79・宮本武蔵「水の巻」「円座(5)太郎(1)」


朗読「79水の巻43.mp3」14 MB、長さ: 約10分14秒

 なんとかして石舟斎せきしゅうさいちかづく機縁きえんをつかみたい、かれ試合しあいしてみたい、兵法へいほう大宗たいそうといわれる老龍ろうりゅう自己じこ剣下けんかにひざまずかせてみたい。
 自己じこかんむりに、おおきな勝星かちぼしひとくわえることだ。
 ――武蔵来むさしきたり、武蔵去むさしさる。
 と記録的きろくてき足痕あしあとを、この土地とちへのこすことだ。
 かれさかん客気かっきいま、その野望やぼう満身まんしんやしながらここにすわっている。しかもそれをあらわさずにである。よるしずか、きゃくしずかなうちにである。短檠たんけいひかり時折ときおり烏賊いかのようなすみき、かぜあいだに、どこかで片言かたこと初蛙はつかわずく。
 庄田しょうだ出淵でぶちは、かおあわせてなにわらった。武蔵むさしいまいったことば――
(――いてたくおぼすなら、わたしをおためしくださるほかはない)
 これはおだやかのようだが、あきらかに戦闘せんとういどむものだ。出淵でぶち庄田しょうだは、四高弟よんこうていのうちでも年上としうえだけに、はやくも武蔵むさし覇気はきてとって、
豎子じゅしなにをいうか)
 と、その若気わかげ苦笑くしょうするもののようであった。
 話題わだいひとつところにとどまらない。けんはなしぜんはなし諸国しょこくのうわさばなし、わけてもせきはら合戦かっせんには、出淵でぶちも、庄田しょうだも、村田与三むらたよぞう主人しゅじんについてたので、そのおり東軍とうぐん西軍せいぐんとの敵味方てきみかたであった武蔵むさしとはひどくはなしはいって、主人側しゅじんがわもおもしろげにしゃべりし、武蔵むさしきょうってはなしける。
 いたずらに、ときぎ――
今夜こんやをおいて、二度にどと、石舟斎せきしゅうさいちかづく機会きかいはない)
 おもいめぐらすうちに、
「おきゃく麦飯ばくはんでござるが」
 と、さけをひいて、麦飯ばくはんしるとがされる。
 それをべつつも、
(どうしたらかれに)
 武蔵むさしは、他念たねんがない。そしておもうには、
所詮しょせん尋常じんじょうなことでは接近せっきんできまい。よし!)
 かれは、自分じぶんでも下策げさくおもさくるほかなかった。つまり相手あいてげきさせて、相手あいてさそすことだ。しかし、自分じぶん冷静れいせいにおいて、ひとおこらせることはむずかしい。武蔵むさしは、故意こいに、暴論ぼうろんいてみたり、無礼ぶれい態度たいどせたりしたが、庄田喜左衛門しょうだきざえもん出淵でぶちわらってながすだけである。くわっとってるような不覚ふかくはこの四高弟よんこうていのうちにはない。
 武蔵むさしは、やや焦心あせった。これでかえることが無念むねんだった。自分じぶんそこそこまでを見透みすかされてしまったがする。
「さ、くつろごう」
 食後しょくごちゃになると、四高弟よんこうていは、円座えんざおもおもいの居心地いごこちうつして、ひざかかえるのもある。あぐらをものもある。
 武蔵むさしだけは、依然いぜんとして、隅柱すみばしらっていた。つい無口むくちになる。怏々おうおうとしてたのしまないものがむねめてれないのだ。つとはかぎらない、ころされるかもれない。――それにしても石舟斎せきしゅうさい試合しあわずしてこのしろるのは生涯しょうがい遺憾いかんだとおもう。
「やっ?」
 ふいにそのとき村田与三むらたよぞうえんって、くらそとへつぶやいた。
太郎たろうえている。ただのかたではない。何事なにごとかあるのではあるまいか」
 太郎たろうとはあの黒犬くろいぬか、なるほど、まるのほうでおそろしくてている。そのこえが、四方しほうやまこだまんで、いぬともおもえないすごさであった。

