62・宮本武蔵「水の巻」「奈良の宿(7)(8)」


朗読「62水の巻26.mp3」13 MB、長さ: 約9分50秒

 調子ちょうしにのるとどもはとどまりがない。武蔵むさしが、後家ごけ迷惑めいわくさっして、
「これっ、なぜそんなことを」
 としかっても、城太郎じょうたろうかれ調子ちょうしをやめないで、こんどは仮面めんをふところにれ、
「いいね、おばさん。おいらにおくれね、いいだろ、おばさん」
 梯子はしごりて階下したげてしまう。
 わか後家ごけは、
「いけない、いけない」
 といいつつ、子供こどものする振舞ふるまいなので、おこれもせず、わらいながらいかけてったが、そのまましばらく階下したからがってないがとおもっていると、やがて城太郎じょうたろうだけが、みしみしと、梯子段はしごだんをのろくがって様子ようす
 たらしかってやろう。――武蔵むさしがそうかんがえて、がりぐちのほうにむかってきびしいひざけてすわっていると、そこから不意ふいに、
「――ばあア!」
 鬼女きじょわら仮面めんが、びたからだの、さきっぽにえた。
 びくっと、武蔵むさし筋肉きんにくをひきしめ、ひざがすこしうごいたくらいだった。なんでそんな衝撃しょうげきをうけたか、かれにもわからない。――しかしながらうすぐらい梯子段はしごだん口元くちもとをついているわら仮面めんながめてすぐけた。それは仮面めんにこもっている名匠めいしょう気魄きはくである。しろあごうえからひだりみみへかけてわらっている三日月形みかづきがたくちもとにただよっている妖美ようびにかくれているものだった。
「さ、おじさん、かけましょう」
 と城太郎じょうたろうはそこでいう。
 武蔵むさしたず、
「まだおかえしせぬか。左様さようなもの、しがってはならん」
「だって、いいといったんだよ、もう、くれたんだよ」
「よいとはいわぬ。階下したのおかたへおもどししてい」
「ううん、階下したかえすといったら、こんどは、あのおばさんのほうから、そんなにしければげる、そのかわりに大事だいじってくれますかというから、きっと大事だいじっていると約束やくそくして、ほんとにもらったんだ」
こまったやつ
 このいえにとり、大事だいじそうな仮面かめんやら小袖こそでまで、こうして理由りゆうなくもらってつことが、武蔵むさしなんとなくがすまない。
 なに気持きもちだけでもれいをのこしてゆきたいとおもう。しかし金銭きんせんにはこまらないいえらしいし、かわりにあたえるしなとてもっていないので、階下したりて、あらためて、城太郎じょうたろうのぶしつけな強請せがみをびて、それをもどさせようとすると、わか後家ごけは、
「いえ、かんがなおしてみますと、あの仮面めんは、かえってわたしいえにないほうが、わたし楽々らくらくするかもれません。それに、あのようにしがるものゆえ、どうぞしからないでくださいませ」
 そういう言葉ことばけば、よけいにあの仮面かめんにはなに歴史れきしのあるものらしくおもわれるので、武蔵むさしはなお固辞こじしたが、城太郎じょうたろうはもう大得意だいとくいていで、草鞋わらじ穿いて、さきもんそとちかまえている。
 仮面かめんよりも、わか後家ごけは、武蔵むさしたいしてほのかに名残なごりをしみながら、この奈良ならときは、ぜひまた幾日いくにちでもとまってもらいたいと繰返くりかえしていう。
「では」
 と、ついになにもかもさき好意こういあまえて、武蔵むさし草鞋わらじをむすびかけていると、
「おう、おきゃくさま、まだいらっしゃいましたか」
 この親戚みよりという宗因そういん饅頭まんじゅう女房にょうぼういきをきってもんはいってた。そして武蔵むさしと、自分じぶんあねになる後家ごけあるじへむかい、
「だめですよ、おきゃくさま、おちどころではありません、たいへんです、とにかくもう一度二階いちどにかいへおもどりなさいませ」
 なにおそろしいことに、おびやかされてでもいるように、わない声音こわねでいうのであった。

