63・宮本武蔵「水の巻」「般若野(1)(2)」


朗読「63水の巻27.mp3」14 MB、長さ: 約10分29秒

般若野はんにゃの

城太郎じょうたろう
 あしめて、武蔵むさし振向ふりむく。
「はい」
 城太郎じょうたろうまゆをびりっとさせた。
 奈良ならまちはもううしろだった。東大寺とうだいじともかけはなれている。つき瀬街道せかいどう杉木立すぎこだちのあいだをとおって、そのすぎしまのあいだからえるものは、やがてちか般若坂はんにゃざかにかかるなだらかな春野はるの傾斜けいしゃと、それをすそにして右手みぎてそらにふくらんで乳房ちぶさっているような三笠山みかさやまむねのあたりがここからはちかかんじである。
「なんですか」
 ここまで、七町ななちょうあまり、ニコともしないで、黙々もくもくいて城太郎じょうたろうであった。一歩一歩いっぽいっぽが、冥途めいどとやらへちかくなる気持きもちなのだ。さっき、湿々じめじめとして、うすぐら東大寺とうだいじよことおってとき襟元えりもとにポタリとちたしずくにも、きゃっとおもわずいってしまいそうなおどろきをしたし、人間にんげん跫音あしおとこわがらないからすれにも、いやな気持きもちがして、そのたび武蔵むさしのうしろ姿すがたかげがうすくえる。
 やまなかへでも、おてらなかへでも、かくれようとすればかくめないことはない、げようとおもえばげられないことはない。それをなんでこうして、宝蔵院衆ほうぞういんしゅうったという般若野はんにゃののほうへ、自分じぶんからあしけてしまうのだろうか。
 城太郎じょうたろうには、かんがえられない。
って、あやまかしら?)
 その程度ていど想像そうぞうはしてみる。あやまるなら、自分じぶんも、一緒いっしょになって、宝蔵院衆ほうぞういんしゅうあやまろうとおもう。
 どっちがいいとかわるいとかなどは、問題もんだいでない。
 そこへ武蔵むさしあしめ――城太郎じょうたろう――こうんだのでかれはわけもなくドキッとしたのだった。しかし、自分じぶんかおいろは、きっとあおくなっているだろうにとかんがえ、それを武蔵むさしられまいとするらしくあおいだ。
 武蔵むさしうえあおいでいる。こころぼそいものがなかのこう二人ふたりみたいに、城太郎じょうたろう気持きもちをつつんだ。
 案外あんがいつぎ武蔵むさし言葉ことばは、ふだんの調子ちょうしとちっともかわっていない。こういうのだ。
「いいなあ、これからの山旅やまたびは、まるでうぐいすこえんであるいてくようじゃないか」
「え? なんですか」
うぐいすがさ」
「あ。そうですね」
 うつつである。あかくない少年しょうねんくちびるでも、武蔵むさしにはそれがわかった。かわいそうなだとおもうのであった。ことによれば、これきりでわかれになるかもれないとかんがえるからである。
般若野はんにゃのがもうちかいな」
「え、奈良坂ならざかぎましたよ」
「ところで」
「…………」
 あたりにきぬくうぐいすが、ただ寒々さむざむしいものに城太郎じょうたろうみみとおってゆく。城太郎じょうたろうは、硝子玉がらすたまのようにくもって、武蔵むさしかおをぼうと見上みあげている。今朝けさ鬼女きじょわら仮面めん両手りょうてにあげて、嬉々ききげまわっていた子供こどもひとつものとはおもえないほどしずかなまぶたである。
「もうそろそろだ、わしとここでわかれるのだぞ」
「…………」
「わしからはなれろ。――でないと側杖そばづえう、おまえ怪我けがをする理由りゆうはちっともない」
 ポロポロとけてほおしろいすじをいてながれる。ふたつのこうが、そうっと睫毛まつげったとおもうと、かたがしゅくっといて、それからしゃっくりのように、からだじゅうですすりげた。
なにく、兵法者へいほうもの弟子でしじゃないか。わしが万一まんいち血路けつろをひらいてはしったらはしったほうへおまえもげろ。また、わしがころされたら、もと京都きょうと居酒屋いざかやかえって奉公ほうこうせい。――それを、ずっとはなれた小高こだかところでおまえはているのだ。いいか、これ……」

