10・宮本武蔵「地の巻」「花御堂(3)(4)」


朗読「地の巻10.mp3」24 MB、長さ: 約10分22秒

 のはな、春菊しゅんぎくおにげし、ばら、すみれ――おつうりとるそばからかごれて、
沢庵たくあんさん、ひとにお説教せっきょうするよりは、自分じぶんあたまをまたはちにさされないようにおをつけなさいよ」
 と、ひやかした。
 沢庵たくあんは、みみさない。
「ばか、はちはなしじゃないぞ、ひとりの女人にょにん運命うんめいについて、わしは釈尊しゃくそんのおつたえをいっているのだ」
「お世話せわやきね」
「そうそう、よく喝破かっぱした。坊主ぼうずという職業しょうばいは、まったく、おせッかいな商売しょうばいにちがいない。だが、米屋こめや呉服屋ごふくや大工だいく武士ぶし――とおなじように、これもこの不用ふよう仕事しごとでないからることも不思議ふしぎでない。――そもそもまた、その坊主ぼうずと、女人にょにんとは、三千年さんぜんねんむかしからなかがわるい。女人にょにんは、夜叉やしゃ魔王まおう地獄使じごくしなどと仏法ぶっぽうからいわれているからな。おつうさんとわしとなかのわるいのも、とお宿縁しゅくえんだろうな」
「なぜ、おんな夜叉やしゃ?」
おとこをだますから」
おとこだって、おんなをだますでしょ」
「――てよ、その返辞へんじは、ちょっとこまったな。……そうそうわかった」
「さ、こたえてごらんなさい」
「お釈迦しゃかさまはおとこだった……」
勝手かってなことばかしいって!」
「だが、女人にょにんよ」
「オオ、うるさい」
女人にょにんよ、ひがみたもうな、釈尊しゃくそんもおわかいころは、菩提ぼだい樹下じゅしたで、欲染よくぜん能悦のうえつ可愛かあい、などという魔女まじょたちにきなやまされて、ひどく女性じょせい悪観あっかんしたものだが、晩年ばんねんになると、おんなのお弟子でしたれている。龍樹菩薩りゅうじゅぼさつは、釈尊しゃくそんにまけないおんなぎらい……じゃアない……おんなこわがったおかただが、随順姉妹ずいじゅんしまいとなり、愛楽友あいらくゆうとなり、安慰母あんいぼとなり、随意ずいい婢使ひしとなり……これ四賢良妻しけんりょうさいなり、などとっしゃっている、よろしくおとこはこういう女人にょにんえらべといって、女性じょせい美徳びとくたたえている」
「やっぱり、おとこのつごうのいいことばかりいってるんじゃありませんか」
「それは、古代こだい天竺てんじくこくが、日本にほんよりは、もっともっと男尊女卑だんそんじょひくにだったからしかたがない。――それから、龍樹りゅうじゅ菩薩ぼさつは、女人にょにんにむかって、こういうことばをあたえている」
「どういうこと?」
女人にょにんよ、おんは、男性だんせいとつぐなかれ」
「ヘンな言葉ことば
「おしまいまでかないでひやかしてはいけない。そのあとにこういう言葉ことばがつく。――女人にょにん、おんは、真理しんりせ」
「…………」
「わかるか。――真理しんりせ。――はやくいえば、おとこにほれるな、真理しんりれろということだ」
真理しんりってなに?」
かれると、わしにもまだわかっていないらしい」
「ホホホ」
「いっそ、ぞくにいおう、真実しんじつとつぐのだな。だからみやこ軽薄けいはくなあこがれのなどはらまずに、うまれた郷土きょうどで、よいむことだな」
「また……」
 真似まねをして、
沢庵たくあんさん、あなたは、はな手伝てつだいにたんでしょう」
「そうらしい」
「じゃあ、喋舌しゃべってばかりいないで、すこし、このかまってください」
「おやすいこと」
「そのあいだに、わたしは、おぎんさまうちって、あしためるおびがもうえているかもれないから、いただいてます」
「お吟様ぎんさま。アア、いつかおてらえた婦人ふじんやしきか、おれもくよ」
「そんな恰好かっこうで――」
「のどがかわいたのだ。おちゃをもらおう」

