11・宮本武蔵「地の巻」「花御堂(5)(6)」


朗読「地の巻11.mp3」23 MB、長さ: 約10分06秒

 ている風呂敷ふろしきで、沢庵たくあんは、かおあたまのしずくをこすりながら、
「こらっ、おつう阿女あま、なにをするか。このいえで、ちゃをもらおうとはいったが、みずをかけてくれとはだれもいわぬぞ」
 おつうは、わらいにわらってしまった。
「――すみません、沢庵たくあんさん、ごめんなさいませ」
 あやまったり、機嫌きげんをとったり、また、そこへのぞみのちゃんであたえたりして、やがておくへもどってると、
だれですか、あのひとは」
 と、おぎんは、えんのほうをのぞいて、をみはっていた。
「おてらとまっているわか雲水うんすいさんです。ほら、いつか、あなたがときに、本堂ほんどうあたりで、ほおづえをしてそべっていたでしょう。そのとき、わたしが、なにをしているんですかとたずねると、半風子しらみ角力すもうをとらせているんだとこたえたきたなぼうさんがあったじゃありませんか」
「あ……あのひと
「え、宗彭しゅうほう沢庵たくあんさん」
かわものですね」
大変おおかわり」
法衣ころもでもなし、袈裟けさでもなし、なにているんです、いったい」
風呂敷ふろしき
「ま……。まだわかいのでしょう」
三十一さんじゅういちですって。――けれど、和尚おすさまにくと、あれでも、とてもえらひとなんですとさ」
「あれでもなんていうものではありません、ひとはどこがえらいか、ただけではわかりませんからね」
但馬たじま出石いずしむらうまれで十歳じゅっさい沙弥しゃみになり、十四歳じゅうよんさい臨済りんざい勝福寺しょうふくじはいって、希先きせん和尚おしょう帰戒きかいをさずけられ、山城やましろ大徳寺だいとくじからきた碩学せきがくについて、京都きょうと奈良ならあそび、妙心寺みょうしんじ愚堂和尚ぐどうおしょうとか泉南せんなん一凍禅師いっとうぜんじとかにおしえをうけて、ずいぶん勉強べんきょうしたんですって」
「そうでしょうね、どこか、ちがったところがえますもの」
「――それから、和泉いずみ南宗寺なんそうじ住持じゅうじにあげられたり、また、勅命ちょくめいをうけて、大徳寺だいとくじ座主ざすにおされたこともあるんだそうですが、大徳寺だいとくじは、たった三日みっかいたきりでびだしてしまい、その豊臣秀頼とよとみひでよりさまだの、浅野あさの幸長よしながさまだの、細川忠興ほそかわただおきさまだの、なお公卿くげがたでは烏丸光広からすまるみつひろさまなどが、しきりとしがって、一寺いちじ建立こんりゅうするからいとか、寺禄じろく寄進きしんするからとどまれとかいわれるのだそうですが、本人ほんにんは、どういう気持きもちわかりませんが、ああやって、半風子しらみとばかりなかよくして、物乞ものごいみたいに、諸国しょこくをふらふらしているんですって。すこし、がおかしいんじゃないんでしょうか」
「けれど、むこうかられば、わたしたちのほうがへんだというかもれません」
「ほんとに、そういいますよ。わたしが、又八またはちさんのことをおもして、ひとりでいていたりすると……」
「でも、面白おもしろひとですね」
「すこし、面白おもしろすぎますよ」
「いつごろまでいるんです?」
「そんなこと、わかるもんですか、いつも、ふらりとて、ふらりとえてしまう。まるで、どこのいえでも、自分じぶん住居すまい心得こころえているひとですもの」
 えんがわのほうから、沢庵たくあんは、をのばして、
きこえるぞ、きこえるぞ」
悪口わるくちをいっていたのじゃありませんよ」
「いってもよいが、なにか、あまいものでもないのか」
「あれですもの、沢庵たくあんさんとたひには」
「なにが、あれだ、おつう阿女あま、おまえのほうが、むしころさないかおして、そのじつ、よほどたちわるいぞ」
「なぜですか」
ひとにカラちゃをのませておいて、のろけをいったりいたりしているやつがあるかっ」

