88・宮本武蔵「水の巻」「鶯(9)女の道(1)(2)」


朗読「88水の巻54.mp3」20 MB、長さ: 約14分23秒

 おつうにとっては意外いがいであったが、沢庵たくあんにしてみれば、彼女かのじょをここで発見はっけんしたのは、自分じぶん予測よそくがあたったにぎないことだし、それから城太郎じょうたろうくわえた三人さんにんづれで、柳生谷やぎゅうだに石舟斎せきしゅうさいのところへもどることになったのも、べつだんなん偶然ぐうぜんでも奇蹟きせきでもなかったのである。
 そもそも。
 宗彭しゅうほう沢庵たくあん柳生家やぎゅうけとの関係かんけいは、いまはじまったあいだがらではなく、その機縁きえんとおまえからのことであって、この和尚おしょうがまだ大徳寺だいとくじ三玄院さんげんいんで、味噌みそったり大台所おおだいどころ雑巾ぞうきんってまわっていたころからのりあいだった。
 そのころ大徳寺だいとくじ北派ほっぱといわれる三玄院さんげんいんには、つね生死せいし問題もんだい解決かいけつしようとするさむらいとか、武術ぶじゅつ研究けんきゅうには同時どうじ精神せいしん究明きゅうめい必要ひつようであるとさとった武道家ぶどうかとか、かわった人物じんぶつ出入でいりがおおくて、
三玄院さんげんいんには謀叛むほんきりっている)
 とうわさされたほど、そこのぜんゆかは、そうよりもさむらいめられていたものだった。
 ――そこへよくていた人物じんぶつなか上泉伊勢守かみいずみいせのかみ老弟鈴木ろうていすずき意伯いはくがあり、柳生家やぎゅうけ息子むすこという柳生五郎左衛門やぎゅうごろうさえもんがあり、そのおとうと宗矩むねのりなどがあった。
 まだ但馬守たじまのかみとならない青年宗矩せいねんむねのり沢庵たくあんとは、たちまち、したしくなって、以来いらい二人ふたり交友こうゆうあさからぬものがあって、小柳生城こやぎゅうじょうへも幾度いくどおとずれるうちに、宗矩むねのりちち石舟斎せきしゅうさいとは息子以上むすこいじょうに、
はなせるおやじ)
 と尊敬そんけいし、石舟斎せきしゅうさいもまた、
(あの坊主ぼうず、ものになる)
 と、ゆるしていた。
 こんどの訪問ほうもんは、九州きゅうしゅう遍歴へんれきして、さきごろから泉州せんしゅう南宗寺なんそうじ沢庵たくあんつえをとめていたので、そこからひさしぶりに、柳生父子やぎゅうおやこ消息しょうそく手紙てがみでたずねてやると、その返辞へんじに、石舟斎せきしゅうさいから細々ほそぼそ便たよりがあって、
(――ちかごろ自分じぶんいたってめぐまれている。江戸表えどおもてへやった但馬守宗矩たじまのかみむねのりも、無事御奉公ぶじごほうこうをしているし、まご兵庫ひょうごも、肥後ひご加藤家かとうけして、目下もっか修行しゅぎょうして他国たこくあるいているが、これもまずまずどうやら一人前いちにんまえにはなれそうだし、おりからちかごろ、自分じぶん手許てもとには、眉目みめうるわしいふえ上手じょうず佳人かじんて、朝夕あさゆう世話せわやら、ちゃはな和歌わか相手あいてやら、とかくに寒巌枯骨かんがんここつになりやすい草庵そうあんに、一輪いちりんはなをそえている。その女性じょせいは、和尚おしょう郷国くにとはすぐちか美作みまさか七宝寺しっぽうじとやらでそだったものであるといえば、和尚おしょうとははなしおう。佳人かじんふえきながらいっせき美酒びしゅは、ちゃ時鳥ほととぎすというよるともまたかわったあじがある。ぜひ、そこまでているなら、一夜いちやいて、老叟ろうそう宿しゅくへもたまえかし)
 ――こういう手紙てがみると、沢庵たくあんは、まゆげずにいられなかった。まして手紙てがみのうちにある眉目みめうるわしい女性じょせい笛吹ふえふきといえば、どうやら、かねて時折ときおりあんじているむかしなじみのおつうらしくもあるし――
 そんなわけでぶらりとこの地方ちほうあるいて沢庵たくあんであるから、その柳生谷やぎゅうだにちかやまで、おつうのすがたをかけたことは、さまで意外いがいとしなかったが、おつうはなしによって、
しかった」
 と、かれしたらして嘆息たんそくしたのは、たったいま武蔵むさし伊賀路いがじのほうへむかってったということであった。

