61・宮本武蔵「水の巻」「奈良の宿(5)(6)」


朗読「61水の巻25.mp3」14 MB、長さ: 約10分07秒

 階下した小女こおんなかおし、そのあとからすぐ城太郎じょうたろうがってたのである。城太郎じょうたろうくろかおは、たびあかでよけいにくろくなり、のようなかみほこりしろくなっていた。
「おう、たか。よくわかったな」
 武蔵むさしが、むねをひろげてむかえてやると、城太郎じょうたろうはそのまえに、よごれたあししてすわった。
「ああくたびれた」
さがしたか」
さがしたとも。とッても、さがしちまッたい」
宝蔵院ほうぞういんたずねたであろうが」
「ところが、あそこのぼうさんにいてもらないというんだもの。おじさん、わすれていたのだろう」
「いや、くれぐれも、たのんでおいたのだが。――まあよいわ、ご苦労くろうだった」
「これは吉岡道場よしおかどうじょう返辞へんじ
 と城太郎じょうたろうは、くびにかけて竹筒たけづつから、返書へんしょして武蔵むさしにわたし、
「――それから、もうひとつのほうの使つかい、本位田又八ほんいでんまたはちというひとには、えなかったから、そこのいえものに、おじさんの言伝ことづてだけをよくたのんでかえってたよ」
大儀大儀たいぎたいぎ。――さあ風呂ふろへでもはいれ、そして階下した御飯ごはんべてこい」
「ここは宿屋やどや?」
「む。宿屋やどやのようなものだ」
 城太郎じょうたろうりてったあとで、武蔵むさしは、吉岡清十郎よしおかせいじゅうろうからの返書へんしょひらいてた。――再度さいど試合しあい当方とうほうのぞむところである。もし約束やくそくふゆまで来訪らいほうがないときは、臆病風おくびょうかぜにふかれて踪跡そうせきをくらましたものとなし、貴公きこう卑劣ひれつ天下てんかわらってやることにするから、そのつもりでおられたい。
 代筆だいひつとみえ、文辞ぶんじつたなく、ただこんなふうに気負きおった言葉ことばきつらねてある。武蔵むさし手紙てがみくと、それをにかざしていてしまった。
 ちょう黒焼くろやきみたいなはいがふわふわとたたみにこぼれてうごめいている。試合しあいとはいえ、この手紙てがみのやりりは、はたいの約束やくそくちかい。このふゆ、この手紙てがみから、だれがこういうはいになるのか。
 武蔵むさしは、兵法者へいほうもの生命いのちというものが、あさうまれてゆうべにはわからないものであるという覚悟かくごだけは、つねっていた。――しかしそれはこころがまえだけで、ほんとに今年ことしふゆまでしかない生命いのちであるとしたら、かれ精神せいしんは、けっしておだやかでいられなかった。
(したいことがたくさんある! 兵法へいほう修行しゅぎょうもそうだが、人間にんげんとしてやりたいことを、おれはまだなにもやっていない)
 卜伝ぼくでん上泉伊勢守かみいずみいせのかみのように、一度いちどおおくの従者じゅうしゃたかをすえさせ、こまをひかせて、天下てんか往来おうらいあるいてたい。
 また、はずかしくない門戸もんこのうちに、よきつまをもち、郎党ろうとういえやしなって、自分じぶんには幼少ようしょうからめぐまれないところの家庭かていというもののあたたかさのうちに、よい主人しゅじんともなってみたい。
 いや。
 そういう人間にんげんかたはいまえには、と、女性じょせいにもれてみたいのだ。――今日きょうまではけてもれても、念々兵法ねんねんへいほうのほかにあたまれないので、不自然ふしぜんなく童貞どうていをたもってているが、このごろ時折ときおり往来おうらいあるいていても、京都きょうと奈良なら女性じょせいがはっとうつくしくに――というよりは肉感にくかんにひびいてときがある。
 そんなときかれはいつも、
(おつう
 をふとおもすのであった。
 とお過去かこひとであるようながしながら、じつつねちかくむすばれているようなのするおつう
 ――武蔵むさしはただ漠然ばくぜんと、彼女かのじょかんがえることだけで、ときにはさびしい孤独こどく流浪るろうを、どれほど自分じぶんでも無意識むいしきあいだに、なぐさめられているかれないのであった。
 いつのにか、そこへもどってていた城太郎じょうたろうは、風呂ふろはいり、はらたし、そして自分じぶん使つかいもはたした安心あんしんとで、すっかり草臥くたびれがたのであろう、ちいさいあぐらをんで、両手りょうてひざあいだっこんだまま、よだれをながして心地ここちよげに居眠いねむりしていた。

