73・宮本武蔵「水の巻」「芍薬の使者(5)(6)」


朗読「73水の巻37.mp3」12 MB、長さ: 約8分50秒

 なお石舟斎せきしゅうさいから、使つかいの口上こうじょうさずかって、おつうは、つぎあさ
「では、ってまいります」
 被衣かずぎして、山荘さんそうた。
 外曲輪そとぐるわうまやをのぞき、
「あの……おうま一頭いっとうりしてまいります」
 そこらを掃除そうじしていた厩方うまかた小者こものが、
「おや、おつうさん。――どちらまで?」
「お城下じょうか綿屋わたやという旅籠はたごまで、大殿おおとののお使者ししゃまいります」
「では、おともいたしましょう」
「それにはおよびませぬ」
「だいじょうぶで?」
うまきです。田舎いなかにいたころから、野馬のまれておりますから」
 褪紅色たいこうしょく被衣かずぎが、こまのうえに自然しぜん姿すがたられてった。
 被衣かずぎは、都会とかいではもうふる服装ふくそうとして、上流じょうりゅうのあいだでもすたっていたが、地方ちほう土豪どごう中流ちゅうりゅう女子じょしにはまだこのましがられていた。
 ほころびかけた白芍薬しろしゃくやく一枝ひとえだ石舟斎せきしゅうさい手紙てがみむすんである、それをって、片手かたてかる手綱たづなをさばいてゆく彼女かのじょのすがたをると、
「お通様つうさまがとおる」
「あのひとがお通様つうさまか」
 と、はたけもの見送みおくっていた。
 わずかなあいだに、彼女かのじょが、はたけものにまでこうわたっているわけは、はたけもの石舟斎せきしゅうさいとが、百姓ひゃくしょう領主りょうしゅというような窮屈きゅうくつ関係かんけいでなく、非常ひじょうしたしみぶかいあいだがらにあるので、その大殿おおとののそばにちかごろ、ふえをよくするうつくしいおんなかしずいているということから、かれらの石舟斎せきしゅうさいたいする尊敬そんけい親密しんみつが、したがって、彼女かのじょにまでおよぼしている実証じっしょうであった。
 半里はんりほどて、
綿屋わたやという旅籠はたごは?」
 こまうえから、農家のうか女房にょうぼうくと、その女房にょうぼうがまた、子供こども背負せおって、ながれでなべしりあらっていたのに、
綿屋わたやかっしゃれますか。わしが、ご案内あんないいたしますべ」
 ようをすてて、さきけるので、
「もし、わざわざくださらなくても、およそくちっしゃってくださればようございますのに」
「なに、すぐそこだがな」
 そのすぐそこが十町じゅっちょうもあった。
此家ここだがな、綿屋わたやさんは」
「ありがとう」
 りて、軒先のきさきに、こまをつないでいると、
「いらっしゃいまし。おとまりですか」
 と、小茶こちゃちゃんがてくる。
「いいえ、こちらにとまっている吉岡伝七郎様よしおかでんしちろうさまたずねてたのです。――石舟斎様せきしゅうさいさまのお使つかいで」
 小茶こちゃちゃんはけこんで、やがてもどってると、
「どうぞ、おがりください」
 おりから今朝宿けさやどつので騒々ざわざわとそこで草鞋わらじ穿いたり、かたにしていた旅人たびびとたちは、
何家どこの?」
だれのおきゃく
 小茶こちゃちゃんにいておくとおってゆく彼女かのじょひなまれれな眉目みめと、どことなく、ろうたけているとでもいうか、ひんのあるすがたに、ささやきをおくっていた。
 ゆうべおそくまでんで、いまがたやっとしたところ吉岡伝七郎よしおかでんしちろうとそのれのものは、小柳生城こやぎゅうじょうからの使つかいとき、またきのうのくまみたいな顎髯あごひげ持主もちぬしかとしていると、おもいのほかな使者ししゃと、その使者ししゃたずさえている白芍薬しろしゃくやくえだて、
「や、これは。……こんならかしているところへ」
 と、ひどく恐縮顔きょうしゅくかおをして、部屋へや殺風景さっぷうけいをつかうばかりでなく、自分じぶんたちの衣紋えもんひざも、にわかあらためて、
「さ、こちらへ、こちらへ」