 大聖寺だいしょうじかねる。
 七宝寺しっぽうじのかねもる。
 けると早々そうそうから、ひるぎも時折ときおり、ごうんごうんとっていた。あかおびをしめたむらむすめ商家しょうかのおかみさん、まごをひいてくる老婆としよりたち。ひっきりなしてらやまのぼってた。
 わかものは、参詣人さんけいにんのこみあっている七宝寺しっぽうじ本堂ほんどうをのぞきって、
「いる、いる」
「きょうは、よけいに綺麗きれいにして」
 などと、おつうのすがたをて、ささやいてく。
 きょうは灌仏会かんぶつえ四月八日しがつようかなので、本堂ほんどうなかには、菩提樹ぼだいじゅ屋根やねき、草花くさばなはしらめた花御堂はなみどうができていた、御堂みどうなかには甘茶あまちゃをたたえ、二尺にしゃくばかりの釈尊しゃくそんくろ立像りつぞう天上天下てんじょうてんげをさしている、ちいさな竹柄杓たけびしゃくをもって、そのあたまから甘茶あまちゃをかけたり、また、参詣人さんけいにんもとめにおうじて、順々じゅんじゅんにさし竹筒たけづつへ、その甘茶あまちゃんでやっているのは、宗彭しゅうほう沢庵たくあんであった。
「このてらは、貧乏寺びんぼうでらだから、おさいせんはなるべくよけいにこぼしてきなよ。金持かねもちは、なおのことだ、いっしゃく甘茶あまちゃに、百貫ひゃっかんかねをおいてゆけば、百貫ひゃっかんだけ苦悩くのうがかるくなることはうけあいだ」
 花御堂はなみどうはさんで、そのむかって左側ひだりがわにおつう塗机ぬりづくえをすえてすわっていた、仕立したておろしのおびをしめ、蒔絵まきえのすずりばこをおき、五色ごしょくかみに、禁厭まじまいうたをかいて、それを参詣者さんけいしゃけているのである。

ちはやふる
卯月八日うづきようか吉日きちにち
かみさげむし
成敗せいばいぞする

 いえなかへこのうたっておくと、虫除むしよけや悪病あくびょうよけになるとこの地方ちほうではいいつたえている。
 もうくびのいたくなるほど、おつうは、おなうた何百枚なんびゃくまいもかいた、行成風こうぜいふうのやさしい文体ぶんたいすこしくたびれかけていた。
沢庵たくあんさん」
 ――と彼女かのじょはすきをていった。
「なんじゃい」
「あまり、人様ひとさまに、おさいせん催促さいそくをするのはよしてください」
金持かねもちにいっているんだよ、金持かねもちかねをかるくしてやるのは、ぜんぜんなるものだ」
「そんなことをいって、もし今夜こんやむらのお金持かねもちいえ泥棒どろぼうでもはいったらどうしますか」
「……そらそら、すこしすいたとおもったらまた参詣人さんけいにんんでたよ。さないで、さないで――おいわかいの――順番じゅんばんにおしよ」
「もし、ぼうさん」
「わしかい?」
順番じゅんばんといいながら、おめえは、おんなにばかりさきんでやるじゃないか」
「わしも女子おなごきだから」
「この坊主ぼうず道楽者どうらくものだ」
「えらそうにいうな、おまえたちだって、甘茶あまちゃ虫除むしよけがもらいたくてるんじゃあるまい、わしには、わかっている、お釈迦しゃかさまへをあわせにるのが半分はんぶんで、おつうさんのかおおがみにくるやつ半分はんぶん。おまえらも、そのくみだろう。――こらこらおさいせんをなぜおいてゆかん、そんな量見りょうけんでは、おんなにもてないぞ」
 おつうは、になって、
沢庵たくあんさん、もういいかげんにしないと、ほんとにわたしおこりますよ」
 と、いった。
 そして、つかれたでもやすめるように、ぼんやりしていたが、ふと、参詣人さんけいにんなかえた一人ひとり若者わかものかおへ、
「あっ……」
 と口走くちばしると、ゆびあいだからふでおとした。
 彼女かのじょが、つとともに、彼女かのじょかおは、さかなのようにすばやくひそんでしまった。おつうは、われをわすれて、
武蔵たけぞうさんっ、武蔵たけぞうさんっ……」
 廻廊かいろうのほうへけてった。