 あさ――
 城太郎じょうたろうはもうすずめこえといっしょにきている。武蔵むさしも、今朝けさはや奈良ならつつもりと、階下した女主人おんなしゅじんへもげてあるので、旅装たびよそおいにかかっていると、
「まあ、おいそぎですこと」
 能楽師のうがくしわか後家ごけは、すこしうらめしげに、かかえてひとかさねの小袖こそでをそこへして、
失礼しつれいでございますが、これはわたしが、お餞別せんべつのつもりで一昨日おとといからいあげた小袖こそで羽織はおり、おりますまいが、おしになってくださいませ」
「え、これを」
 武蔵むさしは、をみはった。
 旅籠はたご餞別せんべつに、こんなものをもらう理由わけがない。
 ことわると、後家ごけは、
「いいえ、そんなたいしたしなではございません、たくには、ふるびた能衣裳のういしょうやら男物おとこものふる小袖こそでが、やくにもたずしこんであるので、せめて、あなたのような御修行中ごしゅぎょうちゅうわかいおかたていただければとおもって、丹精たんせいしてみたのでございます。せっかく、おからだにあわせてったのに、ていただけないと無駄むだものになってしまいますから、どうぞ……」
 うしろへまわって、いやおうなく武蔵むさしからだへ、せかけてくれる。
 迷惑めいわくなほど、それは贅沢ぜいたくしなだった。わけても袖無そでなし羽織はおりは、舶載はくさい織物おりものらしく、豪華ごうか模様もよう金襴きんらんすそべりをい、うらには羽二重はぶたえをつけ、ひもにまでこまかいをつけて、葡萄染ぶどうぞめのかわがつかってある。
「ようおあいになります」
 後家ごけともに、城太郎じょうたろう見惚みとれていたが、無遠慮ぶえんりょに、
「おばさん、おらには、なにをくれるの」
「ホホホ。だって、あなたはおともでしょう、おともはそれでいいじゃありませんか」
着物きものなんかしくねえさ」
なにのぞみがあるんですか」
「これをくれないか」
 つぎかべけてあった仮面めんをいきなりはずしてて、もうゆうべ一目見ひとめみときからしくてならなかったもののように、
「これを、おくれ」
 と自分じぶんほおへ、仮面めんほおをすりつけていった。
 武蔵むさしは、城太郎じょうたろうのするどさにおどろいた。じつかれも、ここにばんからこころをひかれていた仮面めんなのである。だれさくかわからないが、時代じだい室町むろまちではない、すくなくとも鎌倉期かまくらき作品さくひんであって、やはりのうにつかわれたものらしく、鬼女きじょかおが、すごいほどのみさきされている。
 それだけなら、まだそうこころうばわれもすまいが、この仮面かめんには、ほかのありふれた能仮面のうめんとちがって、不思議ふしぎ表現ひょうげんちこめてある。ふつうの鬼女きじょ仮面かめんは、およそ青隈あおくまられた奇怪きかいなものだが、この仮面かめん鬼女きじょは、はなは端麗たんれいであり、色白いろじろ上品じょうひんかおをしてどうながめても美人びじんなことである。
 ただ、その美人びじんが、おそろしい鬼女きじょえるてんは、わらっている唇元くちもとだけにあった。三日月形みかづきがたかおひだりほうむかってキュッとするどりあげられているくちびるせんが、どんな名匠めいしょう瞑想めいそうからうまれたものか、なんともいえない凄味すごみをふくんでいるのだった。あきらかにこれはほんとにきていた狂女きょうじょわらいをうつったものにちがいない。――武蔵むさしもそういうかんがえをくだしてていたしなである。
「あっ、それはいけない」
 このわか後家ごけにとっても、それは大事だいじものとみえ、あわててかれからげようとすると、城太郎じょうたろうは、あたまうえ仮面かめんをかざし、
「いいじゃないか、こんなもの、いやだといっても、おいらはもらッたアと!」
 おどりながらまわって、なんといってもかえさない。