87・宮本武蔵「水の巻」「鶯(7)(8)」


朗読「87水の巻53.mp3」14 MB、長さ: 約10分11秒

 もんのそばにちていた手拭てぬぐいであった。手拭てぬぐいいましぼったようにれていた。それをんづけてから城太郎じょうたろうつまげてていたのである。
「……これ、お師匠様ししょうさまのだぜ」
 おつうそばて、
「え、武蔵様むさしさまのですって」
 城太郎じょうたろうは、手拭てぬぐいみみって両手りょうてにひろげ、
「そうだそうだ、奈良なら後家様ごけさまのうちでもらったんだ。紅葉もみじめてある。そして、宗因そういん饅頭まんじゅうの『りん』というめてあら」
「じゃあ、このへんに?」
 おつうにわかにまわすと、城太郎じょうたろう彼女かのじょみみのそばでいきなりがって、
「――おッしょうさまあっ」
 かたわらのはやしなかで、さっと樹々きぎつゆひかり、鹿しかでもぶような物音ものおとがそのときした。――びくっとおつうかおめぐらして、
「あっ?」
 城太郎じょうたろうてて、突然とつぜんまっしぐらにはしした。
 城太郎じょうたろうあとからいきをきっていかけながら、
「――おつうさん、おつうさん、何処どこくのさ!」
武蔵様むさしさまけてゆく」
「え、え、どっちへ」
彼方むこうへ」
えないよ」
「――あの、はやしなかを」
 武蔵むさしかげをチラとよろこびに失望しつぼうと――とおってゆくそのひといつこうとするおんなあしのいっぱいな努力どりょくで、彼女かのじょは、おおくの言葉ことばついやしていられなかった。
「うそだい、ちがうだろ」
 城太郎じょうたろうは、ともにけてはいるがまだしんじないかおつきで、
「お師匠様ししょうさまなら、おらたちの姿すがたて、げてゆくわけはない、人違ひとちがいだろ」
「でも、御覧ごらん
「だから何処どこにさ」
「あれ――」
 ついに、彼女かのじょは、発狂はっきょうしたかのようなこえをふりしぼって、
武蔵様むさしさまあ! ……」
 みちばたのにつまずいてよろめいた。そして、城太郎じょうたろうおこされながら、
「おまえもなぜばないのです! 城太郎じょうたろうさん、はやく、おび!」
 城太郎じょうたろうはぎょっとして、そういうおつうかおをすえてしまった。――なんていることだろう、くちこそけていないが、ばしっているあおじろくはりった眉間みけんろうったような小鼻こばなあご皮膚ひふ――
 ている。そっくりといってもよい。あの奈良なら観世かんぜ後家ごけから、城太郎じょうたろうがもらって狂女きょうじょ仮面めんと。
 城太郎じょうたろうは、たじろいで、彼女かのじょからだからはなした。するとおつうは、その戸惑とまどいをしかりつけるように、
「はやくいつかなければだめです。武蔵様むさしさまは、かえってない。おび、おび、わたしびますからこえかぎりに――」
 そんな馬鹿ばかなことはあるはずがないと、城太郎じょうたろうこころのうちで否定ひていするのであったが、おつうあまりにも真剣しんけん血相けっそうては、そうもいっていられなかったとみえ、かれも、せいいっぱいおおきなこえして、おつうはしるままにはしってった。
 はやしをぬけるとひくおかがあって、やまづたいにつきから伊賀いがへゆける裏道うらみちになっていた。
「あっ、ほんとだ」
 そこのおかみちつと、城太郎じょうたろうにも武蔵むさし姿すがたあきらかにうつった。けれどそれはもうこえとどかない距離きょり彼方かなたにであった。あとずにとおくをけてゆく人影ひとかげだった。

