましそうもない大鼾声おおいびきをかいているのである。さけはこいつがんだのだな――とおもうとその鼾声いびきはらつ。
 まだ事件じけんがあった。今朝けさ朝飯あさめしとしてべのこしておいたなべめしが、ればそこをあらわして一粒ひとつぶだにないではないか。
 虚無僧こむそうかおいろをえた。死活しかつ問題もんだいであった。
「やいっ」
 とばすと、
「ウ……ウむ……」
 又八またはちは、ひじはずしてむっくとくびをあげかけた。
「やいっ」
 つづいて、もうひとツ、ざましに足蹴あしげらわすと、
なにしやがる」
 寝起ねおきのかおに、あおすじをてて、又八またはちはぬっくとがった。
「おれを、足蹴あしげにしたな、おれを」
「したくらいでは、はらえんわい。おのれ、だれことわって、ここにある雑炊飯ぞうすいめしのあまりとさけらったか」
「おぬしのか」
「わしのじゃ!」
「それやあまなかった」
まなかったでもうか」
あやまる」
あやまるとだけでことはおさまらん」
「じゃあ、どうしたらいいんだ」
「かやせ」
かえせたって、もうはらなかはいって、おれの今日きょう生命いのちのつなぎになっているものをどうしようもねえ」
「わしとて、きてかねばならんものだ。一日尺八いちにちしゃくはちをふいて、ひと門辺かどべっても、ようようもらうところは、一炊ひとかしぎのこめ濁酒どぶろく一合いちごうしろせきやまじゃ。……そ、それを無断むだんであかの他人たにんのおのれらにわれてたまろうか。かやせ! かやせ!」
 餓鬼がきこえである。ひげ虚無僧こむそうは、えているかおあおすじを威猛高いたけだかわめいた。