おんなみち

 そこの胡桃くるみおかから、石舟斎せきしゅうさいのいる山荘さんそうふもとまで、城太郎じょうたろうれて、悄々しおしおかえしてゆくあいだに、沢庵たくあんからいろいろいただされて、おつうがつつみかくしなく、その自分じぶんあるいてみちやらこのたびのことを、かれなればなんでもとこころをゆるして、かたりもし相談そうだんもしたであろうことは、想像そうぞうかたくあるまい。
「む。……む……」
 沢庵たくあんは、いもうとごとでもいてやるように、うるさいかおもせずいくたびもうなずいて、
「そうか、なるほど、おんなというものは、おとこにはできない生涯しょうがいえらぶものだ。――そこで、おつうさんの今考いまかんがえていることは、これからどっちをあるこうというわかみち相談そうだんじゃろ」
「いいえ……」
「じゃあ……?」
いまさら、そんなことに、まよってはおりません」
 俯向うつむきがちな彼女かのじょちからのない横顔よこがおれば、くさいろくらえているであろうほど、減失げんしつなかひとだったが、そういった言葉ことば語尾ごびには、沢庵たくあんをひらいて見直みなおすくらい、つよちからがこもっていた。
「あきらめようか、どうしようか、そんなまよいをしているくらいなら、わたし七宝寺しっぽうじからてなどまいりません。……これからもこうとするみちまっているのです。ただそれが、武蔵むさしさまの不為ふためであったら――わたしきていてはあのかた幸福こうふくにならないのなら――わたし自分じぶんを、どうかするほかないのです」
「どうかとは」
いまいえません」
「おつうさん、をつけな」
なにをですか」
「おまえの黒髪くろかみをひっぱっているよ。このあかるいした死神しにがみが」
わたしにはなんともありません」
「そうだろう、死神しにがみ加勢かせいしているんじゃもの。――だが、ぬほどうつけはないよ。それも片恋かたこいではな。ハハハハハ」
 まるで他人事ひとごとながされるのがおつうはらだたしかった。こいをしない人間にんげんになんでこの気持きもちがわかる。それは沢庵たくあんが、愚人ぐじんをつかまえてぜんくのとおなじである。ぜん人生じんせい真理しんりがあるなら、こいのうちにも必死ひっし人生じんせいはあるのだ。すくなくも、女性じょせいにとっては、なまぬるい禅坊主ぜんぼうずが、隻手せきしゅこえ如何いかんなどと、初歩しょほ公案こうあんくよりも、生命いのちがけの大事だいじなのである。
(――もうはなさない)
 くちびるをかんでそうめたように、おつうだまってしまうと、今度こんど沢庵たくあんから真面目まじめさをせて、
「おつうさん、おまえはなぜおとこうまれなかったのだい。それほどつよ意思いしおとこならば、すくなくもひとかどくにのために役立やくだものになれたろうに」
「こういうおんながあってはいけないんですか。武蔵むさしさまの不為ふためなのですか」
「ひがみなさんな。そういったわけではない。――だが武蔵むさしは、おまえがいくら愛慕あいぼしめしても、そこからげてしまうんじゃないか。――そうとしたら、ってもつかまるまい」
「おもしろいので、こんなくるしみをしているのではありません」
すこわないうちに、おまえ世間せけんなみのおんな理窟りくつをいうようになったの」
「だって。……いえ、もうよしましょう、沢庵たくあんさんのような名僧めいそう智識ちしきに、おんな気持きもちがわかるはずはありませんから」
「わしも、おんなは、苦手にがてだよ、返辞へんじにこまる」
 おつうは、ついとあしらし、
「――城太じょうたさん、おいで」
 かれともに、沢庵たくあんをそこへてて、べつなみちあゆみかけた。