太郎たろう

 いぬこえは、容易よういにやまない。凡事ただごとともおもえないかたなのである。
何事なにごとだろう? 失礼しつれいだが、武蔵むさしどの、ちょっと中座ちゅうざしてまいります。――どうぞごゆるりと」
 せきはずして、出淵孫兵衛でぶちまごべえてゆくと、村田与三むらたよぞうも、木村助九郎きむらすけくろうも、
暫時ざんじ、ごめんを」
 とおのおの、武蔵むさしたいして、会釈えしゃくのこしながら、出淵でぶちにつづいてそとった。
 とおやみなかに、いぬこえは、いよいよ、なに主人しゅじんきゅうげるようにきつづけていた。
 三名さんめいったあとせきは、その遠吠とおぼえがよけいにすごんできこえ、しらけわたったしょくあかりに、鬼気ききがみなぎっていた。
 城内じょうない番犬ばんけんが、こう異様いようごえてるからには、なに城内じょうない異変いへんがあったものとかんがえなければならぬ。いま諸国しょこくともにやや泰平たいへいのようでもあるが、けっして隣国りんごくはゆるせたものではない。いつどんな梟雄きゅうゆうって、どんな野心やしんふるおこさないかぎりもないのだ。乱波者らっぱもの(おんみつ)はどこの城下じょうかへもはいりこんで、まくらたかくしてているくにをさがしているのだ。
「はての?」
 ひとりそこにのこっている主人側しゅじんがわ庄田喜左衛門しょうだきざえもんも、いかにも不安ふあんそうであった。なんとなく、火色ひいろわる短檠たんけいつめて、陰々滅々いんいんめつめつこだまするいぬこえをかぞえるようにみみをたてていた。
 そのうちに、一声ひとこえ、けえん! とあやしげなかたいてきこえると、
「あっ」
 喜左衛門きざえもんが、武蔵むさしかおた。
 武蔵むさしもまた、
「あっ……」
 と、かすかなこえらし、同時どうじに、ひざっていった。
んだ」
 すると、喜左衛門きざえもんともに、
太郎たろうめ、られおった」
 といった。
 二人ふたり直感ちょっかん一致いっちしたのである。喜左衛門きざえもんはもう居堪いたたまらないで、
せぬこと」
 と、せきった。
 武蔵むさしなにおもあたることがあるもののように、
わたしれてまいった城太郎じょうたろうという僕童わらべは、そこにひかえておりましょうか」
 と、新陰堂しんいんどうおもて部屋へやにいる小侍こざむらいむかってたずねた。
 そこらをさがしているらしく、しばらくたってから、小侍こざむらい返辞へんじきこえた。
「お下僕しもべは、えませぬが」
 武蔵むさしは、ハッとしたらしく、
「さては」
 と、喜左衛門きざえもんむかい、
「ちと心懸こころがかりながござる。いぬたおれておる場所ばしょまいりたいとおもいますが、ご案内下あんないくださるまいか」
「おやすいこと」
 喜左衛門きざえもんは、さきって、まるのほうへはしった。
 れい武者むしゃだまりの道場どうじょうから一町いっちょうほどはなれている場所ばしょだった。五点ごてん松火たいまつあかりがかたまっていたのですぐわかった。さきった村田むらた出淵でぶちもそこにいた。そのほかあつまってていた足軽あしがるだの、宿直とのいものだの、番士ばんしたちだのが、くろかきをなしてなに騒々ざわざわいっているのだった。
「お!」
 武蔵むさしは、その人々ひとびとのうしろから、松火たいまつあかりがまる空地あきちつくっているなかをのぞいて、愕然がくぜんとした。
 あんのじょう、そこにっていたのはおにのように、まみれになっている城太郎じょうたろうであった。
 木剣ぼっけんひっさげ、いしばり、かたいきをつきながら、自分じぶんをとりかこんでいる藩士はんしたちを、しろにらみつけている。
 そのそばには、くろ紀州犬きしゅうけん太郎たろうが、これも、無念むねん形相ぎょうそうをして、きばし、四肢ししよこにしてたおれているのだった。
「? ……」
 しばらくものをいうものもなかった。いぬは、松火たいまつほのおむかって、くわっとひらいているけれど、くちからいているところをると、完全かんぜんんでいるのである。