58・宮本武蔵「水の巻」「茶漬け(5)(6)(7)」


朗読「58水の巻22.mp3」19 MB、長さ: 約13分37秒

 やりかまえたまま、阿巌あごんよこいて、
「――だれだっ?」
 と、呶鳴どなった。
 まどきわには、まだわらいやまないこえがくすくすいっている。骨董屋こっとうやにかけたようなりのあるあたましろまゆがそこからえた。
阿巌あごん無駄むだじゃよ、その試合しあいは。――明後日あさってにせい。胤舜いんしゅんがもどってからにせい」
 老僧ろうそうめるのであった。
「あ?」
 武蔵むさしおもした。先刻さっきここへ途中とちゅう宝蔵院ほうぞういんうらはたけくわをもって百姓仕事ひゃくしょうしごとをしていたあの老僧ろうそうではないか。
 そうおもうまに、老僧ろうそうあたまは、まどきわからはなれていた。阿巌あごん老僧ろうそう注意ちゅうい一度いちどやりをゆるめたが、武蔵むさしまなこをあわせると、途端とたんにそのことばをわすれてしまったように、
なにをいうかっ」
 と、すでにそこにいないものののしって、またやりなおした。
 武蔵むさしは、ねんのために、
「よろしいか」
 といった。
 阿巌あごん憤怒ふんぬあおるには十分じゅうぶんであった。かれは、ひだりこぶしなかやりをふかくれて、ゆかからかした。筋肉きんにくのすべてがてつのような重厚じゅうこうさをっているのに、ゆかかれあしとは、いているともえるし、いているともえて、波間なみまつきのようにさだまりがない。
 武蔵むさしは、固着こちゃくしていた、一見いっけんそうえる。
 木剣ぼっけんすぐ両手りょうてっているというほか、べつだん特異とくいかまえではなかった。むしろ六尺ろくしゃくちかせいのために、けたようにさえおもわれるのである。そして筋肉きんにくは、阿巌あごんのようにふしくれっていなかった。ただ、とりのようにみはったままのをしている。そのまなこはあまりくろくなかった。まなこなかがにじみんでいるように、琥珀こはくいろをしてとおっている。
 阿巌あごんはぴくとかおった。
 あせのすじがひたいたてとおったので、それをはらうつもりであったのか、老僧ろうそう言葉ことばみみのこっていて邪魔じゃまになるので、それを意識いしきからはらおうとしたのか、とにかく焦立いらだっていることは事実じじつである。しきりと、位置いちえる。まったくうごかないでいる相手あいてたいして、えずさそいをかけ、また自分じぶんからうかがうことをおこたらない。
 ――いきなりいてったとえたときは、ぎゃッというこえゆかへたたきつけられていた。武蔵むさし木剣ぼっけんたかくあげてその一瞬いっしゅんにもう退いているのだ。
「どうしたッ?」
 どやどやと阿巌あごんのまわりには同門どうもん法師ほうしたちがってくろになっていた。阿巌あごんほうしたやりんづけてころげたものがあるほどな狼狽ろうばいであった。
薬湯やくとう薬湯やくとうっ、薬湯やくとうってい――」
 ってさけものむねにはしおがついていた。
 いちどまどからかおした老僧ろうそうは、玄関げんかんからまわってここへはいってたが、そのあいだにこの始末しまつなので、にがりきって傍観ぼうかんしていた。そしてあたふたものめていった。
薬湯やくとうをどうするか、そんなものがうほどならめはせん。――馬鹿者ばかものっ」