 沢庵たくあんちどまった。ふとなげくようなまゆをうごかしたが、是非ぜひもないとしたらしく、
「おつうさん、ではもう石舟斎様せきしゅうさいさまにおわかれもせずに、自分じぶんきたいみちくつもりか」
「ええおわかれは、こころのうちでここからいたします。もともと、あの御草庵ごそうあんにも、こんなながくお世話せわになるつもりもなかったのですから」
おもなおはないか」
「どういうふうに」
七宝寺しっぽうじのある美作みまさか山奥やまおくもよかったが、この柳生やぎゅうしょうもわるくないの。平和へいわ醇朴じゅんぼくで、おつうさんのような佳人かじんは、世俗せぞくみどろなちまたさずに、生涯しょうがいそっと、こういう山河さんがまわせてきたいものじゃ。たとえばそこらにいているうぐいすのようにな」
「ホ、ホ、ホ。ありがとうございます。沢庵たくあんさん」
「だめだ――」
 沢庵たくあんは、嘆息たんそくした。自分じぶんおもりも、盲目的もうもくてきおもほうはしろうとするこの青春せいしゅん処女おとめには、なんちからもないことをった。
「だが、おつうさん。――そっちへくのは、無明むみょうみちだぞ」
無明むみょう
「おまえもてらそだった処女むすめじゃから、無明煩悩むみょうぼんのうのさまよいが、どんなにてなきものか、かなしいものか、すくわれがたいものかぐらいはっておろうが」
「でも、わたしには、うまれながら有明うみょうみちはなかったんです」
「いや、ある!」
 沢庵たくあん一縷いちるのぞみへ情熱じょうねつをこめて、このうですがれとばかり、おつうのそばへってそのった。
「わしから石舟斎様せきしゅうさいさまへようたのんであげよう。かたを、生涯しょうがい落着おちつきを。――この小柳生城こやぎゅうじょうにいて、よい良人おっとをえらび、よいみ、おんなのなすことをなしていてくれたら、それだけここの郷土きょうどつよくなるし、そなたもどんなに幸福こうふくれぬが」
沢庵たくあんさんのご親切しんせつはわかりますけど……」
「そうせい」
 おもわずって、城太郎じょうたろうへも、
小僧こぞう、おまえもい」
 城太郎じょうたろうはかぶりをって、
「おらいやだ。お師匠ししょうさまのあといかけてくんだから」
くにしても、一度いちど山荘さんそうへもどれ、そして石舟斎せきしゅうさいさまにごあいさつもうしての」
「そうだ、おら、御城内ごじょうない大事だいじ仮面めんいてた。あれをりにゆこう」
 城太郎じょうたろうけてったが、かれあしもとには、有明うみょうもない、無明むみょうもない。
 しかしおつうはそのふたつのわかみちったままうごかなかった。それからも沢庵たくあんがむかしの友達ともだちかえって、懇々こんこんと、彼女かのじょのさしてゆく人生じんせい危険きけんであることと、女性じょせい幸福こうふくがそこばかりにないことをくのであったが、おつういまこころをうごかすにはらなかった。
「あった! あった!」
 城太郎じょうたろう仮面めんをかぶって、山荘さんそう坂道さかみちりてた。沢庵たくあんはふとその狂女きょうじょ仮面めんをながめて慄然りつぜんとした。――やがて年月ねんげつ無明むみょう彼方あなたにいつか出会であうおつうかお今見いまみせられたように。
「――では沢庵たくあんさま」
 おつう一歩離いっぽはなれた。
 城太郎じょうたろうは、彼女かのじょたもとにすがって、
「さ、こう。サ……はやこう」
 沢庵たくあんは、ひるくもに、ひとみをあげ、おのれの無力むりょくたんじるように、
「やんぬるかな。――釈尊しゃくそん女人にょにんすくがたしといったが」
左様さようなら。石舟斎様せきしゅうさいさまへは、ここからおがんでまいりますが、沢庵たくあんさんからも……どうぞ」
「ああ、われながら坊主ぼうず馬鹿ばかえてる。先々さきざきで、地獄じごくゆきの落人おちゅうどばかりにう。……おつうさん、六道三ろくどうさんおぼれかけたら、いつでもわしのをおび。いいか、沢庵たくあんおもしてぶのだぞ。――じゃあけるところまでってみるさ」