4・宮本武蔵「地の巻」「毒茸(2)(3)」


朗読「地の巻4.mp3」22 MB、長さ: 約9分37秒

 すぐうらやまは、まつばかりのみねだった。朱実あけみは、かごうでにかけて、
「あった! あった! おにいさんて」
 まつもとをさぐりあるいて、松茸まつたけかおりきあたるたびに、無邪気むじゃきこえをあげてさけんだ。
 すこはなれたまつしたに、武蔵たけぞうも、かごってかがみこんでいた。
「こっちにもあるよ」
 針葉樹しんようじゅこずえからこぼれるあきが、二人ふたり姿すがたに、こまかいひかりなみになってそよいでいた。
「さあ、どっちがおおいでしょ」
おれのほうがおおいぞ」
 朱実あけみは、武蔵たけぞうかごれて、
「だめ! だめ! これは紅茸べにだけ、これは天狗茸てんぐだけ、これも毒茸どくだけ
 ぽんぽんててしまって、
わたしほうが、こんなにおおい」
 と、ほこった。
れる――かえろうか」
けたもんだから」
 朱実あけみは、からかって、雉子きじのようなはしこいあしで、さき山道さんどうりかけたが、きゅうかおいろをえて、ちすくんだ。
 中腹ちゅうふくはやしななめに、のそのそと大股おおまたあるいておとこがあった。ぎょろりと、がこっちへく。おそろしく原始的げんしてきで、また好戦的こうせんてきかんじもする人間にんげんだった。獰猛どうもうそうな毛虫眉けむしまゆも、あつうえにめくれているくちびるも、おおきな野太刀のだち鎖帷子くさりかたびらも、ているけものかわも。
「あけぼう
 朱実あけみのそばへあるいてた。いろいいてわらいかけるのである。しかし、朱実あけみかおには、しろ戦慄せんりつしかなかった。
「おふくろは、いえにいるか」
「ええ」
かえったらよくいっておけよ。おれをぬすんでは、こそこそかせいでいるそうだが、そのうちに、年貢ねんぐりにゆくぞと」
「…………」
るまいとおもっているだろうが、かせいだしなかしたさきから、すぐおれみみはいってくるのだ。てめえも毎晩まいばんせきはらったろう」
「いいえ」
「おふくろに、そういえ。ふざけた真似まねしやがると、この土地とちかねえぞと。――いいか」
 にらみつけた。そして、はこぶにもおもたそうなからだはこんで、のそのそとさわのほうへりてった。
「なんだい、あいつは?」
 武蔵たけぞうは、見送みおくったをもどして、なぐさがおいた。朱実あけみくちびるはまだおびえをのこして、
不破村ふわむら辻風つじかぜ
 と、かすかにいった。
野武士のぶしだね」
「ええ」
なにおこられたのだい?」
「…………」
他言たごんはしない。――それとも、おれにもいえないことか」
 朱実あけみはいいにくそうに、しばらくまどっているふうだったが、突然とつぜん武蔵たけぞうむねにすがって、
他人ひとには、だまっていてください」
「うむ」
「いつかのばんせきはらで、わたしなにをしていたか、まだにいさんにはわかりません?」
「……わからない」
わたし泥棒どろぼうをしていたの」
「えっ?」
いくさのあったあとって、んでいるさむらいっているもの――かたなだの、こうがいだの、におぶくろだの、なんでも、おかねになるものってるんですよ。こわいけれど、べるのにこまるし、いやだというと、おっさんにしかられるので――」