 だれかれめるものはなかった。武蔵むさしはむしろ手持てもちぶさたをかんじながら、玄関げんかんて、わらじを穿きかけていた。
 すると、れい猫背ねこぜ老僧ろうそうが、ってて、
「おきゃく
 と、うしろでんだ。
「は。――拙者せっしゃ?」
 肩越かたごしにこたえると、
「ごあいさつもうしたい。もいちどおもどりくだされい」
 という。
 みちびかれて、ふたたびおくはいったが、そこはまえ道場どうじょうよりはまたおくで、塗籠ぬりごめといってもよい真四角ましかく一方口いっぽうぐち部屋へやだった。
 老僧ろうそうは、ぺたとすわって、
方丈ほうじょうがあいさつにるところじゃが、つい昨日きのう摂津せっつ御影みかげまでまいってな、まだ両三日りょうさんじつせねばかえらぬそうじゃ。――で、わしがかわってごあいさつもう仕儀しぎでござる」
「ごていねいに」
 と、武蔵むさしあたまげ、
「きょうははからずも、よいご授業じゅぎょうをうけましたが、ご門下もんか阿巌あごんどのにたいしては、なんともおどく結果けっかとなり、もうげようがござりませぬ」
「なんの」
 老僧ろうそうして、
兵法へいほう立合たちあいには、ありがちなこと。ゆかつまえから、覚悟かくごのうえの勝敗しょうはいじゃ。おにかけられな」
「して、お怪我けがのご様子ようすは?」
即死そくし
 老僧ろうそうのそうこたえたいきが、つめたいかぜのように武蔵むさしかおいた。
「……にましたか」
 自分じぶん木剣ぼっけんしたに、きょうもひとつの生命せいめいえたのである。武蔵むさしは、こうしたときには、いつもちょっと瞑目めいもくして、こころのうちで称名しょうみょうとなえるのがつねであった。
「おきゃく
「はい」
宮本武蔵みやもとむさしもうされたの」
左様さようでござります」
兵法へいほうは、だれまなばれたか」
はありませぬ。幼少ようしょうから父無二斎ちちむにさいについて十手術じゅってじゅつを、あとには、諸国しょこく先輩せんぱいをみなとしてたずね、天下てんか山川さんせんもみなぞんじて遍歴へんれきしておりまする」
「よいおこころがけじゃ。――しかし、おんつよすぎる、あまりにつよい」
 められたとおもって、わか武蔵むさしかおじらいをふくんだ。
「どういたしまして、まだわれながら未熟みじゅくえるふつつかもので」
「いや、それじゃによって、そのつよさをもすこしめぬといかんのう、もっとよわくならにゃいかん」
「ははあ?」
「わしが最前さいぜん菜畑なばたけつくっておると、そのそばをおてまえがとおられたじゃろう」
「はい」
「あのおり、おてまえはわしのそば九尺きゅうしゃくんでとおった」
「は」
「なぜ、あんな振舞ふるまいをする」
「あなたのくわが、わたし両脚りょうあしむかって、いつよこざまにぎつけてるかわからないようにおぼえたからです。またしたいて、はたけつちっていながら、あなたの眼気がんきというものは、わたし全身ぜんしんわたしすきをおそろしい殺気さっきでさがしておられたからです」
「はははは、あべこべじゃよ」
 老僧ろうそうは、わらっていった。
「おが、十間じゅっけんさきからあるいてると、もうおてまえのいうその殺気さっきが、わしのくわさきへびりッとかんじていた。――それほどに、お一歩一歩いっぽいっぽには争気そうきがある、覇気はきがある。当然とうぜんわしもそれにたいして、こころ武装ぶそうったのじゃ。もし、あのときわしのそばとおったものが、ただの百姓ひゃくしょうかなんぞであったら、わしはやはりくわってつくっているだけのいぼれにぎんであったろう。あの殺気さっきは、つまり、影法師かげぼうしじゃの、はははは、自分じぶん影法師かげぼうしおどろいて、自分じぶん退いたわけになる」

