72・宮本武蔵「水の巻」「芍薬の使者(3)(4)」


朗読「72水の巻36.mp3」12 MB、長さ: 約8分55秒

 いまかれんでいる山荘さんそうは、もちろん小柳生城こやぎゅうじょうなかではあるが、砦作とりでづくりの頑丈がんじょう建築たてものは、石舟斎せきしゅうさい老後ろうご心境しんきょうにはぴったりしないので、べつに、簡素かんそ一草庵いっそうあんて、入口いりぐちもべつにして、まったく一箇いっこ山中人さんちゅうじん生活せいかつ余生よせいたのしんでいる。
「おつう、どうじゃの、わしがけたはなきておろうが」
 伊賀いがつぼに、一輪いちりん芍薬しゃくやくれて、石舟斎せきしゅうさいは、自分じぶんけたはな見惚みとれていた。
「ほんに……」
 と、おつうはうしろから拝見はいけんしている。
大殿おおとのさまは、よほど茶道さどうもおはなもおならいになったのでしょう」
「うそをもうせ、わしは公卿くげじゃなし、挿花はな香道こうどうについたことはない」
「でも、そうえますもの」
「なんの、挿花はなけるのも、わしは剣道けんどうけるのじゃ」
「ま」
 彼女かのじょは、おどろいたをして、
剣道けんどう挿花はなけられましょうか」
かるとも。はなけるにも、ける。ゆびさきげたり、はなくびめたりはせんのじゃ。くすがたをってて、こうをもってみずれる。――だからまずこのとおり、はなんでいない」
 このひとのそばにいてから、おつうはいろいろなことをおしえられたがする。
 ――ほんのみちばたでったというだけのえんで、この柳生家やぎゅうけ用人ようにんである庄田喜左衛門しょうだきざえもんに、無聊ぶりょう大殿おおとのへ、ふえ一曲いっきょくをとのぞまれていてたのであったが――
 そのふえが、ひどく、石舟斎せきしゅうさいったものか、また、この山荘さんそうにも、おつうのようなわかおんなのやわらかさが一点いちてんはあってしいとおもわれたのか、おつうが、
「おいとまを」
 といいしても、
「まあ、もうすこしおれ」
 とか、
「わしがちゃおしえてやる」
 とか、
和歌うたをやるか。では、わしにもすこし古今調こきんちょうほどきしてくれい。万葉まんようもよいが、いっそこうびた草庵そうあんあるじになってみると、やはり山家集さんかしゅうあたりの淡々たんたんとしたところがよいの」
 などといって、はなしたがらないし、おつうもまた、
大殿おおとのさまには、かようなお頭巾ずきんがよかろうとおもってってみました。おつむりへおもちあそばしますか」
 武骨ぶこつおとこ家来けらいたちには、のつかないこまやかさをつくすので、
「ほう、これはよい」
 その頭巾ずきんをかぶり、またとないもののように、おつう可愛かわいがるのであった。
 つきよるにはよく、彼女かのじょがそこでおきにれるふえが、小柳生城こやぎゅうじょうおもてのほうまできこえてた。
 庄田喜左衛門しょうだきざえもんは、
んだおって――」
 と自分じぶんまでが、ひろものをしたように、うれしくおもっていた。
 喜左衛門きざえもんいま城下じょうかからもどってて、ふるとりでおくはやしけ、大殿おおとのしずかな山荘さんそうをそっとのぞいた。
「おつうどの」
「はい」
 柴折しおりけて、
「まあ、これは。……さあどうぞ」
大殿おおとのは」
御書見ごしょけんでいらっしゃいます」
「ちょっと、お取次とりつください。――喜左衛門きざえもん、ただいま、お使つかいからもどりましたと」

「ホホホ。庄田様しょうださま、それはあべこべでございます」
「なぜ」
「わたくしは、そとからばれてまいっている笛吹ふえふきのおんな、あなたは柳生家やぎゅうけ御用人ごようにんさま」
「なるほど」
 喜左衛門きざえもんも、おかしくなったが、
「しかしここは、大殿おおとのだけのお住居じゅうきょ、そなたはべつなおあつかいじゃ――とにかくお取次とりつぎを」
「はい」
 と、おくってすぐ、
「どうぞ」
 と、むかなおす。
 おつうった頭巾ずきんをかぶって、石舟斎せきしゅうさい茶室ちゃしつすわっていた。
ってたか」
おおせのようにいたしてまいりました。ていねいに、お言葉ことばつたえ、おおもてからとして、菓子かし持参じさんいたしました」
「もうったか」
「ところが、てまえがおしろもどるとすぐ、すぐいかけて、旅籠はたご綿屋わたやから書面しょめんたせてよこし、折角せっかく途上とじょうげても、小柳生城こやぎゅうじょう道場どうじょう拝見はいけんしてまいりたいから、明日あしたはぜひとも、城内じょうないへおたずねする。また、石舟斎様せきしゅうさいさまにもしたしくおにかかって、ごあいさつしたいというのでござります」
せがれめ」
 石舟斎せきしゅうさい舌打したうちして、
「うるさいの」
 不興ふきょうかおをした。
宗矩むねのり江戸えど利厳としとし熊本くまもと、そのほか皆不在みなふざいと、よくいったのか」
もうしましたのです」
「こちらから、鄭重ていちょうことわりの使者ししゃまでつかわしたに、しつけがましゅう、ってたずねてくるとは、いややつだ」
「なんとも……」
「うわさのとお吉岡よしおかせがれどもは、あまり出来できがよくないとみえる」
綿屋わたやいました。あそこに、伊勢詣いせまいりのもどりとかで滞在中たいざいちゅう伝七郎でんしちろうというひと、やはり人品じんぴんがおもしろうございませぬ」
「そうじゃろう、吉岡よしおか先代せんだい拳法けんぽうという人間にんげん相当そうとうなものだった。伊勢殿いせどのとともに、入洛にゅうかくおりは、三度会さんどおうて、さけなどわしたこともある。――が、ちかごろはとんと零落れいらく様子ようす、その息子むすことあるがゆえに、くびって、門前もんぜんばらいもまぬ、というて、気負きおうているわかせがれに、試合しあいいどまれて、柳生家やぎゅうけたたいてかえしてもはじまらぬ」
伝七郎でんしちろうとかいうもの、なかなか自信じしんがあるらしゅうございます。って、るというのですから、わたしでも、あしらってつかわしましょうか」
「いや、せ。名家めいかというものは、自尊心じそんしんがつよくて、ひがみやすい。たたいてかえしたら、ろくなことをいいらしはせん。わしなどは、超然ちょうぜんじゃが、宗矩むねのり利厳としとしのためにならぬ」
「では如何いかがいたしましょうか」
「やはり、ものやわらかに、名家めいからしゅうあつかって、あやしてかえすにくはない。……そうじゃ、おとこどもの使者ししゃではかどがつ」
 おつうのすがたを振向ふりむいて、
使つかいには、そなたがよいな、おんながよい」
「はい、ってまいりましょう」
「いや、すぐにはおよぶまい。……明朝みょうちょうでいい」
 石舟斎せきしゅうさいは、さらさらと茶人ちゃじんらしい簡単かんたん手紙てがみき、それを、先刻せんこくつぼけた芍薬しゃくやくのこりの一枝ひとえだへ、むすぶみにして、
「これをって、石舟斎事せきしゅうさいこと、ちと風邪かぜ心地ごこちのため、かわっておこたえにまいりましたと、せがれの挨拶あいさつをうけてい」