 まだたかい。
 武蔵たけぞうは、朱実あけみにもすすめて、くさなかこしをおろした。伊吹いぶきさわ一軒いっけんが、まつあいだかして、したえる傾斜けいしゃにある。
「じゃあ、このさわよもぎって、もぐさつくるのが職業しょうばいだと、いつかいったのはうそだな」
「え。うちのおっさんというひとは、とても贅沢ぜいたくくせのついているひとだから、よもぎなんかっているくらいでは、生活くらしがやってゆけないんです」
「ふウむ……」
「おっさんのきていたころには、この伊吹七郷いぶきしちごうで、いちばんおおきなやしきんでいたし、手下てしたもたくさんに使つかっていたし」
「おやじさんは、町人ちょうにんか」
野武士のぶし頭領かしら
 朱実あけみは、ほこるくらいなをしていった。
「――だけどさっき、ここをとおった辻風典馬つじかぜてんまに、ころされてしまった……。典馬てんまころしたのだと、世間せけんでもみないっています」
「え。ころされた?」
「…………」
 うなずから、自分じぶんでもはからぬもののように、なみだがこぼれた。十五じゅうごとはえないほど、この小娘こむすめ身装なりちいさいし、言葉ことばもひどくていた。そしてときには、ひとをみはらせるようなはしこい動作どうさせたりするので、武蔵たけぞうは、にわかに、同情どうじょうをもてなかったが、にかわけたような睫毛まつげから、ぽろぽろとなみだをこぼすのをると、きゅういてやりたいような可憐かれんさをおぼえた。
 しかし、この小娘こむすめは、けっして尋常じんじょう教育きょういくをうけてはいないらしくおもえる。野武士のぶしというちちからの職業しょうばいを、なにものよりいい天職てんしょくしんじているのだ。泥棒以上どろぼういじょう冷血れいけつわざも、べてきるためには、ただしいものと、ははからおしえこまれているにちがいない。
 もっともなが乱世らんせとおして、野武士のぶしはいつのまにか、なまもの生命いのちらずな浮浪人ふろうにんには、唯一ゆいいつ仕事しごとになっていた。世間せけんもそれをあやしまないのである。領主りょうしゅもまた戦争せんそうのたびに、かれらを利用りようし、敵方てきがたけさせたり、流言りゅうげんはなたせたり、敵陣てきじんからの馬盗うまぬすみを奨励しょうれいしたりする。もし領主りょうしゅからいにない場合ばあいは、戦後せんご死骸しがいぐか、落人おちゅうど裸体はだかにするか、ひろくびとどけてるか、いくらでもやることがあって、一戦ひといくさあれば半年はんとし一年いちねんは、自堕落じだらくにてえるのであった。
 農夫のうふ樵夫きこり良民りょうみんでさえ、いくさ部落ぶらくちかくにあったりすると、畑仕事はたけしごとはできなくなるが、あとひろうことによって、不当ふとう利得りとくあじをおぼえていた。
 野武士のぶし専業者せんぎょうしゃは、そのために縄張なわばりをまもることが厳密げんみつだった。もし、ほかものが、自己じこ職場しょくばおかしたとったら、ただはおかない鉄則てっそくがある。かなら残酷ざんこく私刑しけいによって自己じこ権利けんりしめすのだった。
「どうしよう?」
 朱実あけみは、それをおそれるもののように、戦慄せんりつした。
「きっと、辻風つじかぜ手下てしたが、るにちがいない……たら……」
たら、おれが、挨拶あいさつしてやるよ、心配しんぱいしないがいい」
 やまりてたころ――さわはひっそり黄昏たそがれていた、風呂ふろけむりひとのきからひろがって、狐色きつねいろ尾花おばなうえひくっている。後家ごけのおこうは、いつものように、夜化粧よげしょうをすまして、うら木戸きどっていた。そして、朱実あけみ武蔵たけぞうが、って、かえってくる姿すがたかけると、
朱実あけみっ――、なにしているのだえっ、こんなくらくなるまで!」
 いつにないけんのあるこえがあった。武蔵たけぞうは、ぼんやりしていたが、この小娘こむすめは、はは気持きもちなによりも敏感びんかんである。びくッとして、武蔵たけぞうのそばをはなれたとおもうと、かおあかめながら、さきけだしていた。