57・宮本武蔵「水の巻」「茶漬け(3)(4)」


朗読「57水の巻21.mp3」14 MB、長さ: 約10分03秒

 ふとると、玄関げんかん横手よこてに、おおきな銅鑼どら衝立ついたてそなえてある。
(ははあ、これをつのだな)
 武蔵むさしが、それをらすと、おおうと、とおくですぐ返辞へんじきこえた。
 たのは、叡山えいざん僧兵そうへいにすればさしずめ旗頭はたがしらにもなれそうな骨格こっかく大坊主おおぼうずである。武蔵むさしのような身装みなり来訪者らいほうしゃは、毎日まいにちあつかいれている調子ちょうしである。じろっといちべつくれて、
武芸者ぶげいしゃか」
「はい」
なにしに?」
「ご教授きょうじゅあおぎたいとぞんじて」
がんなさい」
 みぎゆびをさす。
 あしあらえというのらしい。かけひみずたらいいてある。れた草鞋わらじ十足じゅっそくもそこにぎちらかしてあった。
 くろいっけん廊下ろうかを、武蔵むさしいてった。芭蕉ばしょうまどえる一室いっしつはいってひかえている。取次とりつぎ羅漢らかん殺伐さつばつ動作どうさをのぞけば、ほかはどうながめてもただの寺院じいんにちがいない。燻々くんくんこうのにおいすらするのである。
「これへ、どこで修行しゅぎょうしたか、流名りゅうめい自身じしん姓名せいめいけて」
 どもへいうように、以前いぜん大坊主おおぼうず一冊いっさつ帳面ちょうめん硯箱すずりばことをつきつける。
 ると、

叩門者こうもんしゃ授業芳名録じゅぎょうほうめいろく
宝蔵院ほうぞういん執事しつじ

 とある。ひらいてみると、無数むすう武者修行むしゃしゅぎょう訪問ほうもん月日がっぴしたつらねてある。武蔵むさしまえものならっていたが、流名りゅうめいきようもなかった。
兵法へいほうだれについてならったのか」
我流がりゅうでございます。――もうせば、幼少ようしょうおりちちから十手術じゅってじゅつ教導きょうどうをうけましたが、それもよう勉強べんきょうはせず、のちこころざしいだきましてからは、天地てんち万物ばんぶつもって、また天下てんか先輩せんぱいもって、みなわが心得こころえ勉強中べんきょうちゅうものでござります」
「ふム……。そこで承知しょうちでもあろうが、当流とうりゅう御先代以来ごせんだいいらい天下てんかりわたっている宝蔵院一流ほうぞういんいちりゅうやりじゃ。あらい、はげしい、仮借かしゃくのない槍術そうじゅつじゃ。一応いちおう、その授業芳名録じゅぎょうほうめいろくのいちばんはじめにしたためてあるぶんんでからにいたしてはどうだな」
 づかなかったが、そういわれて武蔵むさししたいた一冊いっさつなおしてってみると、なるほどいてある。――当院とういんにおいて授業じゅぎょうをうける以上いじょうは、万一まんいち五体不具ごたいふぐになってもまねいても苦情くじょうもうげない、という誓約書せいやくしょである。
心得こころえております」
 武蔵むさし微笑びしょうしてもどした。武者修行むしゃしゅぎょうをしてあるくからには、これは何処どこでもいう常識じょうしきだからである。
「じゃあこっちへ――」
 と、またおくすすむ。
 おおきな講堂こうどうでもつぶしたのかおそろしくひろ道場どうじょうであった。てらだけに、ふと丸柱まるばしら奇異きいえるし、欄間彫らんまぼりげた金箔はくだの胡粉ごふん絵具えのぐなども、ほか道場どうじょうにはられない。
 自分じぶんひとりかとおもいのほか、ひかせきには、すでに十名以上じゅうめいいじょう修行者しゅぎょうしゃている。そのほか法体ほったい弟子でし十数名じゅうすうめいもいるし、ただ見物けんぶつしているというていさむらいたちも相当そうとうおおく、道場どうじょう大床おおゆかにはいまやりやりをあわせている一組ひとくみ試合しあいおこなわれていて、みな固唾かたずをのんでそれへ見入みいっているのである。――で武蔵むさしがそっとその一隅いちぐうすわっても、だれひとり振向ふりむいてみるものはない。
 のぞみのものには、真槍しんそう試合しあいにもおうじる――と道場どうじょうかべにはいてあるが、今立いまたっているものやりは、たんなるかしながぼうぎない。それでもかれるとひどいとみえ、やがて一方いっぽうねとばされて、すごすごせきもどってたのをると、太股ふとももがもうたるのように腫上はれあがって、すわるにもえないらしく、ひじをついて、片方かたほうあししながら苦痛くつうこらえている容子ようすだった。
「さあ、つぎっ」
 法衣ころもたもとむすんで、あしうでかたひたいこぶ出来できあがっているかのようにえる傲岸ごうがん法師ほうしが、一丈余いちじょうあまりもある大槍おおやりてて、道場どうじょうのほうからんでいた。