 もうおんな二十五にじゅうごである、きりょうがみにくいわけではなし、いえがらはよいのだし、そのおぎん嫁入よめいばなしがないわけではけっしてなかった。
 もっとも、おとうと武蔵たけぞう近郷きんごうきってのあばれんぼで、本位田村ほんいでんむら又八またはち宮本村みやもとむら武蔵たけぞうかと、少年時代しょうねんじだいから悪太郎あくたろう手本てほんにされているので、
(あのおとうとがいては)
 と、縁遠えんどおいところも多少たしょうあったが、それにしてもおぎんのつつましさや、教養きょうようこんで、ぜひ――というはなし度々たびたびあった。しかしその都度つど彼女かのじょことわ理由りゆうは、いつでも、
おとうと武蔵たけぞうが、もうすこし大人おとなになるまでは、わたくしが、ははとなっていてやりとうごさいますから――)
 という言葉ことばであった。
 兵学へいがく指南役しなんやくとして新免家しんめんけつかえていた、ちち無二斎むにさいがその新免しんめんというせい主家しゅかからゆるされたさかりの時代じだいてた屋敷やしきなので、英田川あいだがわ河原かわらしたにした石築いしきず土塀どべいまわしの家構いえがまえは、郷士ごうしにはぎたものであった。ひろいままにふるびて、いまでは屋根やねにはくさえ、そのむかし十手術じゅってじゅつ道場どうじょうとしていたところ高窓たかまどひさしのあいだには、つばめふんしろくたかっていた。
 なが牢人ろうにん生活せいかつあとまずしいなかちちんでったので、召使めしつかいもそのはいないが、もと雇人やといにんはみなこの宮本村みやもとむらものばかりなので、そのころのばあやとか仲間ちゅうげんとかが、かわるがわるにては台所だいどころだまって野菜やさいいてったり、けない部屋へや掃除そうじしてったり、水瓶みずがめみずをみたしてったりして、おとろえた無二斎むにさいいえまもっていてくれている。
 いまも――
 だれうらをあけてはいってくるものがあるとはおもったが、おおかたそれらのなかだれかであろうと、おく一室いっしつものをしていたおぎんは、はりもとめずにいると、
「おぎんさま。今日こんにちは――」
 うしろへおつうて、おともなくすわっていた。
だれかとおもったら……おつうさんでしたか。いま、あなたのおびっているところですが、あしたの灌仏会かんぶつえめるのでしょう」
「ええ、いそがしいところを、すみませんでした。自分じぶんえばいいんですけれど、おてらのほうも、ようおおくって」
「いいえ、どうせ、わたしこそ、ひまでこまっているくらいですもの。……なにかしていないと、つい、かんがえだしていけません」
 ふと、おぎんのうしろをあおぐと、燈明皿とうみょうざらに、ちいさながまたたいていた。そこの仏壇ぶつだんには、彼女かのじょいたものらしく、

行年十七歳こうねんじゅうななさい 新免武蔵之霊しんめんたけぞうのれい
同年どうねん    本位田又八之霊ほんいでんまたはちのれい

 ふたつの紙位牌かみいはいってあり、ささやかなみずはなとがささげてあるのだった。
「あら……」
 おつうは、をしばたたいて、
「お吟様ぎんさま、おふたりとも、んだというらせがたのでございますか」
「いいえ、でも……んだとしかおもえないではございませんか、わたしは、もうあきらめてしまいました。せきはらいくさのあった九月十五日くがつじゅうごにち命日めいにちおもっています」
縁起えんぎでもない」
 おつうは、つよくかおって、
「あの二人ふたりが、ぬものですか、いまにきっと、かえってますよ」
「あなたは、又八またはちさんのゆめる? ……」
「え、なんども」
「じゃあ、やっぱりんでいるのだ、わたしおとうとゆめばかりるから」
いやですよ、そんなことをいっては。こんなもの、不吉ふきつだから、がしてしまう」
 おつうは、すぐなみだをもった。ってって、仏壇ぶつだん燈明とうみょうをふきしてしまう。それでもまだいまわしさがれないように、げてあるはなみずうつわ両手りょうてって、つぎ部屋へや縁先えんさきへ、そのみずをさっとこぼすと、えんはしこしをかけていた沢庵たくあんが、
「あ、つめたい」
 と、びあがった。