「あっ、彼方むこうに――」
 二人ふたりけた。んだ。
 あしのかぎりに、こえのかぎりに。
 ごえをふくんだ二人ふたりのさけびが、おかり、け、やまふところの谷間たにままでけて、木魂こだまびたてる。
 だが、とおちいさくえていた武蔵むさしかげは、そこのやまふところにはいったままもうどこにもあたらなかった。
 漠々ばくばくとして白雲はくうんはふかい。淙々そうそうとして渓水たにみずおとむなしい。母親ははおやぶさからてられた嬰児あかごのように、城太郎じょうたろうだんだをんできわめいた。
「ばか野郎やろうっ、お師匠ししょうさんの大馬鹿おおばか。おらをてて……おらをこんなところへてて……やいっ、ちくしょうっ、どこへっちまやがったんだ」
 おつうはまたおつうで、かれとはべつに、おおきな胡桃くるみあえむねをもたせかけて、ただ、しゅくしゅくときじゃくっている。
 これほどに一生いっしょうげやっている自分じぶん気持きもちも、まだあのひとあしめるにはらないのであろうか。彼女かのじょはそれが口惜くやしかった。
 あのひとこころざし今何いまなに目的もくてきとしているか、また、なんのために自分じぶんけてったのか、それは姫路ひめじ花田橋はなだばしときからよくわかっている問題もんだいである。けれど彼女かのじょとしてはこうおもう。
(どうしてわたしっては、そのこころざし邪魔じゃまになるのか?)
 また、こうもおもった。
(それはいいわけで、わたしきらいなのか?)
 だが、おつうは、七宝寺しっぽうじ千年杉せんねんすぎ幾日いくにちつめて、武蔵むさしがどういう男性だんせいであるかを十分じゅうぶんりつくしていた。おんなにうそをいうようなひとではないとしんじている。いやならばいやといいきるひとなのだ。そのひとが、花田橋はなだばしでは、
けっして、そなたがきらいなわけではない――)
 といった。
 おつうは、それをうらみにおもう。
 では自分じぶんはどうしたらいいのか。孤児みなしごというものには一種いっしゅつめたさとひがみがあって、めったにひとしんじないかわりに、しんじたからには、そのひとよりほかにたよりもきがいもないようにおもむものだ。まして自分じぶん本位田又八ほんいでんまたはちという男性だんせい裏切うらぎられている。男性だんせいることに深刻しんこくになるべくおしえられた揚句あげくなのだ。このひとこそなかすくない真実しんじつ男性だんせい生涯しょうがいをもめてあるいてたのである。どうなっても後悔こうかいはしないという覚悟かくごで。
「……なぜ一言ひとことでも」
 胡桃くるみはふるえていた。にものをいえばさえ感動かんどうするかのように。
「……あんまりです……」
 うらめばうらむほどものくるわしくこいしいのだ。宿命しゅくめいといおうか。どうしても、そのひととの生命せいめい合致がっちなければ、ほんとの人生じんせい呼吸こきゅうすることのできない生命せいめいっていることは、弱々よわよわしい精神せいしんにはえないほどなくるしみにちがいなかった。片肺かたはい肉体にくたいっている以上いじょうくるしみだった。
「……あ、ぼうさんがる」
 半狂人はんきょうらんのようにおこっていた城太郎じょうたろうがそうつぶやいたが、おつう胡桃くるみからかおはなそうとしなかった。
 伊賀いが山々やまやまには、初夏しょかている。真昼まひるになるほどそら透明性とうめいせい紺碧こんぺきつよくしてきた。
 ――たびぼうさんは、そのやまをひょこひょこりてた。白雲はくうんなかからうまれてたように、なかきずななにっていない姿すがたである。
 ふと、胡桃くるみ彼方かなたとおりかけて、そこにいるおつうのすがたをいた。
「おや? ……」
 そのこえに、おつうかおをあげた。らしたは、びっくりしておおきくさけんだ。
「あっ……沢庵たくあんさん」
 おりおりである。宗彭しゅうほう沢庵たくあんのすがたは、彼女かのじょにとって、おおきな光明こうみょうだった。それだけに、こんなところへ沢庵たくあんとおるなんて、あまりに偶然ぐうぜんがして、おつうは、白昼夢はくちゅうむにさまよっているような気持きもちがしてならなかった。