6・宮本武蔵「地の巻」「毒茸(6)おとし櫛(1)」


朗読「地の巻6.mp3」21 MB、長さ: 約8分59秒

 ふっ! ……
 おこういきが、短檠たんけいあかりをした。よこにのばしたからだねこのようにちぢめて、武蔵たけぞうのそばへ、そっとって。
 としのわりに派手はで寝衣裳ねいしょうも、そのしろかおも、ひとつやみになって、まどびさしに、夜露よつゆおとだけがしずかである。
「まだ、らないのかしら」
 ているものいている木剣ぼっけんを、彼女かのじょりのけようとするのと、がばっと、武蔵たけぞうきたのと、一緒いっしょだった。
ぬす!」
 短檠たんけいたおれたうえへ、彼女かのじょは、かたむねをついた、をねじげられたくるしさに、おもわず、
いたいっ」
 と、さけぶと、
「あっ、おばさんか」
 武蔵たけぞうは、はなして、
「なんだ、盗人ぬすっとかとおもったら――」
「ひどいひとだよ、おおいたい」
らなかった、ごめんなさい」
あやまらなくともいい。……武蔵たけぞうさん」
「あっ、な、なにをするんだ」
っ……。野暮やぼ、そんなおおきいこえをするもんじゃありません。わたしが、おまえをどんな気持きもちにかけているか、よくごぞんじだろう」
っています、世話せわになったことは、わすれないつもりです」
おん義理ぎりのと、かたくるしいことでなくさ。人間にんげんじょうというものは、もっと、くて、ふかくて、やるないものじゃないか」
ってくれ、おばさん、いまあかりをつけるから」
意地悪いじわる
「あっ……おばさん……」
 ほねが、が、自分じぶんからだじゅうが、がくがくとるように、武蔵たけぞうおもえた。いままで出会であったどんなてきよりもこわかった。せきはらかおうえけてった無数むすう軍馬ぐんばした仰向あおむいてていたときでも、こんなおおきな動悸どうきおぼえなかった。
 かべすみへ、ちいさくなって、
「おばさん、あっちへってくれ、自分じぶん部屋へやへ。――かないと、又八またはちぶぜ」
 おこうは、うごかなかった、いらいらとこじれたが、にらみつけているらしく、やみのうちで呼吸いきをしていた。
武蔵たけぞうさん、おまえだって、まさか、わたし気持きもちが、わからないはずはないだろう」
「…………」
「よくもはじをかかしたね」
「……はじを」
「そうさ!」
 二人ふたりとも、がのぼっていたのである。で、のつかない様子ようすであったが、さっきから、おもてをたたいているものがあって、ようやく、それが大声おおごえかわってた。
「やいっ、けねえかっ」
 ふすますきに、蝋燭ろうそくひかりがうごいた。朱実あけみをさましたのであろう、又八またはちこえもしていた。
「なんだろう?」
 と、その又八またはち跫音あしおとにつづいて、
「おっさん――」
 朱実あけみが、廊下ろうかのほうでぶ。
 なにかはらず、おこうもあわてて、自分じぶん部屋へやから返辞へんじをした。そとものをこじあけて、自分勝手じぶんかってはいんでたものとみえ、土間どまほうかしてみると、おおきな肩幅かたはばかさって、ろく七名しちめい人影ひとかげがそこにち、
辻風つじかぜだ、はやくあかりをつけろ」
 となか一人ひとり怒鳴どなっていた。

おとしぐし

 土足どそくのまま、どやどやとがってきた、寝込ねこみをいてたのである。納戸なんど押入おしいれ床下ゆかしたと、手分てわけをして掻廻かきまわしにかかる。
 辻風つじかぜ典馬てんまは、ばたへすわりこんで、乾児こぶんたちの家捜やさがしするのを、ながめていたが、
「いつまでかかっているのだ、なにかあったろう」
「ありませんぜ、なにも」
「ない」
「へい」
「そうか……いやあるまい、ないのがあたまえだ、もうよせ」
 つぎ部屋へやに、おこうけて、すわっていた、どうにでもするがいいといったように、ばち姿すがたで。
「おこう
「なんですえ」
さけでもけねえか」
「そこらにあるだろう、勝手かってむならんでおいで」
「そういうな、ひさりに、典馬てんまたずねてたものを」
「これが、ひといえたずねるあいさつかい」
おこるな、そっちにも、とががあろう、のないところけむりたない。蓬屋よもぎや後家ごけが、をつかって、戦場いくさば死骸しがいから、しろかせぐといううわさは、たしかに、おれみみへもはいっていることだ」
証拠しょうこをおせ、どこにそんな証拠しょうこがあって」
「それを、穿じりなら、なに朱実あけみ前触まえぶれはさせておかぬ。野武士のぶしおきてがある手前てまえ一応いちおうは、家捜やさがしもするが、今度こんどのところは大目おおめゆるしているのだ。お慈悲じひだとおもえ」
だれが、ばかばかしい」
「ここへて、しゃくでもしねえか、おこう
「…………」
物好ものずきなおんなだ、おれ世話せわになれば、こんな生活くらしはしねえでもすむものを。どうだ、かんがなおしてみちゃあ」
「ご親切しんせつすぎて、おそろしさが、みるとさ」
いやか」
わたし亭主ていしゅは、だれころされたか、ご存知ぞんじですか」
「だから、仕返しかえししてえなら、およばずながら、おれも片腕かたうでしてやろうじゃないか」
「しらをおりでないよ」
「なんだと」
下手人げしゅにん辻風つじかぜ典馬てんまだと、世間せけんであんなにいっているのが、おまえのみみにはきこえないのか。いくら野武士のぶし後家ごけでも、亭主ていしゅのかたきの世話せわになるほど、こころまで落魄おちぶれてはいない」
「いったな、おこう
 にがわらいをそそぎこんで、典馬てんまは、茶碗ちゃわんさけ仰飲あおった。
「――そのことは、くちさないほうが、てめえたち母娘おやこのためだと、おれおもうが」
朱実あけみ一人前いちにんまえそだてたら、きっと仕返しかえしをしてやるから、わすれずにいたがよい」
「ふ、ふ」
 かたわらっているのである。典馬てんまは、あるたけのさけみほすと、かたやりてかけて、土間どますみっている乾児こぶん一人ひとりに、
「やい、やりしりで、このうえ天井板てんじょういた六枚ろくまいつッねてみろ」
 とめいじた。
 やり石突いしづきをけて、そのおとこが、天井てんじょういてあるいた。いたいた隙間すきまから、そこにかくしておいた雑多ざった武具ぶぐ品物しなものちてきた。
「このとおりだ」
 典馬てんまは、ぬっとった。
野武士仲間のぶしなかまおきてだ、この後家ごけをひきずりして、みせしめ(私刑しけい)にかけろ」