 たしてこの猫背ねこぜ老僧ろうそう凡物ただものでなかったのである。武蔵むさしは、自分じぶんかんがえがあたっていたことをおもうとともに、初対面しょたいめんのことばをわすまえから、すでにこの老僧ろうそうけている自分じぶん見出みいだして、先輩せんぱいまえかれた後輩こうはいらしくひざかたくせずにはいられなかった。
「ご教訓きょうくんのほど、有難ありがたうけたまわりました。して、失礼しつれいですが、貴僧きそうはこの宝蔵院ほうぞういんで、なんっしゃるおかたですか」
「いやわしは、宝蔵院ほうぞういんものではない。このてら背中せなかあわせの奥蔵院おくぞういん住持じゅうじ日観にっかんというものじゃが」
「あ、うら御住職ごじゅうしょくで」
「されば、この宝蔵院ほうぞういん先代せんだい胤栄いんえいとは、ふる友達ともだちでの、胤栄いんえいやりをつかいおるので、わしもともになろうたものだが、ちとかんがえがあって、いまでは一切いっさいらんことにしておる」
「では、当院とういん二代目胤舜にだいめいんしゅんどのは、あなたの槍術そうじゅつまなんだお弟子でしでございますな」
「そういうことになるかの。沙門しゃもんやりなどらぬ沙汰さたじゃが、宝蔵院ほうぞういんというが、へん名前なまえ世間せけんってしもうたので、当院とういん槍法そうほうえるのはしいとひとがいうので胤舜いんしゅんにだけつたえたのじゃ」
「その胤舜いんしゅんどのがおかえりのまでいん片隅かたすみへでも、めておいてもらえますまいか」
試合しおうてみるか」
「せっかく、宝蔵院ほうぞういんおとずれたからには、院主いんしゅ槍法そうほうを、いっなりと、拝見はいけんしたいとおもいますので」
「よしなさい」
 日観にっかんは、かおって、
「いらぬこと」
 と、たしなめるようにかさねていう。
「なぜですか」
宝蔵院ほうぞういんやりとは、どんなものか、今日きょう阿巌あごんわざで、おはたいがいたはずじゃ。あれ以上いじょうなに必要ひつようがあるか。――さらに、もっとりたくば、わしをろ、わしのこのろ」
 日観にっかんかたほねとがらして、武蔵むさしにらめっこするように、かおまえへつきした。くぼんでいるなか眼球がんきゅうしてるようにひかった。じっとつめかえすと、そのは、琥珀色こはくいろになったり暗藍色あんらんしょくになったりいろいろにかわってひかがするのである。武蔵むさしは、ついいたくなって、さきにひとみをそらしてしまった。
 日観にっかんは、カタカタといたらすようにわらった。うしろへ、ほかの坊主ぼうずて、なにたずねているのである。日観にっかんあごをひいて、
「ここへ」

 と、その坊主ぼうずへいった。
 すぐ高脚たかあし客膳きゃくぜんめしびつがはこばれてた。日観にっかんは、茶碗ちゃわんやまもりにめしってした。
茶漬ちゃづけをしんぜる。おばかりではなく、一般いっぱん修行者しゅぎょうしゃにこれはすことになっておる。当院とういん常例じょうれいじゃ。そのこうものうりは、宝蔵院漬ほうぞういんづけというて、うりなかに、紫蘇しそ唐辛子とうがらしけこんであって、ちょびと美味うまい。こころみなされ」
「では」
 武蔵むさしはしると、日観にっかんをまたぴかりとかんじる。むこうからはっする剣気けんきか、自分じぶんから剣気けんき相手あいてそなえさせるのか、武蔵むさしは、その微妙びみょうたましい躍動やくどうが、どっちに原因げんいんするとも判断はんだんがつかないのであった。
 下手へたに、うり漬物つけものなどをみしめていると、かつての沢庵たくわん和尚おしょうのように、いきなりこぶしんでくるか、長押なげしやりちてくるかもわからないのだ。
「どうじゃの、おかわりは」
十分じゅうぶん、いただきました」
「ところで宝蔵院漬ほうぞういんづけあじは、いかがでござった?」
結構けっこうでした」
 しかし武蔵むさしは、そのときそうはこたえたものの、唐辛子とうがらしからさがしたのこっているだけで、ふたれのうり風味ふうみそとてもおもせなかった。