小柳生こやぎゅう大殿おおとのから、もうしつかってものでござりますが」
 おつうは、芍薬しゃくやく一枝ひとえだを、伝七郎でんしちろうのまえにさしいて、
「おひらきくださいませ」
「ほ。……このおふみ
 伝七郎でんしちろういて、
拝見はいけんいたす」
 一尺いっしゃくにもらない手紙てがみである。ちゃあじとでもいおうか、さらさらとすみうすく、

御会ごえしゃく、度々たびたびいたそうろう老生ろうせい、あいにく先頃さきごろより風邪かぜぎみ、年老としよりのみずばなよりは、清純一枝せいじゅんひとえだ芍薬しゃくやくこそ、諸君子しょくんし旅情りょじょうなぐさもうすにるべく、被存ぞんぜらそうろうまま、はな花持はなもたせて、おびにつかわしそうろう
こもりのそとふこしずみて、顔浮かおうかみすも、ものや。
御愍笑ごびんしょう御愍笑ごびんしょう

 石舟斎せきしゅうさい
  伝七郎でんしちろうどの
   ほかしょ大雅たいが

「ふム……」
 つまらなそうにはならし、手紙てがみいて、
「これだけでござるか」
「それから――かように大殿おおとののおことばでございました。せめて、粗茶そちゃいっぷくなりとさしげたいのですが、家中武骨者かちゅうぶこつものぞろいで、こころききたるものはいず、おりわるく子息しそく宗矩むねのりも、江戸表えどおもて出府しゅっぷおり粗略そりゃくあっては、みやこ方々かたがたへ、かえっておわらいのたね、また失礼しつれい。いずれまたのおついでのせつにはと――」
「ははあ」
 不審顔ふしんがおつくって、
おおせによると、石舟斎せきしゅうさいどのは、なにか、吾々われわれ茶事ちゃじのお手前てまえでも所望しょもうしたようにっておられるらしいが、それがしどもは、武門ぶもん茶事ちゃじなどはかいさんのでござる。おのぞもうしたのは、石舟斎せきしゅうさいどののご健存けんざい、ついでに御指南ごしなんねがったつもりであるが」
「よう、ご承知しょうちでいらっしゃいます。したが、近頃ちかごろは、風月ふうげつともにして、余生よせいをおおくりあそばしているおからだなにかにつけ、茶事ちゃじたくしてものをっしゃるのがくせなのでございまする」
「ぜひがない」
 と、苦々にがにがしく、
「では、いずれまた、再遊さいゆうのせつには、ぜひともおにかかると、おつたえください」
 と伝七郎でんしちろうが、芍薬しゃくやくえだをつきもどすと、おつうは、
「あの、これは、道中どうちゅうのおなぐさみに、おかごなればかごはしへ、うまなればくらのどこぞへでもして、おかえくださるようにと、大殿おおとののおことばでございましたが」
「なに、これを土産みやげにだと」
 おとして、はずかしめられでもしたように、っといろをなして、
「ば、ばかな。芍薬しゃくやくきょうにもいているといってくれい」
 ――そうことわられるものを、いて、しつけてゆくわけにもゆかないので、おつうは、
「ではかえりましたうえ、そのように、……」
 芍薬しゃくやくち、もの膏薬こうやくぐように、そっとあいさつして、廊下ろうかた。
 よほど不快ふかいだったとみえ、おくってものもない。おつうは、それをかんじて、廊下ろうかると、くすりとわらった。
 おな廊下ろうか幾間いくまかをへだてたさき一室いっしつには、もうこの土地とち十日余とおかあまりになる武蔵むさしとまっていたのである。彼女かのじょが、その黒光くろびかりにつやている廊下ろうかよこて、反対はんたいおもてのほうへこうとすると、ふと、武蔵むさし部屋へやから、だれって、廊下ろうかた。