94・宮本武蔵「火の巻」「佐々木小次郎(7)(8)」


朗読「94火の巻6.mp3」15 MB、長さ: 約 11分 08秒

 ちょうどよいねぐらとここに一夜いちやかしている虚無僧こむそうらしいのである。あかつと、おおきな人影ひとかげ婆娑ばさとしてかべうつる。ひと尺八しゃくはちいているのだ。それはまた他人ひとかそうためでもなくみずかほこって陶酔とうすいしているでもない。あき孤寂こじゃくなさを、無我むが三昧さんまいごしているだけのことなのだ。
 一曲終いっきょくおわると、
「ああ」
 虚無僧こむそうは、ここは野中のなか一軒家いっけんやと、安心あんしんしきっているらしくひとごとに――
四十しじゅう不惑ふわくというが、おれは四十しじゅうななつもえてからあんな失策しっさくをやって、ろくはな家名かめいをつぶし、あまつさひとりのまで他国たこく流浪るろうさせてしまった。……かんがえれば慚愧ざんきにたえない。んだつまにもきているにもわせるかおがない。……このおれなどのれいると、四十不惑しじゅうふわくなどというのは聖人せいじんのことで、凡夫ぼんぷ四十よんじゅうだいほどあぶないものはない。油断ゆだんのならない山坂やまさかだ。ましておんなかんしては」
 胡坐あぐらまえに、尺八しゃくはちたてき、その歌口うたぐち両手りょうてをかさねて、
二十にじゅうだい、三十さんじゅうだいのとしでも、由来ゆらいおれは、やたらにおんなのことで失敗しっぱいをやってたが、そのころにはどんな醜聞しゅうぶんをさらしても、ひとゆるしてくれたし、生涯しょうがい怪我けがにもならなかった。……ところが、四十よんじゅうだいとなると、おんなたいしてすることが厚顔あつかましくもなるし、それがおつう場合ばあいのような事件じけんになると、今度こんど世間せけんがゆるさない。そして、致命的ちめいてき外聞がいぶんになってしまった。ろくいえもわがにもはなれるような失敗しっぱいになってしまった。……そして、この失敗しっぱいも、二十にじゅうだい三十さんじゅうだいならかえせるが、四十よんじゅうだいの失敗しっぱい二度にどすことがむずかしい」
 盲人もうじんのように俯向うつむいたまま、こえしてそういっているのである。
 ――又八またはちは、かれのいるちかくの部屋へやまでそっとがってったが、にぽっといている虚無僧こむそうせおとろえたほおかげや、野犬やけんのようにとがっているかたや、あぶらけないほつれなどをつつ、その告白ひとりごといていると、夜鬼やきのすがたをおもして、ぞっとがすくんでしまい、近寄ちかよってはなしかける気持きもちになどはとてもなれなかった。
「アア……それを……おれは……」
 虚無僧こむそうは、天井てんじょう仰向あおむいた。骸骨がいこつのようにはなあなおおきく又八またはちのほうからえる。ただ浪人ろうにんあかじみた着物きものて、そのむねに、普化禅師ふけぜんじ末弟まっていというしるしばかりにくろ袈裟けさをつけているにぎないのである。いている一枚いちまいむしろは、つねいてってあるかれ唯一ゆいいつふすまであり雨露あめつゆいえだった。
「――いっても、かえらないことだが、四十よんじゅうだいほど、油断ゆだんのならない年頃としごろはない。自分じぶんだけが、いっぱしなか人生じんせいもわかったつもりで、すこしばかりかち地位ちいおもがって、ともすると、おんなたいしても、臆面おくめんのない振舞ふるまいるものだから、おのれのような失敗しっぱいを――運命うんめいかみから背負せおげをわされるのだ。……慚愧ざんきのいたりだ」
 だれかにむかってあやまっているように、虚無僧こむそうあたまげて、さらにまたげて、
「おれはいい、おれは、それでも、いいとしよう。――こうして懺悔ざんげなかに、なおゆるしてくれる自然しぜんのふところにきてかれるから」
 と、ふとなみだをこぼし、
「――だが、まないのは、わがたいしてだ。おれのした結果けっかは、おれにむくうより、あの城太郎じょうたろうのほうへよりおおたたっている。とにかく、姫路ひめじ池田侯いけだこう藩臣はんしんとしてこのおれが歴乎れっきとしていれば、あのだって、千石侍せんごくざむらい一人息子ひとりむすこだ。それがいまでは、故郷くにはなれ、ちちはなれ……。イヤそれよりも、あの城太郎じょうたろう成人せいじんして、このちちが、四十よんじゅうだいになってから、おんなのことで藩地はんちから放逐ほうちくされたなどとたら、おれはどうしよう。おれはわすかおがない」
 ――しばらくは、両手りょうてかおをおおっていたが、やがて何思なにおもったか、のそばをつと、
「やめよう、また愚痴ぐちおった。……おおつきたな、て、おもうさまながしてようか。そうだ、愚痴ぐち煩悩ぼんのうててよう」
 尺八しゃくはちって、かれそとった。