「では、それがしが――」
 一人ひとりせきからった。これも今日きょう宝蔵院ほうぞういんもんをたたいた武者修行むしゃしゅぎょう一人ひとりらしい。かわだすきあやどって道場どうじょうゆかへすすんでゆく。
 法師ほうしは、不動ふどう姿勢しせいっていたが、つぎ相手あいてが、かべからえらった薙刀なぎなたって、自分じぶんほうむかって、挨拶あいさつをしかけるとすぐてていたやりを、
「うわッ!」
 いきなり山犬やまいぬでもえたようなこえして、相手あいてあたまなぐおとしてった。
「――つぎっ」
 すぐまた、平然へいぜん大槍おおやりててもと姿勢しせいかえっているのである。なぐられたおとこは、それきりだった。んだ容子ようすはないが、自分じぶんちからかおげることも出来できないのだ。それを三人さんにん法師弟子ほうしでして、袴腰はかまごしをつかんでずるずるとせきのほうへむ、そのあとじったよだれいとをひいてゆからしている。
つぎは?」
 っている法師ほうしはあくまで傲岸ごうがんだ。武蔵むさしはじめ、その法師ほうし宝蔵院二代目ほうぞういんにだいめ胤舜いんしゅんかとおもってていたが、かたわらものいてみると、かれ阿巌あごんという高弟こうてい一人ひとりであって胤舜いんしゅんではない、たいがいな試合しあいでも、宝蔵院七足ほうぞういんななたりといわれる七人しちにん弟子でしっているので、胤舜いんしゅん自身じしん立合たちあうなどというれいはまずないというのである。
「もうないのか」
 法師ほうしは、やりよこにした。授業者じゅぎょうしゃ名簿めいぼをもって、先刻せんこく取次とりつぎにあらわれた坊主ぼうずが、帳面ちょうめんとそこらのかおらしあわせ、
其許そこもとは」
 と、かおをさしていう。
「いや……いずれまた」
「そこらのじんは」
「ちと、きょうはえんので――」
 なんとなくみなひるわたってしまったぶりである。幾番目いくばんめかに武蔵むさしあごけられて、
「おてまえはどうする?」
 武蔵むさしは、あたまげ、
「どうぞ」
 といった。
「どうぞとは?」
「おねがもうす」
 つと、一同いちどう武蔵むさした。不遜ふそん阿巌あごんというとう法師ほうしはもうんで、ほか法師ほうしたちのなかでげらげらなにわらっているのであったが、道場どうじょうつぎ相手あいてたので振向ふりむいた。しかしもう厭気いやけがさしてしまったらしく、
だれか、かわれ」
 と不性ぶしょうんでいる。
「まあ、もう一人ひとりじゃないか」
 そういわれて、かれは、渋々しぶしぶまたた。つかいれているらしいくろつやているまえやりなおすとそのやりかまえ、武蔵むさしへはしりけて、ひともいないほうへ、
 ヤ、ヤ、ヤ、ヤッ!
 と怪鳥けちょうさけぶような気合きあいをはっしたかとおもうと、いきなりやりもろともけだしてって、道場どうじょう突当つきあたりのいたへどかんとぶつけた。
 そこはごろかれらのやりきたえる稽古台けいこだいにされているとみえ、一間四方いっけんしほうほどあたらしいいたえてあるのに、かれ真槍しんそうでもないただのぼうは、するどつらぬいたようにぶすッとそこをいていた。
 ――えおっッ!
 奇態きたいこえはっしながらやり手繰たぐかえすと阿巌あごんは、うように、武蔵むさしのほうへむかっておどかえった。ふしくれったそのからだからは精悍せいかん湯気ゆげがのぼっていた。そして彼方かなた木剣ぼっけんひっさげて、いささかあきれたかのようにっている武蔵むさしのすがたをとおくからにらんで、
「――くぞっ」
 羽目板はめいたきぬくをもってきびすをすすみかけたときである。まどそとからだれわらっていうものがあった。
「――馬鹿ばかよ、阿巌あごんぼうおおたわけよ、よくよ、その相手あいては、羽目板はめいたとちとちがうぞ」