 武蔵むさしは、草鞋わらじを、両足りょうあしともにむすんでしまってから、しずかにかおをあげた。
なんですか、大変たいへんとは」
「あなたが、今朝けさここをつのをって、宝蔵院ほうぞういんのおぼうさまたちが、やりって、十人余じゅうにんあまりち、般若坂はんにゃざかのほうへきました」
「ほ」
「そのなかには、院主いんしゅ宝蔵院ほうぞういん二代様にだいさまえ、まちしゅうをそばだたせました。なにか、よほどなことおこったのであろうと、たくあるじが、そのなか懇意こんいなおぼうさまをとらえていてみると、おまえの親戚みよりものいえ五日前ごにちまえからとまっている宮本みやもとというおとこが、きょう奈良ならはなれるらしいから、途中とちゅうちうけるのだともうすではございませんか」
 宗因饅頭そういんまんじゅう女房にょうぼうは、青眉あおまゆのあとをわななかせて、今朝奈良けさならつことは、生命いのちをすてにつようなものであるから、二階にかいへかくれて、って、したほうがよいと、こうしているあいだも、ちぢむようにげるのであった。
「ははあ」
 武蔵むさしは、そこのがりがまちこしけたまま、もんようともせず、二階にかいもどろうともしない。
般若坂はんにゃざかで、拙者せっしゃちうけるのだろうと、いっていましたか」
場所ばしょはようわかりませぬが、その方角ほうがくきました。たくあるじもびっくりして、まちしゅうがいううわさをただしてみると、宝蔵院ほうぞういんのおぼうさまばかりでなく、所々ところどころ辻口つじぐちに、奈良なら牢人衆ろうにんしゅうがかたまって、きょうは宮本みやもとというおとこつかまえて、宝蔵院ほうぞういんわたすのだといっているそうです。――なにかあなたは、宝蔵院ほうぞういん悪口わるくちをいってあるきましたか」
「そんなおぼえはない」
「でも、宝蔵院ほうぞういんのほうでは、あなたがひとをつかって、奈良なら辻々つじつじ落首らくしゅいてらせたと、ひどくおこっているそうです」
らんな、人違ひとちがいだろう」
「ですから、そんなことで、おいのちおとしては、つまらないではございませんか」
「…………」
 こたえるのをわすれて、武蔵むさしのきごしにそらていた。おもいあたるところがある。きのうだったか一昨日おとといだったか、かれあたまにはもうとおいことみたいにわすれていたが、春日下かすがしたかけ試合じあい興行こうぎょうをやるから仲間なかまはいらないかとすすめに牢人者ろうにんもの三人連さんにんづれ。
 たしか一人ひとり山添やまぞえ団八だんぱちといい、後二人あとふたり野洲川やすかわ安兵衛やすべえ大友おおとも伴立ばんりゅうとかいった。
 さっするところ、あのおり、いやにすごみをふくんだ表情ひょうじょうかえってったのは、あとにこのことをもって、おもらしてやるという肚黒はらぐろかんがえであったかもれない。
 自分じぶんにはおぼえのない宝蔵院ほうぞういん悪口わるくちをいいふらしたとか、落首らくしゅいて辻々つじつじにはったとかいう所為しょいも、かれらの仕業しわざおもえないことはない。
こう」
 武蔵むさしって、たびづつみのはしむねまえむすび、かさって、宗因そういん饅頭まんじゅう女房にょうぼうと、観世かんぜわか後家ごけむかい、くれぐれも好意こういしゃして、もんみだした。
「どうしても」
 観世かんぜ後家ごけは、なみだぐんでいるかのようなで、そとまでいてた。
よるっていれば、かならずおたくわざわいいがかかります。ご親切しんせつをうけたり、迷惑めいわくをかけたりしてはもうしわけがない」
「かまいません、わたしのほうは」
「いや、ちましょう。――城太郎じょうたろう、おれいをいわんか」
「おばさん」
 と、んで、城太郎じょうたろうあたまげた。にわかにかれ元気げんきがない。それはわかれをしむためとはえないのである。おもうに城太郎じょうたろうはまだ武蔵むさし本当ほんとうらないし、京都きょうとにいたころからよわ武者修行むしゃしゅぎょうかされているので、自分じぶん師匠ししょうさきに、おときこえた宝蔵院衆ほうぞういんしゅうが、やりをつらねてっているとき、子供心こどもごころにも、一抹いちまつ不安ふあんおぼえて、悲壮ひそうになっているのであろう。