 みょう虚無僧こむそうである。よろよろってゆくとき物蔭ものかげから又八またはちていると、そのせこけた鼻下びかにはうすいひげえていたようにおもう。そうとしっているほどでもないのに、ひどくよぼよぼした足元あしもとだった。
 ぷいとったきり、なかなかもどってないのだ。すこ精神せいしん異常いじょうがあるのだろうと、又八またはち不気味ぶきみおも半面はんめんにあわれなもした。それはいいが、物騒ぶっそうなのは、のこっているであった。ぱちぱちと夜風よかぜがそれをあおっている。れたしばは、ゆかがしているではないか。
「あぶねえ、あぶねえ」
 又八またはちはそこへって、土瓶どびんみずをじゅっとかけた。これが野中やちゅうやぶやしきだからいいようなものの飛鳥朝あすかちょう鎌倉時代かまくらじだい二度にど地上ちじょうてることのできない寺院じいんなどであったらどうだろうとかんがえて、
「あんなのがいるから、奈良なら高野こうやにも火事かじがあるんだ」
 とかれは、虚無僧こむそうったあとに自分じぶんすわって、がらにもない公徳心こうとくしんおこしていた。
 家産かさん妻子さいしもないかわりに、社会しゃかいへの公徳心こうとくしん絶無ぜつむ浮浪者ふろうしゃには、こわいものという観念かんねんまったくないらしい。だからかれらは、金堂こんどう壁画へきがなかですら平然へいぜんやす。なか無用むようきているにぎない一個いっこ空骸むくろあたためるためにやす。
「だが……浮浪人ふろうにんだけがわるいともいえねえな」
 又八またはち自分じぶん浮浪人ふろうにんであることをおもってかんがえた。いまなかほど浮浪人ふろうにんおお社会しゃかいはない。それはなにんだかといえば、いくさだった。いくさによってぐんぐん地位ちいめてゆくものおおかわりに、あくたのようにてられてゆく人間にんげんかずじつおびただしい。これがつぎ文化ぶんか手枷てかせ足枷あしかせとなるのもやむをない自然しぜん因果いんがといえよう。そういう浮浪ふろうが、国宝こくほうとう焚火たきびかずよりは、いくさが、意識いしきしつつ、高野こうや叡山えいざん皇都おうとものいたほうが、はるかにおおきな地域ちいきであった。
「……ほ。洒落しゃれたものがあるぞ」
 又八またはちはふとよこてつぶやいた。ここのとこも、あらためて見直みなおせば、もと茶屋ちゃやにでも使つかっていたらしい閑雅かんがつくりなのである。そこの小床ことこたなに、かれをひいたものがある。
 高価こうか花瓶はないけ香炉こうろなどではない。くちけた徳利とくりと、くろなべだった。なべにはのこした雑炊ぞうすいがまだ半分残はんぶんのこっているし、徳利とくりってみると、ごぼっとおとがして、けたくちからさけがにおう。
「ありがたい」
 こういう場合ばあい人間にんげんは、ほか所有権しょゆうけんかんがえているいとまはない。徳利とくりにござけをのみ、なべからにして、又八またはちは、
「ああ、はらった」
 ごろんと手枕てまくらになる。
 トロトロともとにねむりかける。あめのようにむしおとけてゆく。戸外こがいばかりでなく、かべく、天井てんじょうく、やぶだたみきすだく。
「そうだ」
 なにおもしたとみえる。むくりとかれなおった。懐中ふところにある一個いっこつつみ――かのあご半分はんぶんない武者修行むしゃしゅぎょうから、ぎわたのまれてってつつみのなかを――こうしている一度見いちどみておこう。そうきゅうおもいついたらしい。
 いてみた。――それは蘇芳染すおうぞめよごれきった風呂敷ふろしきだった。なかからたのは、あらいざらした襦袢じゅばんだの普通ふつう旅行者りょこうしゃ用具ようぐなどであったが、そのがえをひろげてみると、いかにも大事だいじそうに、油紙あぶらがみでくるんである巻紙大まきがみだいもの路銀ろぎん金入かねいれであろう、どさっとおもおとひざまえちた。