69・宮本武蔵「水の巻」「この一国(2)(3)」


朗読「69水の巻33.mp3」13 MB、長さ: 約9分09秒

中国ちゅうごくて、摂津せっつ河内かわち和泉いずみ諸国しょこくたが、おれはまだこんなくにのあることをらなかった。――そこで不思議ふしぎといったのだよ」
「おじさん、どこがそんなにちがっているの」
やまおおい」
 城太郎じょうたろうは、武蔵むさしのことばに、して、
なんか、どこにだって沢山生たくさんはえているぜ」
「そのちがう。この柳生谷四やぎゅうだによんしょうやまは、みな樹齢じゅれいっている。これはこのくにが、兵火へいかにかかっていない証拠しょうこだ。てき濫伐らんばつをうけていないしるしだ。また、領主りょうしゅたみが、えたことのない歴史れきしをも物語ものがたっている」
「それから」
はたけあおい。むぎがよくんである。ごとには、いとをつむぐおとがするし、百姓ひゃくしょうは、みちをゆく他国たこくもの贅沢ぜいたく身装みなりても、さもしいをして、仕事しごとやすめたりしない」
「それだけ?」
「まだある。ほかのくにとちがって、はたけわかむすめおおえる。――はたけあかおびおおえるのはこのくにわかおんなが、他国たこくながていない証拠しょうこだろう。だからこのくには、経済けいざいにもゆたかで、子供こどもはすこやかにそだてられ、老人ろうじん尊敬そんけいされ、わか男女だんじょは、どんなことがあっても他国たこくはしって、いた生活せいかつをしようとはおもわない。したがって、ここの領主りょうしゅ内福ないふくなこともわかるし、武器ぶきくらには、槍鉄砲やりてっぽうがいつでもみがきぬいてあるだろうという想像そうぞうもつく」
「なんだ、なにを感心かんしんしているのかとおもったら、そんなつまらないことか」
「おまえには面白おもしろくあるまいな」
「だって、おじさんは、柳生家やぎゅうけもの試合しあいをするために、この柳生谷やぎゅうだにたんじゃないか」
武者修行むしゃしゅぎょうというものは、なに試合しあいをしてあるくだけがのうじゃない。一宿一飯いっしゅくいっぱんにありつきながら、木刀ぼくとうをかついで、たたいばかりしてあるいているのは、あれは武者修行むしゃしゅぎょうでなくて、わたものというやから、ほんとの武者修行むしゃしゅぎょうもうすのは、そういう武技ぶぎよりはこころ修行しゅぎょうをすることだ。また、諸国しょこく地理水利ちりすいりはかり、土民どみん人情にんじょう気風きふうをおぼえ、領主りょうしゅたみのあいだがどうおこなっているか、城下じょうかから城内じょうないおくまできわめる用意よういをもって、海内かいだいくまなくあしんでこころあるくのが、武者修行むしゃしゅぎょうというものだよ」
 まだ幼稚ようちものむかって、いても無益むえきおもいながら、武蔵むさしには、少年しょうねんたいしても、よいほどにものを誤魔化ごまかしておくということができない。
 城太郎じょうたろうくどいような質問しつもんにも、面倒めんどうかおもせずしきりと、んでふくめるようにこたえてやりながらあるいていた。――すると二人ふたり背後うしろへいつのにかちかづいていた馬蹄ばていおとがあって、その馬上ばじょうから恰幅かっぷくのよい四十しじゅうがらみのさむらいが、
わきへ。わきへ」
 こえをかけて、とおした。
 ひょいと、そのくらうえあおいで城太郎じょうたろうは、
「あっ、庄田しょうださんだ」
 と、口走くちばしった。
 そのさむらいかおが、くまのようなあごひげっているので、城太郎じょうたろうわすれていなかった。――宇治橋うじばしへかかる大和路やまとじ途中とちゅうで、紛失なくしたとおもった手紙てがみ竹筒たけづつひろってくれたあのひとなのだ。かれこえに、馬上ばじょう庄田喜左衛門しょうだきざえもんがついたとみえ、振顧ふりかえって、
「おう、小僧こぞうか」
 ニコとわらったが、そのままこまをすすめ、柳生家やぎゅうけ石垣いしがきなかへかくれてしまった。