「なぜく」
 武蔵むさしがいうと、城太郎じょうたろうれたかおげて、武蔵むさしたもとっぱった。
「おじさん、げよう」
げられないのがさむらいというものだ。おまえは、そのさむらいになるのじゃないか」
こわい。ぬのがこわい」
 城太郎じょうたろう戦慄せんりつしながら、武蔵むさしたもとを、懸命けんめいにうしろへいて、
「おらが可哀かわいそうだとおもって、げてよう、げてよう」
「ああ、それをいわれるとおれもげたい。おれも幼少ようしょうから骨肉こつにくめぐまれなかったが、おまえもおれにおとらないおやえんにうすいやつだ。げてやりたいが――」
「さ、さ、いまのうちに」
「おれはさむらい、おまえもさむらいじゃないか」
 ちからきて、城太郎じょうたろうはそこへすわってしまった。でこするかおからくろみずがぼたぼたちた。
「だが、心配しんぱいするな。おれはけないつもりだ。いやきっとつ。てばよかろう」
 そうなぐさめても、城太郎じょうたろうしんじない。さきせている宝蔵院衆ほうぞういんしゅう十人以上じゅうにんいじょうだとかされているからだった。よわ自分じぶん師匠ししょうには、その一人ひとり一人ひとりとの勝負しょうぶでも、てるわけはないとおもっているのである。
 きょうの死地しちあたってゆくには、そこできるもぬも十分じゅうぶん心構こころがまえがる。いやすでにその心構こころがまえのなかっているのだ。武蔵むさしは、城太郎じょうたろうあいしもするし不愍ふびんにもおもってはいるが、面倒めんどうになった、れったくなった。
 ふいに激越げきえつこえしかったのである。かれはなすとともに、自分じぶん弾力だんりょくって、
「だめだッ、貴様きさまのようなやつ武士ぶしにはなれん、居酒屋いざかやかえれ」
 つよ侮辱ぶじょくをあびせられたように少年しょうねんのたましいはそのこえきじゃくりをめた。はっとしたかおいろをもって、城太郎じょうたろうち、そして、もう大股おおまた彼方かなたあるいてゆく武蔵むさしのうしろ姿すがたへ、
(――おじさアん)
 さけびそうにしたが、それをこらえて、そばのすぎへしがみつき、両手りょうてなかかおうずめた。
 武蔵むさしかなかった。しかし、城太郎じょうたろうきじゃくりがいつまでもみみにこびりついていて、もうたよびとのない薄命はくめい少年しょうねんのおろおろした姿すがた背中せなかえるがしてならない。
(よしなきものれてあるいて――)
 と、かれこころいをむのであった。
 未熟みじゅく自分じぶん身一みひとつさえてあましているものを――孤剣こけんいだいて明日あしたのことさえれないであるものを。――おもえば、修行中しゅぎょうちゅう兵法者へいほうものみちづれはらないものだった。
「おうーい。武蔵むさしどの」
 いつか杉林すぎばやしとおりぬけて、ひろいていた。というよりは、ななめに起伏きふくおとしている山裾やますそである。かれんだおとこは、三笠山みかさやま山道さんどうのほうからその裾野すそのたらしく、
何処どこへおでか」
 二度目にどめのことばをかけながらけてて、馴々なれなれしくかたをならべた。
 いつぞやとまさき観世かんぜ後家ごけいえへやって三名さんめい牢人者ろうにんもののうちで、山添やまぞえ団八だんぱち名乗なのったあのおとこなのである。
 ――たな。
 武蔵むさしはすぐ看破かんぱした。
 だが、さあらぬかおして、
「おう、先日せんじつは」
「いや過日かじつ失礼しつれいを」
 あわてて挨拶あいさつをしなおしたその礼儀れいぎぶりが、いやに叮嚀ていねいである。上目うわめづかいに武蔵むさしかおいろをうかがっていった。
「そのせつのことは、どうかみずにながして、おてのほどを」