朗読「地の巻3.mp3」21 MB、長さ: 約9分22秒
五
朴炭の粉を口いっぱい服んでは、韮粥を食べて寝ている又八と、鉄砲で穴のあいた深股の傷口を、せッせと焼酎で洗っては、横になっている武蔵と、薪小屋の中で二人の養生は、それが日課だった。
「何が稼業だろう、この家は」
「何屋でもいい、こうして匿まってくれるのは、地獄に仏というものだ」
「内儀もまだ若いし、あんな小娘と二人限りで、よくこんな山里に住んでいられるな」
「あの小娘は、七宝寺のお通さんに、どこか似てやしないか」
「ウム、可愛らしい娘だ、……だが、あの京人形みたいな小娘が、なんだって、俺たちでさえもいい気持のしない死骸だらけな戦場を、しかも真夜半、たった一人で歩いていたのか、あれが解せない」
「オヤ、鈴の音がする」
耳を澄まして――
「朱実というあの小娘が来たらしいぞ」
小屋の外で、跫音が止まった。その人らしい。啄木のように、外から軽く戸をたたく。
「又八さん、武蔵さん」
「おい、誰だ」
「私です、お粥を持って来ました」
「ありがとう」
筵の上から起き上がって、中から錠をあける。朱実は、薬だの食物だのを運び盆にのせて、
「お体はどうですか」
「お蔭で、この通り、二人とも元気になった」
「おっ母さんがいいましたよ、元気になっても、余り大きな声で話したり、外へ顔を出さないようにって」
「いろいろと、かたじけない」
「石田三成様だの、浮田秀家様だの、関ヶ原から逃げた大将たちが、まだ捕まらないので、この辺も、御詮議で、大変なきびしさですって」
「そうですか」
「いくら雑兵でも、あなた方を隠していることがわかると、私たちも縛られてしまいますからね」
「分りました」
「じゃあ、お寝みなさい、また明日――」
微笑んで、外へ身を退こうとすると、又八は呼びとめて、
「朱実さん、もう少し、話して行かないか」
「嫌!」
「なぜ」
「おっ母さんに叱られるもの」
「ちょっと、訊きたいことがあるんだよ。あんた、幾歳?」
「十五」
「十五? 小さいな」
「大きなお世話」
「お父さんは」
「いないの」
「稼業は」
「うちの職業のこと?」
「ウム」
「もぐさ屋」
「なるほど、灸の艾は、この土地の名産だっけな」
「伊吹の蓬を、春に刈って、夏に干して、秋から冬にもぐさにして、それから垂井の宿場で、土産物にして売るのです」
「そうか……艾作りなら、女でも出来るわけだな」
「それだけ? 用事は」
「いや、まだ。……朱実さん」
「なアに」
「この間の晩――俺たちがここの家へ初めて訪ねて来た晩さ――。まだ死骸がたくさん転がっている戦の跡を歩いて、朱実ちゃんはいったい何をしていたのだい。それが聞きたいのさ」
「知らないッ」
ぴしゃっと戸をしめると、朱実は、袂の鈴を振り鳴らして、母屋のほうへ駈け去った。
毒茸
一
五尺六、七寸はあるだろう、武蔵は背がすぐれて高かった、よく駈ける駿馬のようである。脛も腕も伸々としていて、唇が朱い、眉が濃い、そしてその眉も必要以上に長く、きりっと眼じりを越えていた。
――豊年童子や。
郷里の作州宮本村の者は、彼の少年の頃には、よくそういってからかった。眼鼻だちも手足も、人なみはずれて寸法が大きいので、よくよく豊年に生まれた児だろうというのである。
又八は、その「豊年童子」にかぞえられる組だった。だが又八のほうは、彼よりいくらか低くて固肥りに出来ていた。碁盤のような胸幅が肋骨をつつみ、丸ッこい顔の団栗眼を、よくうごかしながら物をいう。
いつのまに、覗いて来たのか、
「おい、武蔵、ここの若い後家は、毎晩、白粉をつけて、化粧しこむぞ」
などとささやいたりした。
どっちも若いのである。伸びる盛りの肉体だった、武蔵の弾傷がすっかり癒る頃には、又八はもう薪小屋の湿々した暗闇に、じっと蟋蟀のような辛抱はしていられなかった。
母屋の炉ばたにまじって、後家のお甲や、小娘の朱実を相手に、万歳を歌ったり、軽口をいって、人を笑わせたり、自分も笑いこけている客があると思うと、それがいつの間にか、小屋には姿の見えない又八だった。
――夜も、薪小屋には寝ない晩のほうが多くなっていた。
たまたま、酒くさい息をして、
「武蔵も、出て来いや」
などと、引っぱり出しに来る。
初めのうちは、
「ばか、俺たちは、落人の身じゃないか」
と、たしなめたり、
「酒は、嫌いだ」
と、そっけなく見ていた彼も、ようやく倦怠をおぼえてくると、
「――大丈夫か、この辺は」
小屋を出て、二十日ぶりに青空を仰ぐと、思うさま、背ぼねに伸びを与えて欠伸した。そして、
「又やん、余り世話になっては悪いぞ、そろそろ故郷へ帰ろうじゃないか」
と、いった。
「俺も、そう思うが、まだ伊勢路も、上方の往来も、木戸が厳しいから、せめて、雪のふる頃まで隠れていたがよいと、後家もいうし、あの娘もいうものだから――」
「おぬしのように、炉ばたで、酒をのんでいたら、ちっとも、隠れていることにはなるまいが」
「なあに、この間も、浮田中納言様だけが捕まらないので、徳川方の侍らしいのが、躍起になって、ここへも詮議に来たが、その折、あいさつに出て、追い返してくれたのは俺だった。薪小屋の隅で、跫音の聞えるたび、びくびくしているよりは、いっそ、こうしている方が安全だぞ」
「なるほど、それもかえって妙だな」
彼の理窟とは思いながら、武蔵も同意して、その日から、共に母屋へ移った。
お甲後家は、家の中が賑やかになってよいといい、欣んでいるふうこそ見えるが、迷惑とは少しも思っていないらしく、
「又さんか、武さんか、どっちか一人、朱実の婿になって、いつまでもここにいてくれるとよいが」
と、いったりして、初心な青年がどぎまぎするのを見てはおかしがった。