城太郎じょうたろういまうまうえからおまえわらったおひと、あれはだれだ」
庄田しょうださんて――柳生様やぎゅうさま家来けらいだって」
「どうしてっているのか」
「いつか、奈良なら途中とちゅう、いろいろ親切しんせつにしてくれたから」
「ふム」
「ほかに、なんとかいうおんなひととも道連みちづれになって、木津川きづかわ渡舟わたしまでおらと二人ふたりいっしょにあるいてたのさ」
 小柳生城こやぎゅうじょう外形がいけいと、柳生谷やぎゅうだに土地とちがらを一巡見いちじゅんみあるいて、武蔵むさしはやがて、
かえろう」
 と、もと方角ほうがくあしける。
 旅籠はたごは、たった一軒いっけんだが、おおきなのがあった。伊賀街道いがかいどうあたっているし、浄瑠璃寺じょうるりでら笠置寺かさぎてらへゆくひとたちもとまるので、夕方ゆうがたになると、そこの入口いりぐち立樹たちきや、ひさししたには、かなら十頭じゅっとうくらいの荷駄馬にだばがつながれ、おびただしいこめかしぐため、こめみずまえながれをしろにごしていた。
旦那だんなはん、どこへきなされた?」
 部屋へやはいると、こん筒袖つつそでに、山袴やまばかま穿き、おびだけがあかいので、これはおんなだとわかおんなが、ったままで、
「すぐ風呂ふろりなされ」
 という。
 城太郎じょうたろうは、ちょうどよい年頃としごろ友達ともだちつけたように、
「おめえ、なんてえだい」
らんが」
阿呆あほう自分じぶんを」
小茶こちゃってんだよ」
へん
おおきにお世話せわ
 小茶こちゃが、つと、
ったな」
 武蔵むさし部屋へやから振向ふりむいて、
「おい、小茶こちゃちゃん、風呂場ふろばはどこだ。――さき右側みぎがわか、よしよしわかる」
 いたたなに、三人分さんにんぶん衣服いふくいであった。武蔵むさしのをくわえて四人分よんにんぶんになる。をあけて、湯気ゆげなかはいってみると、さきはいっていたきゃくたちは、なに陽気ようきはなしていたが、かれたくましい裸体らたいあおいで、異分子いぶんしるように、くちをつぐんだ。
「むーム」
 武蔵むさし六尺ろくしゃくちかからだしずむと、湯槽ゆぶねは、そとほそすねあらっている三名さんめいかしてながすほど、あふした。
「? ……」
 一人ひとりが、武蔵むさしのほうをいた。武蔵むさし湯槽ゆぶねのふちをまくらにして、をつむっている。
 そこで、すこし安心あんしんしたのか、三名さんめい途絶とだえていたはなしのつづきにはいって――
「なんといったかな、さきほどまいった柳生家やぎゅうけ用人ようにんは」
庄田喜左衛門しょうだきざえもんだろう」
「そうか。――柳生やぎゅう用人ようにん使つかいにてて試合しあいことわるようでは、ほどのこともないとえるぞ」
だれたいしても、近頃ちかごろは、あの用人ようにんがいったように、石舟斎せきしゅうさい隠居いんきょ但馬守たじまのかみは、江戸表えどおもて出府中しゅっぷちゅうにつき――という口上こうじょうで、試合しあい謝絶しゃぜつしているのだろうか」
「いや、そうじゃあるまい。こちらが、吉岡家よしおかけ次男じなんいて、大事だいじり、敬遠けいえんしたに相違そういないさ」

御旅中おたびちゅうのおなぐさみにと菓子かしなどをたせてこしたところは、柳生やぎゅうもなかなか如才じょさいないではないか」
 背中せなかいろしろい。筋肉きんにくがやわらかい。みな都会人とかいじんとみえ、洗煉せんれんされた会話かいわりのうちに、理智りちがあり、冗戯じょうぎがあり、こまかい神経しんけいはたらいている。
(……吉岡よしおか?)
 ふとみみはいったので、武蔵むさし何気なにげなく湯槽ゆぶねからくびげた。